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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編 (前編)】
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1・炎竜に焦がれるのののノ①

 

『奇跡? 予兆と見るか? 各地で流星群が観測される』


『二十時過ぎから二十一時頃にかけて、謎の流星群が〈ダルシェイド大陸〉南部、〈ゼオブルグ大陸〉西部・北部等各所で目撃された。「星学的に今の時期・方角共にこの現象が見られるのは非常に珍しい」と語るのは――』


『――明滅が一般のそれでなかった事や、少なくとも、四色以上の色が星から確認出来たという報告から、氏は数多(あまた)の魔法使いが()されて行った証明ではないかと、先ほどとは別の見解を示した。しかし流星群と見紛(みまご)う程の騒ぎがあったという報告は依然として上がっておらず、またどちらの説も想定外の現象という事が及んで情報の真偽が不明瞭なため、立証には時間を要するだろう――』


 ふう。


 優兎(ゆうと)は自室のベットから体を起こした姿勢で、ジールから回された新聞記事に目を通していた。文字と、専門的な図式が合間に書かれたそれには、〈ハルモニア大聖堂〉付近で観測された流星群――もといミジュウル・バイ・シュリープ達の魂が見せた光景について記載されていた。


 だが、優兎はこのまま幻想的な超常現象として忘れ去られていくのだろうなと、ぼんやりした頭で考えていた。友人達から聞いたところによると、トップの結婚や戴冠式、国家レベルの争いだとか、そういった世界全土に関わってくる物事でもない限り、新聞は週に二度しか発行されないらしい。これは別に世間が情勢に疎いというわけではなく、噂なり手紙や張り紙なりといった、公共電波がないなりの情報網が存在するため。それが良いか悪いかはさておき、現場にいた関係者の一人なので、都合が良いと言えばその通りだ。

 なんせ、今の優兎は自分の事で手一杯なのだから。


 ハァ……。


 優兎は新聞を布団の上に置いてから、懐に手を差し入れた。


 三十八度。家から持参してきた体温計で測ると、こんな数値が表示された。


 体調に異変を感じたのは昨晩のこと。優兎達が無事に〈ハルモニア大聖堂〉から帰ってきた事やティムの成長を祝して、獣人(ジュール)の集落〈ヘヴランカ〉で宴会が開かれていた。大きな焚き火を囲んだ、闇夜も眩む明るい大地の下、大物を狩った時や豊作を願う以外の目的を持った宴会。村の若い獣人(ジュール)が音のなるアクセサリーを身に付けてやる踊りは楽しかったし、勿論食事の方――アッシュの要望で、肉料理がそこそこの割合を占めていた――も美味しかった。


 しかし、宴の途中で優兎はひどい頭痛に悩まされ始めた。最初は強がりが手伝って我慢をしていたのだが、刻一刻と過ぎて行くにつれ、具合が悪化。村長のフィディアに相談して、ティムの家で先に寝て、安静にしなければならなくなった。


 今現在、体に表れている症状は頭痛と、それから高熱と吐き気もプラス。頭痛の方は昨夜中にピークを迎えたらしい。昨日よりかは収まってきている。土地が土地なので、フィディアや他の仲間達の口からは、暑さにやられたんじゃないかという意見が上がった。


 本当に、そうだろうか。


 それまでは何事もなかっただけに、優兎の中で例の病への疑いは消えなかった。せっかくの宴会だったのに。あんなふうに大勢で騒いで、時間を忘れたように過ごす機会など、本当に久々だったのに。


 そしてティムとのお別れの時。優兎は治らない体調のせいで、すっきりとした気分でティムを見る事が出来なかった。別れの場に相応しくない、青い顔をしていたと思う。ティムはそれこそ、地面にシミが出来る程大泣きしていたというのに。「元気でね」なんて淡白な言葉だけではなく、もっともっと会話がしたかった……!


