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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編(後編)】
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5・恋のお手伝い③

 

「――で、どこまで話したんだったかしら。ゼリィの一通りの説明を終えて……」歩みを止めていたミントがシフォンに問う。


「〈ルーウェン〉の様子についてだったわ。町中でちらほら旗とかセールの看板を見かけたけど、そこに書いてあった『エクスデイ』って何のこと? お祭りか何か?」


「ああ、突発的にやって来る祝日の事だね」 優兎(ゆうと)が会話に参加する。「『羽休め』って意味があって、毎月第一以降の風耀日(エクス)に一度やってくるんだ」


「日にちが決められていない祝日が毎月? 予定を合わせるのが大変じゃない」


「月初めには知らされるよ。それにみんなが一斉に休むわけじゃないし、強制でもないから。普通に営業してたり、学校の日もあるけど、例えば八百屋さんが一日限定のレストランになってたり、趣味の品を展示した思い切った試みをしてたり、下の子のクラスなら、クラス全体で遊ぶ時間を作ってたり……要は、今日はみんな肩の力を抜いてゆるーく過ごしましょうって事だね。名前の通りにさ」


「この日は休日にしましょうって、誰が決めているの? やっぱり国王様?」


「今はそうだね。でも、昔はもっと変な感じだったって聞いた」


「ふふ、優ちゃんもこっちの文化に馴染んで来たわね」


 感心するミントに、優兎はそうかな、と照れくさそうに反応する。ミントが「今日は普通の休暇になっちゃったけど、次のエクスデイには一緒にお買い物しに行きましょ」とシフォンを誘うと、彼女は勿論乗った。


 ふとその時、長らく黙して歩いていたカルラが何かに気がついた。しかし、ミントにその旨を報告しようと前かがみになるものの、シフォンにガッチリ左腕を拘束されていて、いつものように耳打ちする事が出来ない。


「み……、あ……、前に――」


 仕方なく、声に出して伝えようとするカルラ。(ども)っている上にかなりの小声だ。


「あ、みんな見て! 見つけたわ!」


 カルラがもたもたしている間にミントの視覚が不穏な動きを捉えてしまい、声がかき消されてしまった。しょんぼりするカルラを余所に、優兎とシフォンが「おお!」と口を揃えて身を乗り出す。


 そこには目当てであるゼリィの群れがあった。茂みや林に囲まれた開けた草むらに、赤、紫、青のゼリィが三種共に勢揃い。優兎が〈シャロット〉で見かけた時よりかは数が少ない気もするが、体をプルプル揺らしながら進んだり、仲間と戯れたり、端の方で一箇所に固まって眠っていたりと自由気ままに過ごす姿は、〈シャロット〉にいたゼリィ達と変わりない様子だ。


「げーっ! プルプルだらけ! うんざりしてきちゃう!」


 未だベリィとの仲がうまくいっていないキャロルは、腰掛けている(かばん)の上であからさまに嫌な顔をしている。そんな折、ベリィが優兎の肩から身を投げ出し、鞄の上に着地した。着地時の震動により、乗っかっていたキャロルが「ぎゃあッ!」と後ろにひっくり返って、チャックが開いたままの鞄へすっとん!


 ベリィは気にせず、またジャンプして草地へと降り立った。そのまま直進していき、現地のゼリィ達と合流する。ベリィは温かく迎え入れられ、その光景を目の当たりにした優兎はハッとした。


(まいったな、すっかり忘れてた。僕、ベリィを仲間達の元へ送り返そうとしてたんだっけ……)


 公私関係なく毎日を共に過ごして来て、ベリィ自身すっかり懐いているものだから、もはやそばにいるのが当たり前だと感じてしまっていたと自責の念にかられる。改めてベリィを見ると、久々の同士に会えた事が嬉しいのか、ベリィは楽しそうにコミュニケーションを取っていた。微笑ましい限りだが、同時に胸に来るものがある。


