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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編(後編)】
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5・恋のお手伝い⑤

 

 優兎(ゆうと)が〈麻痺(まひ)〉を取り除くと、シフォンは瞬く間に自分の足で歩けるまでに回復した。体に焼けこげた箇所や、落雷の際に地表に現れる樹状の紋様などが見られないあたり、魔法使い見習いであるのが幸いだったのか、一般の雷とは別物であるのか、はたまた彼女が特別タフネスであるのか……いろいろと謎であるが、ひとまずロッシュポックの実は入手出来たわけだ。

 ミントがバスケットの中に実を入れると、これから先はUターンして、ゼリィの群れがいた場所を通り、魔法台へ戻ると順路説明をした。そして〈ルーウェン〉には戻らずに、そのまま〈ハルモニア大陸〉の東側へ飛ぶと言う。岩山が多く存在する〈ゼオブルグ大陸〉の「らしさ」は残念ながら見られなかったが、材料探しが優先であって、観光気分は二の次だ。


 四人は元来た道を辿り、林を抜けた。そこから少し歩くと、先刻までゼリィ達と戯れていた草地が見えてくる。

 茂みの中からゼリィが飛び出して、彼らは優兎達を出迎えてくれた。一匹・二匹なんてもんじゃない。枝葉をかき分け、次から次へとゼリィが集まって来る。カルラは「きゃあっ!」と叫びながら赤いゼリィのグループを避け、反対にシフォンは嬉しそうに両手を広げる。


「おっとと! みんなしてあたし達を迎えてくれるなんて、本当にいい子達ね。嬉しいわ!」


 シフォンは笑顔で胸に飛び込んで来た一匹を抱き寄せた。――が、すぐに目の色を変える。


 ゼリィが震えている。冷静に周りを観察すると、ゼリィ達は自分達を迎えているわけではなく、通り過ぎて行った。


「待って! 違う、この子達逃げているのよ!」


 (おび)えきった表情を捉えたミントが叫んだ。嫌な予感がした三人は顔を見合わせた後、意を決して茂みの向こう側へ立ち入った。縮こまっていたカルラも一歩遅れて、慎重に足を踏み入れて行く。


 抜けた先に飛び込んで来たのは、淀んだ青色の大きな背中を持つ者。拳でゼリィ達をわしづかみにし、潰そうとしている姿に四人の背筋が凍りつく。草をかき分けたこちらの音に気がつくと、振り返り、指で醜く垂れ下がった片側の(まぶた)を摘まみ上げ、血走った両目を覗かせた。


「魔族よ!」 前線に立つミントが言った。「ここはゼリィ達の住処よ。立ち去りなさい!」


()がああああうッ!!」 魔族は大口をあげて全力否定した。「ココは、オレの、土地だああッ!」


「はあ!?」


「オレの……オレのオレのオレ、ンのッ、ダアアアアアアッ!!」」


 アンプであるかのごとく、体の奥底からとんでもない爆音で主張し出す魔族の男。空気がぐわんぐわんと揺れ動いてもの凄く耳が痛い。人間の身であってもキツいのに、獣人(ジュール)のミントは更に苦痛に顔を歪める。


「うるさいじゃない! あなたもうちょっと声を抑えられないの!?」


「出て行け出て行け出て行け出て行けクソが出て行けテメェら全員出て行けえええッ!!」


 拳を打ち鳴らした後、歪に膨らんだ筋肉質の腕を振り上げ襲いかかって来る。

 誰よりも先に動いたのは、ミントではなく、あのカルラであった。鋭い剣幕で三人の前に飛び出すと、腕をクロスさせ、流水のバリアを張る。バリアに拳が衝突すると、飛沫(ひまつ)が魔族に降り注いだ。


