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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編 (前編)】
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7・日々に新たなり④

 

 〈ガルセリオン王国〉の関門を通って、数週間ぶりに花屋へと足を運んだ優兎(ゆうと)。まだ営業しているのかと探るようにガラス戸から顔を出し、店内の明りに安心して入って行くと、品出しを行っていた店員と視線がぶつかった。


「おやまあ、以前に種を鑑定してさしあげたお客さんですね」


 店員はあのキツネの獣人(ジュール)だった。長袖とエプロンをささっと手と尻尾で叩いてから、「今日はどういったご用件で?」と尋ねてくる。


「その、例の種について相談がありまして……」優兎はそれとなく示すように植木鉢を持ち上げた。


「わざわざ持って来て下さったのですね。では、立ち話も何なのでこちらへどうぞ」


 店員はレジの横に小さいテーブルとイスを引っ張ってきた。この時点で、優兎は()()()の彼に対して失礼な先入観を持ってしまっていた事を恥じた。高額で明らかに不必要(だと思った)な品を勧められたという経緯があったにしろ、これまでに起こった事や現在のつぼみの様子を話すに至るまでは、後ろめたい気持ちは拭えなかった。


「あの時はその、せっかくのご厚意を無下にしてしまってすみませんでした。僕、植霊族についてまるで知らなかったんです。普通の植物と育て方は一緒だと思ってました」


 優兎は植木鉢の様子を調べている店員に謝った。


「ああ、やはりそうだったのですね。いやはや、ワタシめもあなたが()()()()()()()()である可能性を考えていなかったもので、お互い様です。店長に話したら、『その内また来るんじゃねーの? 今度はちゃんと相手してやれよ』なんて言ってましたね」


 店員は優兎に合わせてか、少し砕けた言い方をした。優兎としてもこっちの方が話しやすく、気持ちが解れていった。


 それにしても、根本的なビギナーとは。本当に植霊族を育てようとする人は稀であるらしい。


「専門職の目線から見ても、そんなにハードルが高いんですか?」


「ええ。金銭に余裕がないと、相当疲弊(ひへい)するでしょうね」


「う"っ!」


 軽快な口調でバッサリ切られてしまった。当たりだ。


「それでも、あの状態から一切お金をかけずにここまで育て上げるというのは大したものですよ。つぼみの膨らみ具合から見て、このまま手を抜かずに順調にいけば、二週間もしないうちに花が開くでしょう」


「ううー、ううううー……げぷっ」


「本人は気分が悪そうなんですけど……」


「いえいえいえ、これは彼女の言う通り、水の飲み過ぎですよ。食べ過ぎでお腹が苦しくなるのと同じなんです。体調が戻るまで水を抜くか、専用の養液を垂らしてあげるだけで治りますよ」


 店員は注射器を取り出して、針を地中深くに刺した。真っ赤な液が注入されると、つぼみはびっくりしたのか「きゃうっ!」と悲鳴を上げた。


「さっきのが専用の養液ですか?」


「違いますね。これはラテ・ゼリィを液状化したもので、簡単に言えば魔力を注入したんです」


「魔力?」


「そうです。見えますか? 葉が痛んでいるでしょう?」


 店員は葉っぱを丁寧に広げて優兎に見せた。葉っぱに現れていた、白い模様の事を指しているらしい。


斑点病(はんてんびょう)の兆候ですね。悪い菌を拾ってしまったようです。しかし、今の彼女には自力で治す気力も、魔力も足りません」


「世話をするだけじゃなく、魔力が必要だったんですか!」


「植霊族ですからね。本来は土や大気中などから摂取するべきなので、荒療治気味ではありますが、これで回復するでしょう」


「ああ、ありがとうございます!」


 分からなかった事がスルスルと解決していく! よかった、本当によかった! 優兎は早いうちから相談しに来て正解だったと心から安心した。


「先ほどの魔力剤は、前回の不行き届きの挽回を兼ねたサービスとします。――で、ここからは商売の話になるんですが……無礼承知で尋ねますが、いくらぐらい持ってます?」


 にっこりと糸目が湾曲(わんきょく)する。……ああ、どうやら彼が商売人なのは元からだったようだ。

 本格的に始まるのはここからだと優兎は悟り、頬を引きつらせた。


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