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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編 (前編)】
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5・課題の追加③

 

「『植霊族(しょくれいぞく)、または植霊種(しょくれいしゅ)。かつて大切に扱われていた物が、高濃度の魔力と植物の生命エネルギーを取り入れる事によって自立し、生まれ変わったもの。持ち主との思い出や、元の居場所へ帰りたいと言う思いが魔力を引き寄せる事で形になると言われている――』」


 部屋でカルラに貸してもらった本を読み上げる優兎(ゆうと)。しおりが挟まっているページに触れながら、優兎はミジュウル・バイ・シュリープを思い出した。あれは怨念や後悔という凄まじい感情が魔力を引き寄せて実体を成した例だ。シュリープのようなケースがあるのだから、確かにこのような種族が生まれるのも何らおかしな話ではないのだろう。優兎が貰い受けた種の場合に当てはめると、大切にされていた物というのは、きっと植物が絡み付いていたあの赤い宝石だ。


「へえ、何だかツクモ(がみ)みたいで神秘的な話だなあ」


 自分が昔どこかに置いてきたままなくしてしまった大切な物――飛行機のオモチャみたいなものでも、植物の手を借りて魔力が絡み付いたら、植霊族となるんだろうか? そんなふうに考えて、少し頬が緩んだ。


「続きは……なになに? 『植物の力も利用しているため、壊れるか持ち主の元に帰るまで、種の状態と成長した状態を定期的に繰り返す。それほどまでに強い使命感を持っているので、成長に必要な養分が不足していると、気が立ったり(ふさ)ぎ込んだりと、不安定な心理状態に(おちい)る』」


 あー、これが原因かあ……。納得した優兎は、パタンと本を閉じて植木鉢に向き直った。


「なーに見てるのよ! お水の時間はまだなの!? 早くちょーだいよっ!!」


「え、一時間も経ってないのにもう欲しいの!? ちょっと待ってて、今あげるから!」


 根腐れしないか心配になるが、本人が欲しているのだから大丈夫なのだろう。妙な感覚を覚えつつ優兎は流し台に向かうと、歯磨き用のコップに入れた水を土全体に染み渡るように注いだ。


「足りないー」


「うん?」


「たーりーなーいーーーー!」


「? そんなに渇いてる?」


 湿り気を帯びた土に触れて小首を傾げた後、優兎はその場を立つ。が、つぼみは大きな葉っぱを手の平のように突き出してストップをかけた。


「水はもういいの、お腹いっぱいになったから! え・い・よ・う! 栄養が足りないの! あんたどこからこの土持って来たのよ!?」


「庭園の土を貰うのは気が引けたから、校舎裏の方から……ダメだった?」


「そんな日当りの悪そうな場所から持ってくるなんて、バッカじゃない!? ただでさえ少ない栄養が、全体に行き渡らずに水ごとさらーって抜けてっちゃうし、所々(ところどころ)固くてイッタイのようっ! 足を伸ばすのに邪魔なの! サイアク!」


「足? 根っこのこと??」


「聞くまでもないでしょ! 早く土をとっかえなさいよ! 今すぐに!」


 急かされた優兎は、植木鉢を抱えて校内のいろんな場所の土を見て回る事になった。中庭、廊下に並べられた花壇と、そして外の庭。水やりをしていたエルゥに話しかけると、倉庫で土の袋を見せてくれた。

 しかし、どこの土もお気に召さなかった。一般的な植物ならこんなにも厳しくないのだろうが、つぼみの彼女は元々枯れる寸前だった。その状態から持ち堪え、つぼみを付ける事は出来たものの、花を咲かせるにはまだまだ養分が足りないのだろう。ともすれば、今の状態でさえ命からがらの生き地獄なのかもしれない。それは彼女の気性の荒さが物語っている。


 一体どうすれば満足してくれるのだろう……。庭の噴水――掃除中の為に今は干上がっている――に腰掛け、肩甲骨をほぐしながらそんな事を考えていると、優兎はつぼみがしおれたように垂れているのに気付いた。


