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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編(後編)】
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4・ミントの秘密①

 

「今日の診察は終了だ。お疲れ」


「ありがとうございました!」


 ガラガラガラ……。週に一度の診察を終えて、医務室から優兎(ゆうと)が出てきた。「失礼しました」とヨミに頭を下げ、引き戸をピッタリ閉める。診察結果は――晴れやかである様子が表情に現れている事から、異常無しと見られたようだ。お菓子と通院特典をポケットに突っ込むと、優兎はくるりと爪先を魔法台のある方へと向けた。


 ……ーーぉーーーっ! ーーとーーーっ!


「……うん? 今、何か声が聞こえたような」


 医務室から数歩進んだところで、耳が音を拾った。耳をそば立てて後ろを振り向くと、遠方の廊下から、葉っぱの羽を動かして真っ直ぐ飛んで来る、小さな女の子の姿が確認出来た。


「ゆーと、みーーーっけ!」


「! キャロル!」


 顔をほころばせて腕を広げると、キャロルが胸に飛び込んできた。すりすりと頬擦りするキャロルに手の甲を近づけると、そこをイス代わりにちょこんと座って優兎に笑いかける。

 優兎が愛情を注いで育てた花から生まれた、植霊族のキャロル。体に巻き付けているペンダントの持ち主を捜す為、期限付きで各地を旅している最中なのであるが、捜索範囲としていた場所の天候がひどく不安定との事で、ここ二日は優兎の元に身を寄せているのであった。


「ちょうど良かった。見せたいものがあって。――ほら、今日はヨミ先生からミニチュアのティーセットを貰ったんだ」


 優兎は先ほどポケットに突っ込んだものを取り出して、キャロルに見せてあげた。白地のカップ二つに、ポットと盆まで付いている、よく出来た代物だ。


「花の模様が入っておしゃれだよ。気に入りそうだと思ったんだけど、どうかな?」


「わあ、かわ――げふん! ……ふうん、まあ良いんじゃない? お皿から直接飲んだ方が早いけど、たまにはこういうのを使ってお水を飲むのも悪くないかも」


 キャロルはカップの一つを両手で持ち上げると、値踏みするように様々な角度から眺める。これらのドールハウス専用のミニチュア家具は医務室に通うたびに貰うのだが、人形遊びをしない優兎にとっては正直使い道に困るもの。なので、体のサイズといい、女の子である事といい、ちょうどピッタリなキャロルに使ってもらっていた。


 優兎ではない赤の他人からの貰い物である為か、キャロルの反応は一見素っ気無いように思えた。しかし、口で言う割にはなかなかカップを手放さなかったので、優兎は気に入ったらしいと心の内でこっそり満足した。


「カップが二つあるし、ベリィにも使ってもらいたいところだな。――って、そう言えばベリィは? 姿が見えないんだけど」


 いつもは優兎にくっついているベリィだが、キャロルがいる日は彼女に付き合って遊んでくれている。ところが、周辺を見渡してもベリィのプルプルな赤色ボディは見当たらない。


「当然よ! あの子とはかくれんぼの最中だもの。あの子が鬼で、アタシが隠れる方。この学校、とっても広いでしょ?」


「何だ、そうだったのか。野生の魔物が紛れ込んだと見なされそうだから、僕としてはあんまり校内をうろうろして欲しくはないんだけど……まあいいか。何か言わずとも、きっとうまくやるだろうし」


 小さい二人にとって、学校は自分が思うよりも遥かに広大なはずで、隠れる部屋もたくさんあるから、かくれんぼ相手を探すのはえらく大変に違いない……。そうぼんやり考えていると、突然キャロルは口元を抑えて、クスクスと意地悪めいた笑い声を上げ始めた。手招きしてくるので、優兎はキョトンとしてキャロルの口に耳を近づける。


「実はね、アタシ、今あの子がどこにいるのか分かってるのよ!」


「ええ?」


「あ、疑ったわね! ウソじゃないのよ! ちょっとだけど、魔力を感知出来るの。ゆーとだって、どこにいるのか分かったんだから。魔力を花粉みたいに撒いてマーキングしているんだもの」


「いつの間に……。ん? って事は、この遊びは――」


「そうよ! あの子が不利なの! プププッ、内緒よ内緒!」


 口を塞いでいた手を離し、キャロルは腹を抱えて笑った。キャロルはよくこんなふうにベリィをからかって遊んでいた。ベリィも彼女の世話をしてくれた功労者であるのだが……。