 療養の為に魔法界へ来てから、不調の頻度は確実に減っている。それでも、(すき)(うかが)ってはこうして充実した日常を過ごす自分の足を引っ張り、引きずり込んで来るのだと思うと、腹の中で怒りが煮えたぎる。今日だって、本当はアッシュやジールと一緒に〈ガルセリオン王国〉に行く予定だった。うっと胃液がこみ上げてくるのを感じた優兎は手を口元へやり、落ち着くまで体を丸めた。


(もうたくさんだ! 早くこんな病との関係を絶ってやる……!)


 それは心地良いこの世界との繫がりをも薄めてしまう事を示唆するが、地球側の魔法台の所在は分かっている。完治した後でも顔は出せるはずだ。

 布団の端をギュッと握り締めて、優兎は病の回復を強く願った。





 翌日、一日大人しくしていたおかげか、はたまた病の気紛れか、優兎の病状は嵐の明けた空のように一段落ついた。休み明けの授業がすべて終わると、予定通り優兎、アッシュ、ジールの三人は、〈ガルセリオン王国〉へと向かった。目指す場所は万屋ギルド〈食人鬼のテーブル〉。王国の検問管パラケリオスによるチェックが済んだ後、白からオレンジのゾーンの敷石を踏みしめ、一際物騒な雰囲気を醸し出す建物へと足を運ぶ。


「爺さん、オレら三人、今受けている依頼を破棄する事にしたわ」


 よっこいせ、と高い位置にあるカウンター席に座って、アッシュはギルドプレート三つ――その内の一つは妙に赤みを帯びている――をマーガレットの眼前に差し出した。ジール、次いで優兎もイスに座る。


 破棄、とはリッテの花の採取に当たる事だ。依頼を受けて聖堂へ向かうも、偶然にも依頼主(かもしれない人物)ニーナと遭遇。当初は誤摩化していたものの、隠し続けている事が苦になり、事実を打ち明けた。


 〈ハルモニア大陸〉から帰ってからは、三人で話し合い、依頼主と行動を共にした云々は無しにして、ただ単に「破棄」という形にしようといった話でまとまった。ニーナも花をゲットした以上、リヲを受け取れないのは確実だからだ。下手に言い訳するよりも、こちらから断った方が後腐れもないしかっこいいのでは、というアッシュの意見だった。依頼の紙はまた張り出されるだろうが、本当に依頼主がニーナ本人であれば、破棄希望の届けが来るのも時間の問題だろう。


「破棄、か。やれやれ、簡単に言ってくれるわい。あの依頼の紙はこっちのギルドに流されてからも、なかなか長い期間ボード版に世話になっとってなあ。ようやく依頼主宛に、受ける奴が見つかったと手紙を出したというのに」


 マーガレットは拭いていた食器と布をカウンターに置くと、プレートを手に取った。


「あ……はは」 アッシュは苦笑した。「悪いな爺さん」


「まったくじゃよ」 一つだけおかしな色のプレートに目が止まったマーガレットは、眼鏡の枠を持ち上げて眉をひそめる。「安易に断るのはやめてもらいたいもんじゃな。お前さんらはペケ一つで済むかもしれんが、断られる側にもなってみい。希望に添えなかったという内容の手紙を送りつける事程、悲しいものはないわい」


 まあ、それでもどっかの誰かさんが、受けた仕事を途中で放り投げて、その事を言わずに数ヶ月すっとぼけるような真似をしとった件よりは、まだ素直で可愛らしいもんじゃがの。マーガレットはプレートを錠のような輪っかに通しながら言った。アッシュは気まずそうに目を反らし、ジールはくっくと笑った。優兎は首を傾げた。


「――しっかしまあ、今更破棄するとは。どうなっとるんだか」


「ん? 何でさ。誇れる事じゃないけど、今までだって断念した事は一度や二度なんかじゃなかったじゃん。退治ものとか特に」


 マーガレットの呟きに対して、ジールが反応した。優兎が「そうなの?」と聞くと、ジールは(うなず)く。


「それなりに魔法と付き合っててもさ、まだまだそこら辺の自然界に生きている動物や魔物の方が強いんだよ。ましてや依頼として舞い込んで来るくらいだから、大抵は格上。一応これくらいの力量が求められるって指標はあるけど、依頼主基準でもあるから、実際目の当たりにしてみたらとんでもなく体格がデカかった! とかザラにあるわけ」


