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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編(後編)】
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3・兎にも角にも自由時間①


 トレーニングホール――一般の学校で言うなれば、体育館に相当するそこは、魔法に関する実技は勿論、個人練習や対人練習なども自由に行なうことが出来る。ホール内にはスポーツの競技コートくらいの幅の長方形の区画が三つ、奥に機械が付属した(だん)型が前後四つずつあり、線で区切られただけの三つのコートとは別に、前方の右端から第一コート、第二コート、第三コート……と数えた。


 放課後である現在、稼働しているコートは二つ――いや、ちょうど対人戦をしていた生徒三人が切り上げて出入り口方面に向かっているので、一人となったところだ。優兎(ゆうと)である。彼も自主練習の為に訪れているのだが、なぜか練習はせずに、コート上にあぐらをかいて座り、開かれたノートと向き合っているのだった。


「1はこれでいいとして、中間は……そうだなあ。やっぱり最終的にどうしたいかが決まってない分、どうにも難しいな。僕のイメージとしてはこう……うーん、無茶すぎるかなあ」


 鉛筆で紙上をトントン叩いたり、線や図を描いたり、時たまやめたはずの鉛筆先の噛み癖が発動しそうになりつつ、思い付いた事を端っこにメモしていく優兎。鉛筆を転がして、何度目かの(うな)り声を上げた。


「いろいろやりたいのは山々だけど、僕の事だ。調子に乗りすぎた末に自滅して、結局迷惑をかける、なんて事は目に見えているわけで……。――ええい、こうなりゃ仕方ないっ! この案はボツ! ボツって言ったらボツなんだあっ!」


 鉛筆を握り、ぐしゃぐしゃっと「案」とやらを塗り潰す。未練を残さないよう念入りに真っ黒に潰した後に、「よし、やってみるか!」と意気込んで立ち上がると、コートごとに設置されている機械を触り始める。


 するとその時、背後にゾワゾワッと悪寒が迫り来るのを感じた。数秒後には背中に何かが突き刺さる、そんな予感。頭の中をロクに通さずに優兎はバリア発動に至り、悪寒の正体――穂先のごとく鋭利な結晶をふせぎ切った。


 不意をついた明確なる攻撃意志と、遊色の混じった背筋を凍らせるほどの美しさを放つ、透明な冷塊との組み合わせ――まだ攻撃は終了していないと直感した優兎は、切迫した面持ちで早急にバリアの強度を上げる。優兎の懸念は当たった。しかし次なる攻撃は、なんと足元から。読みを誤った優兎は針山のように突き出した結晶柱に巻き込まれて宙に投げ出され、壁際の床に叩き付けられた。

 腕や足など、体のあちこちに刺し傷や打撲痕を作った優兎は、流れ出る血に目をくらませながら回復魔法を発動させ、応急処置。息つく暇もなく襲いかかってくる結晶の暴雨に対応すべく、声を絞り上げた。


「〈パターン2〉……展開ッ!」


 苦悶の最中にも、優兎の目から生への輝きは消え去りはしない。自身の周囲に大きな魔法陣を浮かび上がらせると、陣内を真っ白な光が包み込んだ。光に飲まれた結晶はひび割れ、粉砕されていったのだが、何千何万という数の結晶すべてを消し去るのは無茶に等しく、また集中力の乱れは傷を増やす隙を与えた。かろうじて難を凌ぎ、嵐が過ぎ去った後のように破片が散らばる頃には、優兎はもう限界に到達しており、更なる攻撃に備える余力は残っていなかった。


 空中で命令が下るのを待っている結晶に包囲される中、床に伏してしまった優兎は震える右手を掲げる。手の平を見せたそれは、「降参」の意を表していた。


「―― 一揖(いちゆう)崇敬(すうけい)(みそぎ)……とまあ、神社の作法とやらに(なら)って段階を上げつつ技を繰り出してみせたわけだが、貴様の力量ではこれが限界か。ボクへの参拝までは、ほど遠い道のりのようだ」


 どこからか現れたその人物は、不敵に笑いながら結晶柱の攻撃にて飛び散って出来た血の道を踏みしめていた。


「偶像崇拝が自由であっても、ユニの信者は願い下げだね……」


 悔しい気持ちを拳に滲ませながら、優兎はゆっくりと立ち上がった。


「いってて……。初めてやってみたけど、やっぱりユニ相手だと子供騙しになっちゃうな」


「それというのは、先ほどの不可解な言葉か」


「そう、それ。いやあ、我ながらとびっきりの名案を閃いちゃってさ。ユニがどこかに出かけてる間、ずっとここでアイデアを練ってたんだよね。どうせバカにするから詳細は教えてあげないけど」


