1・炎竜に焦がれるのののノ③
「おいおい、何を騒いどるんじゃ。暴力沙汰以外で騒ぐとは珍しい」
カウンターのそばを離れていたマーガレットが戻ってきた。解れだらけの布袋を手からぶら下げている。
「お! 来た来た、報酬金!」
真っ先にカウンターへ向かうアッシュ。優兎に忠告していた立場とは打って変わって、お菓子を貰いにいく子供のよう。後からのんびり優兎とジールも続く。
「ほれ、千二百リヲじゃ。四百リヲずつでバラしてやったぞ」
マーガレットはカウンターテーブルの上で袋をひっくり返した。中に入っていたものがぶつかり合い、ゴロンゴロンと音を立てて転がる。優兎は目を見張った。
リヲの正体は、硬貨でも紙幣でもなく、石だった。黄緑色をした石が、全部で十二個。消しゴム大のサイズと形を持ったものから不格好に角張ったものまで、大きさや見た目はバラバラで、一つとして同じものはない。
マーガレットは三人に、適当に四つずつ配った。優兎にはタマゴくらいの大きさで丸みを帯びたものと三色ペンくらいに太くて長さのあるもの、似たようなサイズのもの二つが渡った。
「四つで四百リヲ……ってことは、一つで百リヲの価値があるってこと?」
優兎は石を一つ取って、隣りに座るジールに聞いた。始めて見た時は綺麗だと思ったが、目の前まで持ってくると、安っぽいガラスの塊みたいだった。重さは石そのものであるものの、お祭りの屋台「宝石すくい」で見られるアクリルアイスにとてもよく似ていた。
「そうだよ。オレンジ色が一リヲで、黄色が十リヲ。黄緑色が百リヲ、水色が千リヲ、マゼンタが一万リヲって決まってるんだ。色さえ合ってれば、形や大きさは関係ない」
「こんなにまばらなのに、同じ価値なんだ」 優兎は仰天した。「数の位も、五円とか五百円みたいに細かいのがないんだね。ざっくりしてるなあ。――えっと、オレンジ色が一リヲで、十リヲが……? ん? あれ……?」
早くもつまずいた。
「オレンジ、黄色、黄緑、水色、マゼンタね」 ジールが補ってくれた。「リヲの色を決めた人の、好きな色順なんだよ」
「はあ、どうりで覚えづらいわけだ」
優兎は口の端を引きつらせた。
しかしまあ、何はさておき、このリヲは自分で稼いだものであることは事実だ。お年玉で貰えるものとはまったく別のありがたみが感じられるし、下手したら帰って来れなかったかもしれないと思うとおぞましいが、これが生まれて初めてのお給料になるのだ!
密林の暑さ、花畑での一戦、ミジュウル・バイ・シュリープに狙われる恐怖、(改)との命をかけた戦い、ユニ――これまでの苦難に満ちた道のりを思うと、成し遂げた達成感に心が震えた。自然と黄緑色の塊に愛着が湧いてくる。優兎は初めて働いて得たこのリヲを、大事に使おうと決心した。
「あー……結構な小ささだよなー……。成功するかしないか、ギリギリのラインだな……」
ジールの横で、アッシュがブツブツ呟いている。消しゴムほどのリヲを見つめて、何やら考え事をしているらしい。
「――よし、一か八かやってみるか。爺さん、アレくれ、アレ」
腹を決めたアッシュは、マーガレットに何か持ってくるよう頼んだ。「アレ」で通じたらしく、マーガレットは屈んで、カウンターから姿を消す。
何をするつもりなんだろう? 首を伸ばして、優兎はアッシュに注目した。
ゴトゴトとくぐもった音がして、マーガレットが再び現れると、アッシュにあるものを渡した。細長い釘と、金づち、手袋、そして表面のぼこぼこした革が一枚。
アッシュは硬そうな材質の手袋をはめると、リヲの下に革を敷いて、リヲの真ん中に釘を突き立てた。その上から金づちを入れる。
カンッ! 釘の先がリヲに食い込むと、優兎は信じられない光景にすくみ上がった。そんな事もおかまいなしに、小さく金づちを動かすアッシュ。釘はどんどん深く沈んでいった。
作業を始めてから少し経つと、甲高い音と共に、釘の先端が革と接触した。
「――ふうーー、何とかうまく出来たな」
ホッと安心したようにアッシュは息をつく。釘の入れられたリヲは、変な角度で入れられたのか、不格好な形で二つに分かれていた。
「アニキー、もうちょっと形を考えなよ。不自然なんだけど」
ジールは眉をひそめて、二つになったリヲを見た。至って普通の出来事みたいに言うジールに、優兎はギョッとする。
「仕方ねえだろ。オレが器用そうに見えるか? 粉々にならなかっただけでも、運がいいっつうの」
「それもそうだね」
ジールはニッと笑うと、「俺の分も用意してもらえる?」とマーガレットに声をかけた。やるなら一度に頼んで欲しいとマーガレットは文句を言うと、棒状のやすりをアッシュに渡して、また腰を屈める。アッシュはもらったやすりを手にすると、変に尖った部分をゴリゴリと削り始めた。
「……ジャックもやるの?」
優兎は恐る恐る尋ねた。
「当たり前じゃん。まだ手を加えられる余地はありそうだしね」
