6・水面下の攻防と、気の毒な少年⑤
たっぷり三十分かけて、ねっちゃねっちゃの砂の道を渡り切った優兎。「火があったら神輿諸共焚き上げてやりたい……」とかなんとか恨み言を言いながらも〈キラティナ・サン島〉に上陸し、陸地まで神輿を引っ張ってくると、これまで辿ってきた砂の道は元通りのサラサラ状態になり、一気に海水が流れ込んだ。潮の流れをわざわざせき止めるくらいなら、道の方もえらく歩きやすいようにサービスしてくれたっていいだろうに。照りつける日差しの中、すっかり汗だくになった優兎は梶棒を支えにし、立て膝をついて頭を垂れた。反対に、神輿に乗っているユニは極めて涼しい顔をしている。屋根のおかげで日陰になっているから、というより、汗を掻かないのだろう。
当然ながら、ユニから労いの言葉は一言たりともない。自分の事しか考えないこの師匠は、別のものに意識を働かせていた。教え子がゼーゼーと激しく息づいているのを無視し、視界に移るすべてにくまなく目を通す。
(奴の姿が消えたな。だが、すでに立ち去ったなら気付いて然るべきだ。そういった気配を感じなかったところを考慮するに……――なるほど。不安定な体を無理やり押さえ込み、海に身を投じたか。弱い頭なりに考えたな。確かにそれしか術はあるまい)
視界外の木や岩などを透過させてみても、やはり姿は見当たらず。思惑の失敗を告げるようにハァと溜息をつくユニ。と思いきや、次の瞬間、彼は楽しそうにくっくっくと肩を上下させて笑い出した。
「――愚かなッ! ボクにかかれば貴様の居場所を特定する事など、星一つをまるごと火の海に変えるよりも容易! 音、匂い、発熱、緊張による動機、遠感による精神攻撃と、炙り出す方法はいくらでもある! クフフ、いかに残酷に引ん剝いてやろうか! ハハハハハッ!」
断っておくが、ユニが大声で宣戦布告を言い渡している相手は、彼自身に一切迷惑をかけていない。強いて言えば、この神様、もといお山の大将みたいな性根の奴に目をつけられてしまった、不幸な被害者にすぎないのだ。慣れない手加減によって発生したイラ立ちの反動からか、ユニはおかしな興奮状態にあった。
ところが、それ以上に事態は展開する事なく、強制的に集束する形となる。
なぜなら肝心の優兎が目を回してダウンしてしまったからだ。
「づがれたぁ……もう無理ぃ……」
とうに限界だったのか、そう吐き出すや否や、優兎はドサッと草の上に突っ伏してしまった。
「!? 貴様、これから盛り上がるという局面で何をくたばっているッ!」
ええい、起きんかこのうつけが! と喚くユニ。屋根から垂れ下がった仕切りを上げると、玉座から飛び降りて着地し、寝そべっている体を足で蹴った。珍しく動揺をチラつかせている。だが、もはや何をしても今の優兎には効果がない。単純にエネルギーが尽き果てたのだ。体力と魔法を同時に鍛えるというコンセプト自体は悪くなかったのだが、やはりやり方が優兎に合っていなかった。
「クソッ、無理やり全快させて叩き起こしてやるか? いいや、今日は流石にサービスがすぎる――」
ユニの親切心はポイント制か何かなのか。そう突っ込む者はこの場におらず、唯一口を挟む可能性のありそうな者も、大きな影を島に落として今、飛び上がってしまう。
大きな二枚の翼をはためかせると同時に、塩辛い飛沫が一瞬雨のごとく降り注ぐ。ユニの体を濡らす事なく雨粒は綺麗に捌けていくのだが、影が去り、周囲が再び日の光で彩られるようになる頃には、鳥とはいかぬまでも、それだとは判断しづらい範囲――おまけにかなりフラついていて不格好だ――まで逃げ失せていた。
「好機と見て逃げたか。ここへ転移させ、力ずくで縛り付けてやる事も可能だが……ふう、どうでもよくなってきたな」
姿が小さくなっていくにつれて、ユニの興味も失せていったらしい。すでに彼は平静を取り戻していた。よほどの事でもない限り、いちいち粘着しない質なのだ。それだけ取るに足らない奴だと見なしており、からかってやっただけで充分に満足感を得ていた。
「それよりも、問題はこいつだ。半周程度で倒れ臥すとは、貧弱な奴よ」
ぐりっ! ヒールを履いた足で寝そべる優兎の背中を突いた。優兎はぐえっと呻く。
「休息の日が欲しいとほざいていたか……。長期でいじり倒してやる為には、放牧も必要なのかもしれんな。家畜はそうだと聞く」
ユニはやれやれと溜息をつきながら、グリグリとヒールを食い込ませ続ける。背中に痛みを受けながらも、優兎は「ユニコーン様の角で突いていただけるとは、ありがたき幸せ……あひゃひゃ」などと、緩み切った顔をして寝言を言った。
——6・水面下の攻防と、気の毒な少年 終——