 ひょっとしたら、ここでベリィとはお別れになるんだろうか? 心の準備がまるで出来ていないっていうのに……。


 ハラハラとした気持ちで見守っていると、ベリィはぷるんと大きく揺れて二体に分裂した。サイズが縮んだベリィの一方は仲間の元に、もう一方は優兎の元に戻って来る。


「ベリィ!」 優兎の嬉しそうな顔と言ったら。安堵の気持ちを湛えて友達をすくい上げた。「こっちに戻って来てくれるんだね! もしかして洞窟で一度別れた時も、こんなふうに?」


 両手に乗ったベリィを前に問いかける。答える代わりにベリィはニッコリとした。優兎は「そうか、そうだったんだ」と一層緩んだ表情を露わにし、全幅(ぜんぷく)の愛を込めてベリィに身を寄せた。


「小さくなっちゃったゼリィはどうなるの? ちゃんと元の大きさに戻るのかしら?」


 質問したのはシフォンだ。シフォンは誰よりも先にゼリィの群れに飛び込んでおり、元から共同生活をしていたふうな顔をしてあっという間に溶け込んでいた。頭や肩にゼリィを一匹ずつ乗せているし、服が汚れるのもおかまい無しに草むらに座って、立てた膝を滑り台のようにして遊ばせている。


「ご飯を食べれば、その内また大きくなるわ。ゼリィ達は食べた物から摂取した魔力を溜め込んで、時折繁殖の為に分裂するの。危機的な状況でも分裂で難を逃れたり、仲間同士で補ったり出来るから、経験や知識も増えていって賢いんだと言われてるし、いろいろな薬の材料としても都合良く使われちゃうのよね」


「ほへーなるほどねえ。という事は、キュートな見た目して、案外とんでもない高齢かもしれないのね」


「青色が分かりやすい長寿の証らしいよ。ただ、魔力の摂取量によって固体差も出て来るから、一番若い赤色の時点で人間の最高寿命を越えちゃってる可能性もあるって」


「何て事なの! そんな生きた化石が貴重映像とかじゃなく、何の変哲もない草むらで見れちゃうなんて、面白いわね!」


 ミント、シフォン、優兎が話をしていると、優兎の鞄から再びキャロルが腕をかけ、足をかけて這い出て来た。


「フン、どこが面白いのよ! あっちもプルプル、こっちもプルプル! みーんな同じ顔でへんてこだわ!」


 自分そっちのけで優兎とベリィが仲良くしているのにヤキモチを焼いていたキャロルは、しわしわになっていた羽を動かして一匹の赤いゼリィに近付いて行き、ゼリィの頭に向かってダイブした。体が大きくへこんだ事に、赤いゼリィは何が起こったのかと一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り戻して、上に乗っている者を上空へ押し出す。


「え? えええ?」


 羽を使っていないのに、いきなり宙に浮いた事にギョッとするキャロル。上に押し出しただけなので、キャロルは重力に則って、同じ場所に今度は腹這いになって落ちる。パニックになっている間に勢いが付き始め、ポーン! ポーン! とキャロルの小さな体は何度も何度も宙に浮いた。そこへ興味を示したゼリィ達がわらわらと集まって、キャロルは羽もうまく使えずに彼らのオモチャにされてしまった。


「ぎゃー何するの! おろし、げふっ! もう! プルプルなんか、だいっっっきら――ふぎゃっ! うわああん助けてゆーとーー!」


 玉突きのようにあっちでポーン! こっちでポーン! と、止まらないトランポリン達にすっかり(もてあそ)ばれている。そこへシフォンの救いの手が伸びて、ひょいと拾い上げた。へろへろになっていたキャロルは疲れた顔をもたげ、助けてくれた人物に「あ――」と何かを言いかけるが、優兎ではない他人の笑顔に当てられると、口を「あ」の形にしたままフクザツな想いを宿して固まった。ぷいとそっぽを向いて優兎の鞄の中に引っ込んで行くその姿に、シフォンはクスクスと笑った。

