5・恋のお手伝い②
学校の門前。長い長い校名が彫り込まれたアーチの端っこに優兎はいた。鞄のショルダーベルト部分を握って、アーチの一部として一体化するかのようにじっと佇み、時たま人が校門を潜って来るとチラと顔を動かす。「なくしたと思ってたチケット、見つかってよかった~!」とか「ミュニョル先生の新作、今から並んでも間に合うよな?」などとにわかに浮ついた様子で過ぎ去っていく生徒達。その中に探し人がいないと分かると、再び無口な門と化した。
(まだ来てない、か……。まあ八分も前に待ち合わせ場所に来ちゃったんだから、自業自得なんだけど)
硬直した門は胸に息苦しさを秘めて待っていた。いつものメンバーとの行動じゃないし、そりゃあ緊張するよなあ? 優兎は落ち着かない心を宥めるように肩のベリィを撫でて、昨日の調合室での会話を思い出した。
「さっそく、優ちゃんにはお手伝いしてもらいたいの。聞いてもらってもいいかしら?」
明るく言うミントに、優兎は黙って頷いた。
「ちょうど明日のエクスデイを利用して、カルラちゃんと素材探しに出かけましょうって話をしていたところだったのよ。でもそれには未知の場所にも足を踏み入れないといけないから、二人だけだと少し不安があったのよね」
「どこに、どんなものを探しに行くの?」
「〈ゼオブルグ大陸〉でゼリィの紫を、〈ハルモニア大陸〉の高地で脂を集めにいく事を予定しているわ」
「〈ゼオブルグ大陸〉に行くのは初めてだな。どんなところ?」
「全体のイメージ像としては、ゴツゴツとした岩肌の山が目立つ場所かしらね。山の方に行けば行く程魔力濃度が高くなるけれど、今回はそこまで深いところへは行かないわ。日帰りだから、持ち物は簡単で結構よ」
こうしてサクサクと話は進んでいった。本調子を取り戻した後のミントは、教室で話をする時と大差ないように思われた。
ジールに貰ったお古の懐中時計——二十四時制は同じなのだが、秒間隔がズレていて、自前が使えないのだ——が約束の時刻を示した頃、優兎の耳にミントの話し声が届いた。待ってましたとばかりに門から顔を覗かせると、リボンのついた可愛らしい鞄とバスケットを手にしたミントが見えた。彼女の後ろには勿論カルラの姿も見える……が、見た事ないぐらいにくたびれた顔をしていて――?
「おっはよう優兎君! 清々しい朝ね!」
「し、シフォン!?」
なんと、同行予定になかったシフォンまでくっついて来ていたのだ! シフォンは右手を大きく振っており、反対の左腕はガッチリとカルラの腕に回されている。まるで犯人を連行しているみたいだ。
「ミント、な、何でシフォンまでここに?」 当然のようにいるシフォンに驚いた優兎は、慌ててミントの元へ寄った。「ひょっとして、僕が調合室を出て行った後に……?」
「ええ、バレちゃったわ」 ミントは観念したといったふうに苦笑する。「〈アムニシア〉と〈ルーウェン〉を探し回った後に、学校の外壁周辺を探索していたら、窓際のカーテンが一箇所だけ寄り集まっているのを見たって」
「恐ろしいまでの執念だな!?」 だが、そこまでされるカルラをちょっと羨ましいと思ってしまう優兎。「それで?」
「ここまでされたら仕方ないって事で、全部しゃべったわ。そしたらシフォンちゃんも協力してくれるって流れになったの。本人は口は堅い方だって言ってたけど、大丈夫かしらね……?」
二人はそろりとシフォンを盗み見た。当の本人はスキンシップのつもりなのか、軸となって回転遊具だか砲丸投げだかのようにカルラを振り回している。それに付き合わされるカルラは口を半開きに、魂が抜けたような惚けた顔をしていた。
「……シフォンを信じよう。それにしても、単独で二人を探し出しちゃうなんてとんでもないな。僕だったら諦めるのに」
「同感」
校内を駆け巡り、その足で〈アムニシア〉と〈ルーウェン〉も見て回ったらしいシフォン。翌日経っても調子をキープ出来ている彼女を、優兎とミントは呆然と見つめた。
集まった四人は学校を出発すると、〈起点の地・ルーウェン〉を目指した。道すがら同校の生徒達の姿がずっと視界に入り込んでいて、その横を通ったり、楽しそうな会話を耳にしたりする。
〈ルーウェン〉に着くと、人の波は更に勢いを増していた。町の通路の端には普段は見かけない、明るい紫ののぼり旗が立ち並び、上を仰げば紫のガーランド、店構えにも紫の花飾りやリボンで飾り付け。白と青系統に色味を縛られているはずの町が、今日は紫の色に侵蝕されていた。