「助かったわカルラちゃん!」 耳から手を離したミントは、風の(うず)を作り出した。「守りは任せるわ!はああッ!」


 カルラの横を通り抜けて、風の柱がバリアを突き破る。そこに優兎も加わり、同じく光の柱を打ち出した。上級魔法のダブルアタックだ。

 流水のバリアが(かく)(みの)となったのか、二本の柱は魔族に直撃した。魔族は体を打ち付けて地面を転がる。だがすぐにどっしりと地に足を付けて、起き上がって来た。


「ココはオレの土地ダ……オレノ……うぐううううッ!」


 顔面を手の平で覆った直後、魔族が踏み鳴らした足から巨大な魔法陣が現れた。その規模は優兎らの出す魔法陣よりも上回っていた。

 おまけにその魔法カラーは――


「白だ! まずい!」


 優兎が口にした時には、相手は体に光を(まと)わせてこちらに向かって来ていた。優兎は全員を覆うドーム型バリアを張り巡らせ、カルラもその上から水のバリアを被せた。

 発光した拳がぶつかると、水のバリアはあっけなく飛び散り、光のバリアが(さら)されてしまった。光と光、同属性のぶつかり合い。優兎は壊されてなるものかと、歯を食いしばって耐えた。


「これだけ厳重な守りなら、派手にかませるわね! おりゃあっ!」


 光り輝く壁を隔てて優兎と魔族が睨み合っている最中に、シフォンが魔法を発動。放電した魔法陣が魔族の頭上を覆うと、(うな)りを上げて撃ち抜いた。うざったいバリアを打ち破らんと集中していた魔族は、守りにまで頭が回らず撃沈した。今度はすぐには起き上がってこなかった。砂浜に打ち上がった魚のように、手足をピクピクさせている。


「うげえ、あたしこんなに破壊力のある魔法を出せるのね……。こりゃ指輪が必要だわ」


 シフォンはまだ届いていないフォー・チャートを思い浮かべながら、魔族の有様にたじろいだ。


「安心するのは早いわ。まだ観念していないみたい」


 ミントの視線の先には、焦げた体を持ち上げようともがいている姿が。長期戦を予期した優兎が魔力の消費削減の為にバリアを解くと、(かばん)の中からキャロルが顔を出した。


「ゆーと、大丈夫? アタシに何か手伝える事はない?」


 心配そうに伺ってくるキャロル。優兎は黒手袋を引っ張りながら微笑みかけた。


「平気。今はこれくらいじゃあへこたれないよ。キャロルは戦いに適した場所が近くにないか、探して来てくれないかな」


「う、うん!」


 優兎に頼まれたキャロルは僅かに頬を赤らめて、飛び立った。木々の間をすり抜けて、枝に引っ掛からないように高度を変えながら詮索していく。そして魔族が膝をついて起き上がった頃に彼女は戻って来た。


「ゆーと、あっちよ! 戦うのにうってつけの、広い場所があるの!」


「ありがとう。――みんな、(こっち)に全力疾走だ!」


 キャロルを先頭に、優兎、ミントと続いてカルラとシフォンが走り出した。魔族が追ってくるのを確認しながら付いて行くと、崖崩れが起きたと(おぼ)しき、岩で囲まれた場所が現れた。ここは廃鉱であるのか、そびえ立つ岩壁の正面には、殆どが埋まってしまった人口の大穴が見られる。地面も穴ぼこと割れ目だらけだ。浅いものから深いものまで様々で、周辺には錆びた金属製の梯子(はしご)や砕けたレール、車輪のようなものが放棄されていた。


 〈ゼオブルグ大陸〉の特徴の片鱗を見た気がした優兎。だが悠長に眺めている場合ではない。突然こちらに倒れて来た巨木を、左右に散らばって避けると、倒した本人――魔族が現れた。


「オレの土地、オレノ、オレノオオオオオ……」 顔や胸元をガシガシと掻きむしっている。黒ずんだ爪が刺さって、ドロドロに淀んだ青い血が吹き出た。


「同じセリフしかリピート出来ないのかしら!?」


 ミントが先制攻撃となる四つの回転刃を飛ばした。魔族は闊歩しながら腕を振るって、これらを殴り飛ばす。ミントは「くっ!」と眉をひそめ、今度は数を倍にして魔法を練り上げた。守り切るのが困難となったこの魔法は魔族に当たると、頬や腕などの皮膚を切り裂いた。