 

「カルラさんもゼリィに触ってみたらどうかな。この子達、凄く人懐っこいよ」


 シフォンとキャロルの間に無言のやり取りがされていた頃、優兎はカルラに声をかけていた。カルラはゼリィの群れを見つけた場所からあまり動かずに立ち尽くしていた。


 気を回した優兎は、比較的小さいゼリィの子供をすくいあげる。体はイチゴの果肉のように真っ赤で、つぶらな瞳が庇護欲(ひごよく)を搔き立てる。


 カルラは優兎を見て、次いで両手に乗ったゼリィに視線を移す。が、目を伏せた末に首を振った。


「ああ、ダメダメ。カルラちゃんにはこっちの子がいいわ」


 二人の間にミントが入って来て、カルラに青いゼリィを差し出した。カルラはすんなりと受け取って、何をするでもなく青いゼリィを見つめた。優兎は何が違うのかと、手の中の幼いゼリィと一緒に小首を傾げた。


「ふう、それにしてもどうしたものかしら。これから紫色の子を一匹捕まえなきゃいけないんだけど、これだけフレンドリーだとやり辛いわね」


 ミントは腰に手を当て、自身の尻尾の動きに興味をそそられている紫ゼリィを困った様子で見つめた。


「紫よりも青の方が魔力の量は上なんだよね? 普通に考えたら一番魔力の多い方がいいんじゃないかと思うんだけど」と優兎。


「ちょうどいい塩梅(あんばい)なのよ。赤だと少ないし、青だと多すぎるのね」


「そういうものなのか。うーん、ベリィ、何か気持ちよく解決出来る方法はないかい?」


 優兎は肩の定位置に戻っていたベリィに話しかける。ベリィは暫し頭を悩ませると、解を導き出したような顔をして、仲間の元に残った自身の分身に目配せした。残った側のベリィは群れの中を進んで紫のゼリィ達に近付き、交渉する。

 優兎とミントはしゃがんで事を見守った。すると二匹の紫ゼリィが進み出て来て、二体ずつに分裂した後、片側同士が合体して一匹のゼリィが誕生した。こうする事で縁者を残しつつ材料分が確保出来るといった考えなのだろう。誕生したばかりの紫ゼリィは分裂する前と同じ大きさになっており、動きも表情も豊かで、そこらの者達同様に「生き物」として認められる存在になっていた。


「まあ! 薬の材料として協力してくれるのね? ありがたいわ!」ミントが両手を差し出すと、紫ゼリィは快く乗ってくれた。


「それじゃあ、お礼として何か食べ物をあげましょうかね。クッキーでいいかしら」


 そう言ってバスケットからクッキーの袋を取り出して、一つを半分に割り、それぞれの紫ゼリィに差し出す。二匹は喜んで受け取ってパクリ。左右の頬袋をいっぱいに膨らませた。甘い匂いが瞬く間に広がって、他のゼリィ達が物欲しそうにしている。


「あらま、集まって来ちゃったわ。みんなのおやつのつもりだったけど、仕方ないわねえ。これは全部あげちゃいましょう」


 ミントは袋を小脇に、また一つ取り出して細かくし、撒き始めた。


「ははっ、こうやってすぐ食べ物に飛びつくのはベリィと一緒だ」 優兎は笑って鞄をかけ直した。「僕にもいくらかくれる? 手伝うよ」


「じゃあ四つね。ベリィちゃんとキャロルちゃんにも少し分けてあげて」


「いいの? ありがとう」


「ハイハイ! あたしにもちょーだいっ!」 シフォンがこの期を逃すはずがなかった。仰向けの大の字になってゼリィ達と『ガリバー旅行記』ごっこをしていた彼女は、のそりと体を起こしてクッキーを取りに行く。「カルラちゃんも、その青の子にあげたらいいわ。ね?」


 体のあちこちにくっついた草を落としながらシフォンがクッキーを渡すと、カルラはコクリとしてそれを手にした。


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