「大丈夫? あちこち歩いたから、振動とかで疲れちゃったのかな。――何が欲しい? 水? それとも日の光??」


 優兎は励まそうと声をかけながら、広大な庭のどこかに蛇口がないか探した。だが、つぼみは葉っぱを揺らして制する。


「……もういい。あんた全然ダメなのよ。アタシを〈ハルモニア大陸〉のどこかにでも植えてちょうだい。それでさよならしましょ」


「さよならって……」


 見限られてしまったという宣告だ。優兎はショックを受けた顔を見せ、(しば)し思い詰めたように俯いていたが、やがて首を振った。


「――いいや、その頼みは聞けない。〈ハルモニア大陸〉も安心とは言い切れないんだ。友達が木に生気がないって言ってた。〈ヘヴランカ〉の村人達も、年々元気がなくなってきてるって。そんな場所に君を植えるなんてこと、出来ないよ」


「だったらどーするって言うのよ! あんたに何が出来るって言うの? アタシの気持ち、なんにも分からないくせに! ……ううう、ぐすっ」


 つぼみはしくしくと更にその頭(?)を垂れた。悲愴感(ひそうかん)が漂うその様に、優兎や素知らぬ様子で掃除と庭いじりをしているエルゥ達までもが胸をざわつかせた。黙々と作業をこなす者達であるが、大きな耳をピクリピクリとさせて気にしているのが伺えた。


「……確かに、君みたいな植物を育てるのは初めてだ。そればかりか植物を育てた経験自体、そう多くない。小学校の頃にアサガオだとか、チューリップの球根を植えただとか、そんな程度だ……」


 けど! 優兎は顔を上げる。


「僕は()()を注いであげられる! 僕は君を見捨てたりはしない!」


 優兎は植木鉢を掲げ、真っ直ぐつぼみを見た。


「必ず綺麗な花を咲かせるって約束する。だから、信じて欲しい……!」


 その瞬間、噴水の水がパアアアッ! と勢いよく噴射された。それはまるで歓声を上げるかのように……一人の少年の中に目覚めた愛を応援するかのように……――というのは冗談で、ただ単に噴水の掃除が終わったので、止めていた水を流したに過ぎない。グッドタイミングだ。


 愛の告白めいた言葉を叫んだ優兎。植物に。しかし本人は元気づけたいという気持ちに溢れており、真剣そのものだった。その熱意が影響を及ぼしたらしい。エルゥ達は状況を把握出来ないながらも、何となくこうする事が相応しいような気がして、作業を中断して拍手をパラパラと送り始めた。


 拍手の中、つぼみは頭をくいと上げた。


「……言うじゃない。ちょこっとだけ見直したわ」


 つぼみは言う。優兎は目を見開いた。


「覚悟しなさい! あれこれ我がまま言ってやるんだからっ!」


「臨むところだ!」


 しっかりとした言葉で返す優兎。つぼみは溜息をつくように、膨らみ部分から息を吐いて大人しくなった。


『――盛り上がっているところ、悪いとはひとっかけらも思ってはいないのだが、一応な』


 ここで脳内に声が響いた。邪魔をしないでくれよとユニに言おうとすると、


『学業が開始になろうが、花なんぞの世話に手を焼こうが、優兎――貴様には今後も通常通り修行が待ち構えているのだからな』


「ハッ!」


 修行がある事、すっかり忘れていた! というか、飽きっぽくもあるユニにまだ付き合う気があったのが驚きである。優兎は額に汗を滲ませた。


「……(しばら)く育児休暇をいただけないでしょうか……?」


『ほう。ではその花、即刻焼き払ってくれるとしよう』


「そんなのあんまりだあああああッ!!」


 かくして、神様と植物の両者に責め立てられる日々がスタートするのだった。



 ——5・課題の追加 終——


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