 仲良くして欲しい優兎は少し困った顔を見せた後、頬をゆるりと動かした。


「それはどうかな? ベリィは賢いから、そううまくいくかどうか」


「むっ! 何よ! ゆーとはあの子の肩を持つっていうの?」 キャロルは髪の毛を逆立てた。「ふーんだ! 見てなさいよ! 今日一日、あの子をずっと鬼のままにしてやるんだから!」


 頬を膨らませ、ぷいっと顔を背けるキャロル。優兎はやれやれと腰に手を当てた。


 キャロルを連れた優兎は再び歩き出した。ベリィの気配がないのか、キャロルは余裕の表情で優兎の周りを浮遊している。大胆に鼻歌まで歌うだけあって、本当に道中ベリィに会う事はなかった。


 けれども、何事もなかったのは曲がり角に差し掛かろうとするまでのこと。ドタドタと忙しない足音を響かせた(のち)、キュキューッ! と二人の真ん前を塞ぐようにして滑り込んで来た人物がいた。


 その人物は大層お疲れの様子で、曲げた膝に手を置き、肩を上下させる。その内、見られている気配を察知したのか、ガバッと顔を上げた。「ひっ!」と悲鳴を上げて隠れるキャロル、並びに優兎の存在を認めると、彼女は乱れたプラチナブロンドの隙間から目を光らせて、一目散にこちらへ突撃してきた。


「……ハァハァ、ゆ、優兎君、カルラちゃん見かけなかった?」


「シフォン、危ないから廊下は走っちゃダメだよ」


 両肩に手を掛けてもたれかかってくるシフォンに、優兎は過剰反応せずに忠告する。ちょっとは慣れて来たらしい。口の端から髪の毛を垂らすような、山姥(やまんば)の形相を平気で(さら)せる女の子とクラスが一緒であれば、そうなるのも無理からぬ話かもしれない。

「見かけてないけど、ミントと一緒にいるんじゃないかな」と思い浮かんだ事を口にすると、シフォンは横に大きく首を揺らした。


「それが、ミントちゃんもいないのよ。部屋にも、図書館にも行ってみたけど……ハァ、いなかったし。まったく、二人共一体どこに雲隠れしているのかしら……!」


 ギョロギョロと目玉を動かすと、シフォンは短く別れを告げて優兎らの元を去っていった。見つけるどころか取って食おうとしているんじゃ? と思ってしまうくらいの執着ぶりを見せているが、忠告を受けて早歩きへと直すくらいには理性が残っているらしい。追われている側からすればたまったものではないが、正直ちょっと面白おかしい。


 そして更に愉快な事が優兎の元で起こった。シフォンが優兎を横切っていったその直後、彼女の背中から赤い物体がぴょーんと飛び跳ねて来たのだ。ベリィである。

 ベリィはその身を平べったく広げて、飛んでいるキャロルに巻き付く。突然の事態に「ぎゃっ!」と悲鳴を上げるキャロル。二人揃って床に落ちる前に、優兎は「おっと!」と反応し、すかさずその『キャロール ~ベリィの生地に包まれて~』をキャッチした。


「何で? 全然気付かなかったわよ! どーしてなの!?」


 ベリィに負けた事が悔しくて、懸命にもがくキャロル。優兎はベリィのサイズがかなり小さくなっている事に気が付いた。


「そうか。前に僕相手にやったのと同じで、ベリィは分裂して、(おとり)側と探す側とに別れて捜索していたんだね。その上、シフォンみたいな魔力のある人にくっついて誤摩化していたと」


「え、じゃあ何? アタシが魔力で探査出来るって、もう分かっちゃったわけ?」


 わなわなと動揺するキャロルを前に、ベリィはえっへん! と得意気な顔をした。


「ムキーッ! 何てムカつく顔なの! このこのこのこのっ!」


 半身を起き上がらせ、自由になった手でベリィをポカポカ叩くキャロル。ベリィは反撃こそしなかったが、依然キャロルを掴んで離さなかった。見かねた優兎が「ほらほら、ケンカしないで」と代わりばんこに指で頭を撫でると、優兎の事が大好きな二人はトロンと幸せそうな表情を見せ、落ち着いた。


「そうだ、探査が出来るって事は、ミントとカルラさんが今どこにいるのかも分かる?」


「んー、マーキングしてればもうちょっと探査範囲は広くなるけど、何もしてなきゃランタンの明りが届く程度のものなのよね。印をつけるっていうのは本来、同じ場所をまた探しちゃわないよう、二度手間を防ぐ為に会得(えとく)していったものだから。でも……この土地はそんなに魔力濃度が高い場所じゃないし、学校のどこかにいるなら、そう難しくはないかも! 探してみる?」


「じゃあ、お手並み拝見って事で」


「分かった! 任せて!」


 ベリィから解放されたキャロルは、意気揚々と飛び上がった。


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