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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編 (前編)】
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7・日々に新たなり⑤

 

 次の休みの日。優兎(ゆうと)手提(てさ)(かばん)()げて、また〈ガルセリオン王国〉の花屋――店名を〈日々に(いろど)りを、華やかに(ミスティ・アナーゲンシィ)〉というらしい――へと出向いていた。

 だが今回、優兎が店内に入るのは正面口からではない。裏口からだ。すーはーと(ひと)呼吸入れ、覚悟して中へ入ると、店内はもう明りがついていて、従業員達が動き回っている。


「あれ? お客さん、こっちはスタッフ専用の入り口ですよ」


 優兎の存在に一番最初に気が付いたのは、モグラの獣人(ジュール)の店員だった。花屋では初めて見る顔であり、それは向こう側も同じ。トコトコと二本足で歩み寄って来ると、ヒゲを小刻みに動かしながら表側へ回って来て下さいねと伝える。従業員でない者が裏口から入ってきたのだから、当然の反応だ。

 けれども、優兎は立ち退かずに頭を下げる。


「おお、おはようございますっ! ユウト・テルアキです! 今日はよろしくお願いします!」


 ガチガチに緊張した様子で優兎は叫んだ。モグラの店員はわけが分からず、目を丸くする。

 そこへ、声に気付いたあのキツネの店員ヤックがやって来た。


「おはようございます。十分前に到着とは、気合いが入ってますね。()()()()として、お互い頑張りましょう」


 ヤックは優兎に近付くと、店名の入ったエプロンを渡し、同僚に事情を説明し始めた。


 客側だったはずの優兎が一転、従業員となってエプロンをつける事態になったのは、花屋につぼみの具合を相談しに行って、お金の話に移った事がきっかけである。その時に優兎から手持ち金が少ない事を聞かされたヤックは、花束の注文をしにきたお客の相手をしに一旦席を外した後、再び優兎の目の前に座った。


「百二十リヲですかあ……。ふーむ、種であれば二、三袋は買えるんですがねえ」


 (あご)に手をやるヤック。二人はこの金額で何を買えばつぼみの手助けが出来るか、そういった事を考えていた。


「学校内で稼げる範囲で集めてはいたんですけど、今はそれぐらいしかないんです。……舐めてると思いますよね?」


「お客さんに悪気はないのでしょう?」


「も、勿論です!」


 優兎はすかさず何度も(うなず)いた。


「多く栄養剤を投与してもよくありませんしね。なので、ひとまず土だけは変えたいところです。土台だけで劇的に変わりますので、最低限、そこの鉢のような培養土に変えるか、補助用土を混ぜるくらいはした方が良いかと。料金はどちらも四百リヲはオーバーしてしまいますが」


「変えないまま育てようとすると、どうなります?」


「運絡みになってしまいますね。まず、病原菌にかかりやすくなります。斑点病(はんてんびょう)もそうですが、これはまだ軽度な内でして、今の安定しない天候を(かんが)みると、最悪トーライ・コ・フォビヤ病にかかる恐れも……」


「病気に!? それはダメですっ!」


 優兎は前のめりになり、心を乱した様子で声を上げた。その勢いはヤックが仰天してしまった程だ。


「……ああでも、確立の話ですから。必ずしも悪い結果に進み行くわけではありませんので」


 (いささ)か大げさに言ってしまったようだと改めるヤック。しかし優兎は可能性があると知っただけでも譲れないと、確固とした意志を持って言い放った。


 優兎に確立を信じる気がないので、そうなるとやはりお金を工面するしかない。だが校内の仕事だけで(まかな)うには、優兎に時間があっても花の方に猶予がない。


 またギルドで仕事を探すか? 願わくば、短期間で終わるものがあるといいのだが……。


「そんなら、お客さんには一日店員として働いてもらうってのはどうだ?」


「! 店長!」


 奥の開けっ放しにされた扉から、野太い声が聞こえた。ゆったりと扉の枠スレスレで出てきたのは、巨大なゴリラの獣人。腕や足は太く、真っ黒な毛の中にマッスルなボディが見られ、いかにも男らしい風貌(ふうぼう)なのだが、頭の端には可愛い子供向けの花飾りがついていて、もの凄く浮いている。


「話は聞いていた。変なところで金を作って持ってこられても気分悪ぃだろ。だったらここで働かせてやった方がいい」


 言いながら、店長はレジに張ってあったメモを剥がして、優兎のそばにある鉢から花を何本か抜き取って行った。おそらく先ほど注文された花束を作る為だ。


「そ、それは、でも……」 思わぬ救いの言葉だが、素直に厚意を受け止め切れなかった。「花の知識なんて、からっきしです! きっと迷惑をかけてしまうと思います!」


「そこの植霊族の面倒を、折れずに見ている。これだけで審査としちゃあ合格だ」


闇耀日(デオクス)の七時でいいぞ」と言うと、店長は棚から引き出したラッピングペーパーの袋を抱えて、扉の奥へと消えていった。


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