7・日々に新たなり⑥
「エーニャの種、それは人差し指を目安に等間隔でくっつかないように。ブラサの種はそっちの小さな鉢に、指を深く刺して撒く。モリソバの種はあっちの鉢に三粒ずつ入れて、土を盛り上げておく。終わったら鉢は全部裏口の外に出して、さっと水を撒いておけ」
「花屋って、こうしてみんな一から育てているんですか?」
「いや、これは花じゃなくて薬用の種だな。それも鮮度が問われる奴だ」
「そうなんですか。――ええっと、こっちの種が……土に人差し指を入れて、でしたっけ?」
「メモが必要みたいだな? うし、ちょっと待ってろ」
「すみません、ありがとうございます!」
七時~十時。店内の案内と仕事内容の説明を受けた後、優兎はゴリラの店長シシの指示に従いながら動いた。主に種を植えたり、鉢を洗ったりといった雑用になる。
手を動かしながら、少し雑談も交える。妻に先立たれてしまったシングルファザーで、六歳になる娘がいること。花屋を始めたきっかけは、前の仕事に忙殺されていたせいで、妻に花の一本も贈ってやれなかった後悔から。
表に滅多に出てこない理由については、接客はヤックの方がうまいので、殆ど彼に任せて自分は経理や裏方に徹しているのだと言った。なのでお得意様にもあっちが店長だと思い込まれていた、なんてのもザラなのだと笑っていた。
頭は使うものの、種を植えるのはそこまで苦ではない。だが鉢を幾つも洗うのには一苦労だった。しゃがんだ状態で長時間作業するのに慣れていないし、運び込むのにも一つ一つに重みがある。優兎は地道に往復するしかなかったが、シシは鉢にたくさんの鉢を入れていっぺんに運び込んでしまうので、圧巻であった。
十時~十一時半。優兎は陸モグラの店員ゴルビーと共に、水やりやちょっとした手入れを行った。痛んだ葉っぱを手で千切ろうとすると、葉っぱに虫がくっついている事があり、優兎はぎゃっ! と叫んで拒否反応を示すのだが、ゴルビーに声をかける事で解決。なんと、そのままパクッと食べてしまうのだ!
「ボクみたいな奴にとっては天職ですよねぇ~。あ、ミミズ発見! やった!」
ちょいちょいっと爪で土を引っ掻いて、絡み付いてきたところをチャンスとばかりに、口へ運んだ。
「勝手に食べて、怒る――人はいなさそうですけど、お、お腹とか痛くならないんですか?」優兎はジョウロをギュッと抱えながら問う。
「変な薬使ってなきゃ大丈夫ですよぉ。何より、潰しちゃうよりボクみたいなのに食べてもらった方がいいって意見を持つ人が、世の中には多いみたい。青果店で働いている仲間もよく見かけますしね~」
「なるほど。わんわんの関係ってわけですね」
「? その言葉、間違ってないです?」
「あ、すみません。とある人ののんびりとした雰囲気を思い出してしまいまして。ふふっ」
水やりが済むと、優兎はシシに断りを入れて自身の世話しているつぼみの水やりに赴いた。つぼみの植わっている植木鉢はショーウインドウのそばで、のびのびと太陽の光を浴びていた。
しかし、優兎が来るや否や、つぼみはぷいとそっぽを向いてしまう。
「やあ、調子はどうだい?」
「つーーん」
「何だ、まだ不機嫌なままなのか」
やれやれと溜息を漏らし、優兎は口を聞いてくれなくなる前の会話を思い出した。
「ちょ、ちょっと! アタシをここへ置いて行くって、本気なの? 最後までアタシの面倒を見るって言ってたくせに!」
「そうなんだけど、水は今はいらないみたいだし、一日働く期間の間だけ面倒を見るって言ってもらえたからさ。明日もちゃんと顔は出しに行くよ」
そうして優兎はつぼみを預けて帰宅したのだ。翌日には今のような状態になっていた。
優兎は肩をすくめると、ジョウロを傾けて土に水をやった。その間、つぼみはずっと腕を組むように葉を重ね合わせていた。
水やりが完了し、顔を合わせようとすると、つぼみはまた別の方向に反った。優兎はムッとして、再び合わせようとする。正直どこが顔の正面だかは判別がつかないので、こんな戦いを繰り広げていると混乱してくるのだが、つぼみ的には逆方向を向いているのだろう。
「つーーーーーん」
「うーん、一体何が気に入らないんだろう。白い模様はもうすっかり消えたし、葉の色艶もいい。部屋で育てていた時よりもずっと環境はいいはずなのになあ」
「やだ、そんなにベタベタ触らないでよバカ!」
「ちゃんと見ておかないと、辛くなるのは君の方だろう? 我慢しなくちゃ」
優兎が別の病気の可能性を心配していると、横の方でプフッ! と吹き出す音が聞こえた。顔を向けると、音の正体はシェードカーテンを半分下ろしにやって来たヤックだった。
「や、失礼」 ヤックはそう言ってまた吹き出す。「ただちょっと、罪作りの素質が見受けられるなと思ったもので」