島からいろんな場所へ行き来出来る〈ルーウェン〉の魔法台も、当然ながらフル稼働だ。利用しようとする人々の成す長蛇の列に、取り締まる役員が複数出張している始末。様々な価値観の種族が入り乱れているので、牙をチラつかせて横入りする人もいるし、鳥の獣人の大きな頭と太った首で前が見えずに困る人も出て来る。優兎自身も一人の通り抜けをきっかけに、ゾロゾロとやって来た集団に飲まれるところだった。「優兎君、こっちこっち!」とシフォンが飛び跳ねて目印とならなければ、はぐれてしまっていたかもしれない。ようやく〈ゼオブルグ大陸〉の地へ降り立って人っ子一人いない手つかずの自然を前にすると、四人は揃って安堵の溜息をついた。
岩山が多い場所だと聞いていたが、現時点では普通に緑ある自然地帯であった。硬い平地にちょこちょこ木や草が茂っている普遍的な風景。その中を、横並びにミントとシフォンとカルラが、少し離れて後ろから優兎が付いていく。行列に並んでいた時の、疲れたなんだの感想や愚痴を聞きながら優兎が歩いていると、不意にショルダーバッグを内部から叩くような、籠った音を拾った。
不思議に思って鞄の留め具を外す。かぶせの部分を後ろに回してチャックを開くと、小さな頭がひょっこりと現れ、「ぷはーっ!」と息を吐き出した。
「ぐぬぬぬぬ……アタシを、抜きにしてだなんて、そうは……させないんだから……!」
キャロルは鞄の縁に腕をかけると、足をバタバタさせて這い上がって来た。
「あれ、付いて来ちゃったの? ご主人様探しは?」
目を丸くした優兎は、やや腰を屈めてひそひそ声で問いかける。するとキッ! と睨まれた。
「ズル休みしたに決まってるでしょ! 女の子いっぱい引き連れて出かけるなんて知っちゃったら、そんなの探索どころじゃないわよ!」
「なっ!? きゃ、キャロル、引き連れるったって、素材を採取する為の集まりだから! それ以上でもそれ以下でもないって!」
何だか勘違いしているキャロルに対して弁明する。「ほんとーにぃー?」とじと目で見つめられると、優兎は何遍も頷いた。
とは言いつつも、内心優兎がキャロルの言葉にドキッとしてしまったのは逃れようのない事実であった。男友達二人と行動するのが当たり前であったし、自分一人に女の子複数という状況が生まれて初めてなのだ。自分が女の子達と一緒に行動するというのは学校を出発した後に自覚した事で、気付いた途端変な汗を掻いてしまったのを覚えている。故に今、「ド」が付く程緊張しているのだ。
(この状況はもしかして、ハーレムって奴なのかな……? ――い、いやいや! 僕らはミントの恋を応援する為に来てるんだし! 確か、そういうのはみんなが一人を好きじゃないと成り立たなかったはず。ミントはアッシュ一筋で、シフォンは僕の片思いで、カルラさんに至っては避けられてさえいるんだから、状況はまったく違うんだからなっ!)
……まるでハーレムとは縁遠いと気付いてしまった。凡人な優兎は一人でガックリと落ち込んだ。
(ともかく、この場に男は僕一人なんだから、何かあった時は率先してみんなを守らないと! 頑張ろう!)
拳を握って密かに気合いを入れる優兎。そんな事をやっているそばから、横の雑木林から何かが飛び出して来た。頭の中がいっぱいだった優兎は突如現れたそいつに対して「うわ!?」と飛び上がり、左肩を木にぶつけてしまう。
驚かせた奴の正体は可愛らしいカモの群れ。親ガモを先頭に、七羽の子ガモを引き連れてトコトコ道を横断している。なあんだ、ビックリして損した……とぶつけた肩を払っていると、女子三人が振り返ってこちらを見ているのに気付き、ギクリとした。
「……優ちゃん、男の子だからってアタシ達を守ろうなんて考えてない?」
「え!? ミント、何で――」
何で分かったのか、と口を滑らせそうになったところで口元を抑える。が、隠そうとしたところでバレバレだったようで、ミントとシフォンには揃って笑われてしまった。
「優ちゃんたら、別に護衛のつもりで雇ったわけじゃないのよ? 変に肩張らないで、アタシ達の事は仲間だと思ってちょうだいな」
「そもそも距離が遠すぎ! こっちにいらっしゃいよーっ!!」
優兎の全身が視野に収まるようなところから、声を張って呼びかけるシフォン。ああ言われちゃあ、こちらも自尊心を捨て去るしかない。ショルダーベルトをかけ直し、急いで三人の元へ向かった。




