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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編(後編)】
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4・ミントの秘密②

 

 粘り強くご主人様を探し回る植霊族らしく、探す方法は単純明快。足で稼ぐものだった。職員室や会議室など、廊下に面するドアの先に魔力の反応があれば、ドアの外から内へと瞬間移動し、ターゲットがいるかいないかチェックする。それを優兎(ゆうと)が歩いてその場所に到達するよりも早く、スピーディーにこなしていく。やっている事は地道だが、ビュンビュン飛び回ってドアを突き抜けていくキャロルには、流石その手の暦が長いだけあるなと感心した。


 道中、手の空いている優兎は「キャロル、ミント達の顔は覚えてる?」と話しかける。一度紹介は果しているのだが、一応の確認だ。キャロルは進行方向を向いたまま「覚えてるわよ! 女の子は全員アタシのライバルになるかもしれないんだもの!」と、優兎にはちょっとよく分からない返し方をした。


 やがて、キャロルは同じ階にある一つの閉め切ったドアに目をつけた。ドアの横にぶら下がっているのは『調合室』という札。遠くからだが、わざわざ突入して確認するまでもない。同時に優兎までもが「ああ、あそこで間違い無いんだろうなあ……」と妙な理解を示した。


(ベリィ、キャロルの見せ場を潰しちゃまずいよ……)


 優兎は肩に乗せたベリィと、ドアの前でピョンピョン飛び跳ねている分身を交互に見て頭を掻いた。肩のベリィは悪気が無さそうに微笑むのだが、当然キャロルは怒り心頭だ。


「むっかちーん! 何なのよこのプルプルパー! せっかくゆーとにアタシの良いとこ見せるチャンスだったのにっ!」


 キャロルは真っ赤になって、ベリィの頬っぺたを両側から引っ張った。ベリィはやめてよ~! と言わんばかりに手をバタバタさせる。優兎はすぐさま「だ、大丈夫だよ。キャロルが凄いって事はちゃんと分かったから」とフォローを試みるのだが、納得がいかないキャロルは「違う違う! ゆーと、アタシの凄さはこんなもんじゃないのよ! 見てて!」と言うと、ドアの前に魔法陣を作って飛び込む。

 ドアの向こう側からカチッと音がしたかと思うと、再び小さな魔法陣が現れて戻って来た。


「鍵を開けたわ! ほーら、プルプルにこんな事は出来ないでしょ? アタシって凄いのよ!」


「きゃ、キャロル! 閉めてあるのに、勝手に開けるのはまずいって!」


 キャロルは慌てる優兎を余所に、ドアのそばにいたベリィに自慢しに行った。キャロルの探査能力を見たかっただけの優兎は、彼女の余計と言える行動に冷や汗を掻く。一刻も早く立ち去らなければと、廊下の窓へ向かうベリィとキャロルをすくい上げようとしたその時。


 ギィ……。控え目な音を立てて開かれたドアに対し、心臓はバックンッ! と飛び上がった。


「……優ちゃん?」


「ああ……どうも」


 半分開かれたドアを境に、目を丸くするミントと、手を伸ばして中腰になっている優兎が出くわす。窓の開く音と「ムキーッ!」と怒る声をバックに固まっていたが、本当にミントはここにいたんだな……と、にわかに思考は働いていた。


「ど、どうしたの? こんなところで」ミントは言い淀んでいる。


「いいや、その……これといった用はないんだけど――」優兎は無難な言い訳を探す。そしてパッと閃いた。


「シフォンが、ミントとカルラさんを探してたんだよ。だから探すのを手伝ってあげようかなって思ってさ」


「え、あの子まだ探し回ってるの!?」


「? うん」


 我ながらうまい言い訳を思い付いたもんだと自賛したかったのだが、ミントの反応によって遮られた。何か問題でもあっただろうか? 問いかけようとして腰を起き上がらせると、ドタドタ走る音と共に、「ミントちゃーん! カルラちゃーーーん!」というシフォンの大声が廊下の彼方から響いてきた。

 また走ってるな……と苦笑する優兎。一方ミントはビクッと耳を立てると、視線を彷徨わせた後に優兎を室内へと引っ張り込んだ。「え、何、急に!」と優兎が動転する最中、背後でバタンとドアが閉まり、鍵をかけられる。


「ミント、これはどういう――」


「しっ! 静かにしてちょうだい!」


 ミントは声をひそめて、大人しくしているよう言い聞かせた。まさにその直後、ガチャガチャガチャッ! と乱暴にノブが回される音がして、ミントと、巻き添えを食らった優兎までもが肝を冷やす。


 鍵がかかっている事が分かると、靴音は徐々に遠のいていった。廊下に静寂が戻り、緊張状態の解けた二人は、穴の開いた風船のようにゆるゆると溜息を零した。


「ふう、どうやら気付かれずに済んだようね」


「……えっと。もし迷惑してるなら、僕からシフォンに諦めるよう言ってこようか?」


「いいえ、そうじゃないのよ。ただ、今はちょっと都合がね……」


 へにゃりと微笑するミントを横目に、優兎はそろそろと立ち上がる。ふと前方を向くと、奥のテーブルに様々な実験道具や材料が並んでいるのと、閉め切ったカーテンの中に一箇所だけ膨らんでいる場所がある事に気付いた。


「……」


 恐らくカルラだ。カーテンに(くる)まってしゃがんでいる。そうやって身を隠している理由は明らかであるので、優兎はテーブルに目を向けた。綺麗な文字が羅列するノートの周りに、植物の葉、すり鉢、色水の入った試験管に泡立つフラスコ、ガラス管で繋がったろ過装置(かそうち)、山積みの本などが置かれている。


「ここで何をしていたの? 課題――にしては、随分大掛かりに見えるけど」


「……薬を、作っていたのよ」


「薬?」


「そう」


「……へえ、そうなんだ」


「……」


 会話が弾まない。いつもハキハキとものを言うミントだが、今はカルラ化してしまったかのように口を閉ざしている。

 ドアや窓が閉め切っている故に空気の揺らぎもなく、普段通りに動いているのは時計の針だけ。そんな静止した室内に、二人は佇んでいた。何か自分に言いたい事がある……だけど、一言言うのにたくさんの考えを巡らさなければいけないくらい苦労をしている……そんな様子が見受けられて、優兎も下手に口を出せなかった。時たまノートに目線を動かしつつ、静かに彼女が下す決断の行方を見守る。「じゃあこれで」でも、「実は……」から始まるものでも、甘んじて受け入れる用意はしていた。


「いやねアタシったら。何でこんなにバカみたいに緊張してるのかしらね」


 沈黙の果てに漏らしたのは、そんな自嘲(じちょう)の言葉であった。


「ミント、別に言いたくないなら無理しなくていいよ」ミントの言葉を皮切りに、優兎も口を開き始める。


「もう、ダメじゃないの。人が話そうって気になった時に、そういう余地を与えないでちょうだい?」


「う、ごめん。そんなつもりは……」


「分かってる。まったく、優ちゃんらしいわね」


 ミントは呆れたように微笑んだ。


「アタシ、とある願いを叶える為に、ここで薬を作っていたのよ」


「願いって、どんな?」


「大層な事じゃないの。やるせない心を(なぐさ)める為の自己満足に近いわ。この事、()()には内緒にしてくれる?」


 ミントは柔らいでいた表情を引き締め、真剣な眼差しを優兎に向けた。


「アタシ、好きなのよ。アッシュの事が」



 ーー ミントの秘密 終ーー


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