 ルーキーが手出ししづらい分、ベテランが頑張ってくれるけど、とジール。


「はっはーん、さては爺さん、いよいよボケが始まったな? いや、その歳までよく切り盛りしてた方だよな。次にここを任せる人材は、もう目星ついてんのか?」カウンターの上に肘をついて、アッシュはからかった。


「ハンッ! やかましい。若いうちから無自覚なボケが始まっとる奴にゃあ言われたくないわ。――わしはてっきり、お前さん達が目的を果たしたんだとばかり思っとったんだよ」


「え? どういう事ですか?」優兎はマーガレットに尋ねた。


「今しがた、ギルド宛に手紙が届いてな。お前さん達からの依頼主からじゃった。ブツは先に受け取ったから、報酬金を渡してやってくれないかと」


 マーガレットはチョッキのポケットから封筒を取り出し、人差し指と中指の間に挟んでひらひらと揺らした。三人は驚きを隠せなかった。先に受け取っている、という事は――!


「爺さん! ちょっとその手紙、見せてくれ!」


 アッシュは言うが早いか、マーガレットの手から手紙を奪い取ると、封を破って優兎とジールにも読めるように広げた。



『お仕事中に失礼します。リッテの花採取に関して依頼を出させていただいた者です。


 本日は、依頼の手紙を破棄していただくべく、手紙を贈りました。依頼が不要になったわけではありません。一足早く、依頼を受けて下さった方々に、リッテの花をいただいたのです。


 つきましては、依頼成立という事で、依頼書通りの返礼をお願いします。

 ギルドの経営が、一層栄える事を願って。  ニーナ・サウス』



 一読すると、礼儀の正しい文章。だが一字一字の書体に(つたな)さが残っていて、文字を書く事に慣れていない子供っぽさがあった。間違い無くこの手紙を書いた人物は、一時優兎らと行動を共にした、あのニーナ・サウスだろう。


「依頼主、やっぱりニーナだったんだ……」


 大人による添削なしに全文書いたとしたら、確実に優兎より文章力がある事になる。優兎は三歳年下の少女に、ちょっと嫉妬した。


「依頼書通りの……か、返す……? 運営がいっそう……――だあああ! 何だこれ、堅くて読みづれえよ!」


 アッシュはまだ文章の途中段階で詰まっていた。


「返礼だよ、アニキ。依頼の仕事を引き受けた俺らにリヲを渡してくれってこと。『リヲ』ってそのまま書くとあからさまで生々しいでしょ。へりくだった言い回しに拒絶反応起こすなよ」


「はあ、なるほど……」


 ジールに解説してもらったアッシュはありがたいと思いつつも、飲み込みが悪いとバカにされたようで、二歳年下の少年に、ちょっとムッとした。


(でも、どうする? 僕ら、さっき破棄するって言っちゃったよ?)優兎は声のボリュームを落として言った。


(ああ? な、何言ってんだよ。うう受け取らないって、決めたじゃねえか。このままでいいんだよ……)


(その割には揺れてるんじゃない? ひひっ。言い訳せずにこっちから破棄した方がいいんじゃって案を出してた時も、強がってるように見えたし)


(うっせーよ)


「その様子だとお前さんら、依頼主を知っとるようじゃな。違うか?」


 アッシュが拳を作って小さく構え、ジールが頭を守ろうと体勢を低くした時、横からマーガレットが口を挟んだ。

「裏側も見たか?」とマーガレット。アッシュはジールを小突いた後、手紙を裏返しにした。



『追伸。依頼を受けた方々が返礼を断ろうとしても、遠慮をしないよう伝えて下さい』



 裏側にはこの一文が。まるでこうなると予測していたかのような書き方だ。


「ちぇっ、かっこいいな、あいつ」


 アッシュは悔しげに笑って頭を掻いた。三人の心には、ニーナにしてやられた感が残った。


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