5・課題の追加①
卒業を望む生徒が卒業試験を行っている裏、無関係である優兎は、昼夜問わずみっちり修行を受ける日々。元来の体力のなさが浮き彫りとなり、この三日間は体力を付ける事に着手している――が、流石神様。魔法に関する事はともかく、人間の体力の向上となると、いよいよ本当に勝手が分からないらしい。ハードレベルから測定不能な値まで、急激に修行の難易度が跳ね上がった。
「出来ない、だと……?」 ユニはギリッと歯を噛み締める。「脆弱な貴様を叩き上げるにはこれぐらいが適当だろうという適当な計らいを無視した上で、ボクに口答えするというのか! ふざけおって!」
「鎌倉大仏以上にある巨石を担ぎながら山を百億回往復しろとか、ふざけてるのはそっちだろ!」 優兎は負けじと食い下がった。「というか、最初の担ぎ上げるって時点で破綻してるんだよ! とんちもない生臭坊主の僕一人で抱え切れるか! こんな無理難題がこなせるなら、魔法なんていらないだろ!」
ある時は全力で噛み付き合い、またある時は、
「ここからあそこの島まで、海を割ってみせろって!? 体力付けるとかそれ以前の問題だろ!」優兎は水平線の彼方に見える小粒の緑色……島? を指差した。
「なぜだ! あらゆる媒体で、修行の着地点は真っ二つに『割る』ことであると誇示してきたではないか! 簡明な成熟の証であろう! 山や海ならず、己の星すら叩き割るようになってみせろ!」
「出来るか! 下手にエンタメに触れて来たせいで、現実と空想の区別がついてないんじゃないか!?」
こんなふうに、そもそもの認識の齟齬に突っ込む事もあった。
フィクションの中の選ばれし主人公なら、とやかく言いながらもクリアしてしまうのだろうけど、現実はそう甘くない。今まで受け身がちだった優兎だが、これに関してはバンバン意見も文句も言った。出来る・出来ないの問題でないのは勿論、ユニの課題に対してすべて快諾していたら、どんどん要求がエスカレートしてしまう。せめて人類の可能とするレベルに落とさなくてはと苦心するばかりで、大した修行になっていないのが現状だ。
呆れた優兎が、自分で計画を立てるから放っておいて結構だと断った事もあった。三度もだ。それに対しユニは、勝手にしろ! と一度はへそを曲げるのだが、数分経つと、せっかく積み上げた石を蹴っ飛ばしに来るわ、腹筋十回にも四苦八苦している最中に、腹に魔法の塊を落として来るわ、ランニング中に熟れたような柔らかさとイガグリさながらの刺を持つ、茶々を入れるにはピッタリの実をぶつけてくるわで、持て余した暇を潰そうとしてくる。指導者の風上にも置けない。
「ん、いい案を思い付いた。優兎、そのチンケな遊戯を一秒以内に切り上げろ。付いて来い」
そうして反対意見に耳を貸す事もなく、身勝手に修行を中断させ、最初に戻る。いちいち癪に触るったらない。
「そんな些細な事も出来んのか貴様! 骨ばかりの生意気な骨格標本がッ! 醤油の樽に沈めてヅケにしてくれようかッ!」
「もっと程度を落とせって言ってるんだよ、この脳みそ天晴れ神がッ! 角にソフトクリームデコレーションして頭頂に白旗トッピングしてくれようかッ!」
「愚図! 雑魚! アホ人間! 旨味無し骨折り損のポンコツ! 万物最下位の特汚点がッ!!」
「邪神! 疫病神! アホ神! 無駄にモフついた珍獣! 清純派ユニコーン界の面汚しッ!!」
だが修行のままならぬ一方で、二人は罵倒し合えるほどに距離を縮めたと言えた。
大方のスケジュールとしては、まず朝五時に起床。七時までに朝食を済ませ、その後場当たり的に選んだ無人島へ拉致・軟禁。優兎がダウンした頃に小休憩。部屋に帰される頃には、普通に深夜を回る。良くも悪くも悪くも、ユニの手にかかればお手軽に瞬間移動出来てしまうせいだ。
ベッドに入ると、優兎は泥のように眠った。家族への手紙を書くのも、風呂に入るのも全部朝に後回しだ。趣味に打ち込む余裕なんてありゃしない。