杞憂(きゆう)だな。読んでも尚、理解不能であった」


「光の速さで人の心を読まないで欲しいんだけど……いてて」


 腕を触りながら、少しずつ傷口を癒やしていく優兎。不慮の神災(しんさい)に見舞われた直後だというのに、普通に会話しているあたり、幾度となく挨拶代わりの攻防戦を繰り広げているのだと(うかが)わせるのだった。


「そうだ、戻って来たら聞こうと思ってた事があるんだ。こういった特徴の男の子に会ったんだけど――」


 優兎が言っているのは、先日出会った不思議な男の子の事だ。真っ白な髪や容相、名前などを話して聞かせる。


「その子、出会い頭から友好的で、僕の事を知ってる素振(そぶ)りだったんだよね。だけど僕自身はまったく記憶になくてさ。ユニはその子に心当たりはない? 僕は忘れてても、僕を(かい)して盗み見てるユニなら覚えてるって可能性ももしかしたら――」


「どうでもいい」


 一蹴。心底興味無さそうに優兎の横を(わざわざ体をぶつけて)通り過ぎると、少し離れた場所にくつろぎスペースとなる玉座とサイドテーブルを魔法で作り上げた。

 この反応は大方予想出来ていた。それでも優兎は食い下がる。


「どうでもいいなんて事で済ませられるもんか! だって、ドラレジェのかなりマニアックな事まで答えられちゃったんだぞ! 悔しいじゃないかっ! ああ、思い出したらまたムカムカしてきた! 今度会ったらもっと難しい問題を出さなくちゃ――って、ねえちょっと聞いてる!?」


 相当にお(かんむり)な様子の優兎。友人達ならともかく、愚痴を言うべき相手を明らかに間違えていながらもこの有様なので、とにかく物でもユニでも何でもいいから吐き出したい! といった心境なのだろう。


 ところが、ユニから返って来たのはとんがった結晶でも、ましてや怒号でもなく、まったく別の反応だった。


「どられじぇ……? ――ああ、あの娯楽の(てい)を成していない奴か」


 眉をひそめてその言葉を発するユニ。瞬間、優兎の頭に衝撃が走った。


「え……、え!? し、知ってるの? ユニが? ドラレジェを??」


 一般人相手でも話題に上がる事がありえないレベルの名詞が発せられたのは、この際置いておく。つまりは、ユニが何か関係しているのか!? 優兎の中で点と点が結びつこうとしていた。しかし、次の言葉で綺麗さっぱり霧散する事に。


「なに、貴様が学業やら修行やらにうつつを抜かしている最中に、貴様の実家で暇を潰していただけのこと」


「……何してんだコラ」


「あのような低品質な産業廃棄物が無駄に三年も……いや、中途半端に飛びまくって六年だったか? 何とも(ごう)が深い。あらゆるものに理解を示そうとするこの寛大なボクでも、流石に思考をぶん投げたぞ。――おっと、ついでに貴様の部屋からこんなものを見つけたな。フフフ」


 スッ。ユニは懐からボロのノートを取り出した。黄ばんだテープでかろうじて繋ぎ止めている背表紙に、マジックペンで書いたへたっぴな名前――見覚えがありすぎるノートに、優兎の目がかっぴらいた。あれは自分が長年書き溜めてきた小説のノートではないか!!


「いやホントに何してんだ! 返して! 返して下さいッ!!」優兎は先の攻防戦でも上げなかった声で必死に訴えた。


「ほほう? 手土産にと持ち去ったものだが、それほどまでに心拍を乱すか」 対するユニは愉快そうに目尻を歪める。「安心するがいい。破りはせん。貴様の前で読んでやるだけだ。集中力を高めるのに良い効果をもたらすのではないか?」


「うわあああああ返せえええええッ!!」


 悪魔の所業に、顔を真っ赤にした優兎はノートを奪い取るべく駆け出す。が、ユニは(すで)に妨害を予測済み。優兎は見えない壁に跳ね返され、その後も虚しくガリガリ引っ掻くしか術がなかった。相手が悪すぎる。


「お、お願いだから、乱暴に扱わないでね……! もう随分古いノートだから、今にもページがごっそり抜け――」


 ベリッ!


「言い終わる前に抜け落ちた。セーフだな」


「光の聖守護獣(フォルスト)なんだから(ただ)ちに直せッ! 不法侵入とプライバシーの侵害で訴えるぞッ!」優兎はもうヤケクソの涙目だった。


「神を前に無駄な足掻きを。土足で上がっても一様にありがたがるだろうに」


「土足……土足! ちゃんと靴は脱いで上が――るわけない、か……」


 ごめん母さん……と、掃除するハメになるであろう人物に申しわけない気持ちを呟き、力なく(くずお)れていく優兎。項垂(うなだ)れたその先では、法でも力技でもさばけない超越者が、悠々と聖域(ノート)侵して(めくって)いく様が見られた。


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