「巨大な暴風を作り出すわ! みんな、時間を稼いでちょうだい!」


 ミントは後方へ飛び、彼女を守るように三人が前へ出る。カルラが地面から水を出して魔族を覆い、次いでシフォンが「こういう時に当たりくじ引くんじゃないわよ!」と叫んで雷撃を落とした。

 水と雷のコンボは最強だと相場が決まっている。しかし今回に限っては相手が悪い。魔族は唸り声と共に体から光のオーラを放つと、拳を振り回して水飛沫をシフォンに、雷の起動を曲げてカルラへと送り返した。液体と雷を殴り飛ばすってアリなのか!?


 優兎は困惑しつつ、攻撃を受けた二人に目を向けた。シフォンはずぶ濡れになって横たわっているが、()き込むだけの余裕がある。問題は雷を受けたカルラだ。痺れて動けないのか、しゃがみ込んだままだらりと項垂(うなだ)れている。


 カルラの方を治すべきと判断した優兎は、彼女の元に駆け寄り、小刻みに震えている腕に触れた。


「!」触れられたカルラは、瞳を揺らして優兎を見上げた。


「大丈夫、落ち着いて」


 優兎は集中し、急いで〈麻痺〉を取り除いた。それから三人を庇うように前へ進み出る。一人で立ち向かわなくてはいけないという恐怖はあったが、ぐっと飲み込んで片手を前に突き出した。


「〈テレ〉ッ!」


 優兎の言葉と共に、魔族の前に魔法陣が現れ、光を放って爆発する。魔族は仰け反った。優兎は休まずもう片方の手も突き出す。


「〈テレス〉ッ!」


 フラつく魔族の足元に、光り輝く魔法陣が広がった。そして陣の周りをドーム状のバリアで覆った後に、陣は発光。爆発音と同時にドームの内部が白い光で溢れ、魔法が消えると、ボロボロになりながらも大股で立ち尽くした魔族が現れた。


「……、……れ、のぉ、……ッ!」


 何かを呟いているが、恐らく同じ言葉だ。血を吐き捨て、腕をぶん回しながら尚も立ち向かおうと歩み寄って来る。

 いろいろやったのにまだ懲りないのかと優兎は睨みつけたが、強い風が自分の髪や服を揺らしたのに気付くと、優兎は振り返った。そこには推定四メートルにも昇る、細いつむじ風が出来ていた。


「準備が整ったわよ! 優ちゃん、カルラちゃん、シフォンちゃん、みんなの魔法も()()に乗せて!」


 ミントは地表を削る程の威力を持ったつむじ風を、空へと打ち上げた。優兎は(うなず)き、グネグネとまるで生きているかのようにうねっているつむじ風に向けて、光の魔法を放つ。

 優兎の魔法が加わった事で、砂ボコリで濁っていたつむじ風が白く彩られ、勢いを増した。濡れた髪を鬱陶しく掻き揚げたシフォンと、膝に手を付いたカルラからも魔法が送られると、雷鳴と水の音を纏って迫力ある鳴き声を上げた。暴れのたうつこれをミントが一人でコントロールするには苦労を要したが、白蛇となったつむじ風は大口を開けて魔族を飲み込み、そのまま上昇。熱い! 冷たい! 痛い! 苦しいいいッ! 「オオオオオッ!!」と吠え、体中を駆け巡る痛みを感じながら、魔族は遠くへ運ばれて行った。


「ふうっ! これでひとまず脅威は去ったのかしらね。三人共、お疲れ様」


 嵐の過ぎ去った快晴をバックに、ミントはくるりと回って(ろう)(ねぎら)う。優兎は立っていたが、彼ら程体力に余裕のないカルラとシフォンは脱力からへたり込んでしまっており、軽く手を上げるのがやっとだった。


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