そんな過酷な生活環境でも、楽しみにしている事があった。それは現在育てている、種の成長を見守る事だ。直前まで、ユニの毛を刈ってプードルみたいにしてやりたい……! などと腹を立てていたとしても、種を植えた植木鉢を見ると心が洗われるのだ。種に水をあげている、ゆったりと過ごす時間だけが毎日の癒しだった。
献身的な介抱の甲斐あって、枯れかけていると診断された種は見る見るうちに育っていった。可愛らしい丸みを帯びた芽を出し、茎を伸ばして、つぼみが膨らみ始めた。通常の植物に比べて随分と成長が早いものだが、そもそも種からして特殊だったのだ。優兎の思いが届いたに違いない。
この調子だと、明日にはもっとつぼみが大きくなっている事だろう。へとへとになりながらも、優兎はクリスマス・イブの朝を迎えるような心地で眠りについた。
「……、……、……!」
連休四日目。その日の朝は、おかしな物音で目を覚ました。
「……! ……!」
「ん~~~」 瞼を閉じたまま寝返りを打つ。「……ベリィ、喋れるんなら喋れるって、最初から言って欲しいよ……途中でそういう展開は萎えるからさぁ……むにゃ」
寝ぼけている優兎。一度は起き上がるも、すぐに布団の中に身を沈めた。およそ四時間前まで亀の甲羅のような重りを背中に取り付けられ、這いつくばり、マヌケだのうすのろだのと後ろ指まで指されながら島を回っていたので、まだ眠いのだろう。
完全に目覚めたのは、時計の長針が半周した頃であった。
「……ぉ、……て……よ!」
「ん~? 何? ベリィ」
うっすら目を開いていくと、赤い色――ベリィの姿が視界に飛び込んできた。ベリィはすやすやと優兎の横で眠っている。
では、この音の正体は? 髪をガシガシ掻いて砂粒を撒き散らしながら、音のする方向を探る。程なくして、広々とした窓の外から聞こえてくるものであると掴んだ。
「窓の方? 鳥の鳴き声だったら、もっとこう――……ってことは、まさか!?」
そういう夢物語的な発想にすぐさま繋げる辺りが優兎らしい。が、今回は見事的中していた。優兎がカーテンをシャッ! と勢いよく開け放つと、植木鉢から伸びた茎とつぼみが、意志を持ったようにぴょこぴょこ元気よく動いていたのだ。
そして小さくてくぐもっているが、つぼみは一定の調子と間隔を持つ「音」ではなく、抑揚のある「声」で何かを懸命に訴えかけていた。
「わっ! 本当に喋ってる!?」
流石異世界だ。この世界には喋る植物が存在しているのか! 優兎は感激し、胸を躍らせて窓の鍵に手を掛けた。そして開けすぎてしまった窓から吹き込んできた冷たい風に、思わず目を瞑る。
風が治まり、瞼を開くと、そこには植木鉢が。目や口といったものはどこにも付いていないのに、その黄ばんだ色味の悪い緑のつぼみに、何となく凝視されているような気がした。
「は、初めまして……? 僕は――」
しゃがんで、あいさつしようと試みる優兎。すると――
「あんた、バッッッッカじゃないの!? 失格よ! 失格っ!」
「はえ!?」
突然、女の子の可愛い声で怒鳴られてしまった。
「確認するけど、喋ってるの……君なんだよね?」
「決まってるでしょ!? アタシの他に誰がいるって言うの! いないでしょ??」 つぼみは喚き散らす。「ここ寒いのよ! 風はビュービューだし、日当りサイアク! すっとぼけた顔してないで、さっさとあんたの部屋に入れてよっ!」
「わ、分かった、分かったから!」
やれやれまたこのパターンか、と最早慣れてきた様子の優兎。だが、確かにつぼみの言い分通り、この冷たい風が吹き荒ぶ中は植物の身には堪えるだろう。優兎は急いで植木鉢を部屋に――運びたいのは山々だったが、鉢の下に敷く皿がない事に気付いた。どうしよう。これではカーペットを土で汚してしまう。
「参ったな、どこかで借りてこないと。何か代用出来るものはー、えっと、ええーっと……ベリィ、お願い出来る?」
窓から入り込む風で起きてしまったベリィに尋ねる。ベリィは快く皿の形に変化した。