ジールは人差し指ほどの長さしかないリヲを優兎に見せて言った。
「違法に……ならないの?」
「なんで?」
……頭がおかしくなりそうだ。
そうこうしているうちに、ジールの分の道具が用意された。そしてアッシュがさっきやったように、作業を開始させる。そのままでも充分小さいのに、更に細かく砕くつもりのようだ。
優兎の住む世界では量産なんてあってはならないし、簡単に真似出来るものでもない。しかも優兎は自分の治療費で生活費が削られている事に罪悪感を抱き続けてきたので、なるべくお金を使わないよう自制してきた身。不思議というより、異様に思えて仕方がなかった。
「アップル、お前さんもやるのか?」
不意にマーガレットに声をかけられた優兎はビクッとした。
「え”! その……僕は……」
頭の中が真っ白だ。アッシュとジールにチラリと目を向けると、しぶしぶ頷いた。マーガレットは「あんまり年寄りに腰を使わせんでくれ」と悪態をついた。道具一式を置いていくと、マーガレットは空いたばかりのテーブル席の片付けをしに、雑巾を持って優兎の視界から外れてしまった。
成り行きで道具を頼んでしまったが、本当にやっても大丈夫なのだろうか……。明らかに危ない行為にしか見えない。だが、ジールは目の前のリヲに集中しているし、アッシュはまた別の方に取りかかっている。客席から異議を唱える者もなし。
おまけに、この事が当然すぎて聞いてはいけないような雰囲気が成り立っている。完全に置いてけぼりをくらってしまった。
(やるしかないのかな……)
優兎は手袋をはめて、太長い方のリヲを革の上に置いた。安易な気持ちで釘を入れたら台無しになりそうだし、成功以外は認められないというプレッシャーが重く伸し掛かってくる。優兎は金づちを振るう前に、どのくらいの尺度にすればいいのか、ジールの作業の様子を窺った。
「横二センチ、縦三センチ以上が暗黙のルール」
目をリヲに向けたまま、ジールは呟いた。優兎が見ているのを察していたらしい。優兎は見ていた事実を紛らわせるように目線を逸らした。
(僕が困ってるの、知ってた? いやいやでも、今更聞いたところで冷たい目をされるのがオチだろうし……)
こうなったら自分で判断してやるしかない! 左手に金づち、右手に釘を持ち、逆手だった事に気付いて慌てて持ち変える。滅茶苦茶動揺している。心を落ち着かせて、リヲに釘を当て、まずは一回。
コンッ
周りの雑音でかき消されそうなくらい、至極小さな音。釘を浮かせてみると、単に表面を叩いただけのようで、傷一つついていなかった。
ビビりすぎた。反省して、二度目はもう少し力を加えてみる。すると釘との設置面が白くなって、ほんの少しだけ先端が入った。三度目、四度目と入れて、彫りを深める。鎚の付け根に手を移動させて、力の調整がしやすいようにした。
最初のうちは、釘が沈むたびに心が抉られていくような気分だった。しかし調子がついてくると、それもなくなった。リヲは柔らかい石のようで、彫る分には苦労しないが、時たま硬いところと一気に彫らないとひびが入り易いところがあり、いちいち恐れに気を取られているわけにはいかなくなった。進めるごとに程よい力加減を考え、神経を研ぎ澄ませて金づちを振るう。
太長サイズのリヲを二つに、丸みのあるものを三つに量産し終えた頃には、お金というより完全に石として見ていた。
「おお! アップル、お前なかなかうまいじゃねえか」
先に終わっていたアッシュは、優兎のリヲを見て感心した。四つだったリヲが、今や優兎の手によって七つに増えていた。
「断面もボロボロになってなくって、綺麗だね」
ちょっと見せて、と断って、ジールも優兎のリヲを一つとって眺めた。傘型の照明に当てられて、リヲがキラキラと光る。
「へえ、目立ったひび割れもないじゃん。丸形に近いものなんて特に難しいんだよ」
「本当? これでうまく出来てるの?」
優兎はリヲの一つにやすりをかけながら聞いた。ジールは頷く。
「この、一番細い奴はちょっと小さくなり過ぎだね。残念だけど、これは寄付して装飾品とかを扱ってる店で再利用してもらうしかない。けど、他は上出来だよ」
「くっそー、近くにこんなうまい奴がいたなんてな」 アッシュは自分のカットした歪な形のリヲに目線を移して、悔しげに言った。「まさか、お前にこんな才能があったなんてな。今度やる時はお前がオレの代わりにやってくれよ」
「あ、はは……」
苦笑する優兎。才能? お金を量産させる才能ってこと?
なんだかなあ。
「ハッハッハ! 怖いもの知らずの増額士のノーガロットか。こりゃあ将来が楽しみだな」
アッシュの座席から二つ飛んだ先に座っている、黒いヒゲを生やしたおじさんが横やりしてきた。こちらの話が聞こえていたようだ。笑ってはいるが、茶化しているとも取れる。
アッシュとジールは吹き出した。優兎は素直に喜べなかった。
―ー1・炎竜に焦がれるのののノ 終――




