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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編 (前編)】
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8・零れ落ちた、心の涙②

 

 穏やかな空気が流れる中、優兎(ゆうと)がそろそろ友人を探しに行こうと持ち掛けようとしたその時。トンネルの向こう、南部エリアの方でわっとざわめきの声が上がるのを耳にした。


「? 向こうで何かあったのかな」


 不思議に思った程度で、その時はそれ以上気に留めなかった。だが武装した戦士数名が使用済み紙コップやら紙皿やらを片手に興奮した様子で目の前を走り去っていくのを目にすると、途端に興味がそそられた。


「少し様子を見て来ていいかな? すぐ戻るからゆっくりしてて」


「優兎様が向かわれるのでしたら、わ、私もお供いたします!」


 立ち上がる優兎に、置いていかないで! という気持ちになったオルハは即座に申し出る。優兎は分かった、と(うなず)いた。


 トンネルを抜け、戦士達の背中を見ながら道を辿っていく優兎達。するとうっすら灰色の雲が出て来た空の下、〈ガルセリオン王国〉の検問を越えた先の門にて人だかりが出来ている事に気付いた。屈強そうな戦士が目立つが、中には一般市民の姿も混じっている。


凱旋(がいせん)パレード……ってわけじゃなさそうだな。演奏は聞こえないし、通行の整備もしていない。みんな無秩序に集まってる)


 自己分析を展開しながら優兎はぐいぐいと前へ進み行く。オルハの連れているウサギの体が立派で迫力ある為か、ウサギに気付いた者は捌けてくれるので簡単に先頭まで辿り着く事が出来た。

 オルハを気遣いながら、斧やナイフを腰に携えた髭面(ひげづら)の男三人組の話し声を拾う。


「なあ、この騒ぎようは何だ?」


「よう、お前も見物に来たか。聞いた話、どうも『蛮王(ばんおう)フレイメル』の討伐依頼をこなして帰って来た奴がいるらしい。それも討ち取ったのは歴戦の戦士じゃなく、まだ未成年のガキんちょなんだと」


「はあ~!? それって(ほとん)どダメもとみたいな感じで張り出してたやつだろ? そりゃすげえ快挙だなあおい」


「いんやぁ、そいつぁごく(まれ)に表ギルドに顔出しちゃあ大金かっさらっていく奴だったんだがな。まっさかあんなのを殺っちまうなんてぇなあ」


「子供に殺られるなんざ、ざまあねえな。手向けとして蛮王の名に『元』って添えてやろうぜ」


 それから男達は報酬金が一体いくらになるのかの話をし始めた。


「蛮王フレイメル……」


「オルハ、知ってるの?」


「はい、こちらにもその悪名は(とどろ)いておりました。大陸を渡り歩いては力のなき村々を壊滅に追い込むまで破壊し尽くす、卑劣な『魔族』であると」


「魔族?」


「血管の浮き出た大きく膨れ上がった体と暗色の肌を持つ、非常に気性の荒い者達です。身勝手な理由からまじないに使われる液を常習的に体に取り入れてしまった違反者の末路という事だけあって、魔族は悪い噂が絶えないのですが、フレイメルは特にやり口があくどいと聞きます。一軒一軒の民家の壁に血文字で『オレの勝ちだ!』と勝利宣言を死者の頭髪で書き捨て、(はずかし)めるように遺骸を(はりつけ)にするだとか」


「ひっ!」


「あっ、こういった話は苦手でしたか? 気が利かなくてすみません」


 優兎の反応を見て慌てたが、すぐにオルハは真剣な顔つきに戻る。視線の先にはその討伐者と思しき子供がいた。

 周囲の話は本当だった。優兎と同い年くらいの少年が、脇目も振らずに歩いていた。真っ黒な髪に眼鏡をかけ、手首や足首まで覆い隠す丈の長いローブもこれまた真っ黒だ。右手には袋を下げていて、腐肉臭のする青の液体――血が滲み、ポタポタと地表を濡らしている。恐らく討伐の証拠として首が入っているのだろう……。


 だが優兎が注目したのは、寒気がする程の蛮行を働いたフレイメルの袋ではなく、少年の方だった。驚くほど表情が動かない。顔や服に汚れた箇所がなく、また鮮血が滴っている事から、彼が相当な強者である事が(うかが)()れるのだが、そこに現れているのは余裕からの涼しさとは違う――『冷』である。どこぞの無慈悲な聖守護獣(フォルスト)でさえ笑ったり怒ったりと豊かであるのに、あんなにも人間味の感じられない者がいるのか。


 怖い……。英雄的な働きをしたはずの少年に対して、優兎はそう思ってしまった。それは優兎のみならず、周りも薄ら感じ取っていたらしく、賞賛の声はやがてひそひそ声へと移り変わっていった。優兎とオルハの前まで歩を進めた頃には、もはや誰もが喝采で迎える気になれず、取り巻く空気がまさかの通夜(つや)のようである。


 と、少年は僅かに初めての反応を見せた。優兎とオルハの方角にチラとだけ首を動かしたのだ。


「――っ!」


 少年の深い瞳と優兎の青い瞳が合わさった瞬間。ぐっさりと鋭利な針が自分の目を通って頭部を突き抜けて行ったような感覚を味わった。まさに『射貫(いぬ)く』と呼ぶに相応しい。


「ウゥゥ……」


 ウサギの静かに威嚇する声が耳に入り、優兎はハッと現実に戻された。少年はすでに通り過ぎており、背中を見せている。


「今……」


「はい、こちらを見ましたね」 オルハもウサギ同様、目を鋭くさせて頷く。「お尋ねしますが、お知り合いではないのですね?」


「いや、身に覚えがないよ」


「そうですか」


 同族の類いではないと知ったオルハは、優兎の言葉を聞いて胸を撫で下ろした。


「くれぐれもお気をつけ下さい優兎様。あの方はきっと、迷う事なく人を殺める事の出来るお人です」


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