10・種②(後編/終)
太陽が『夕日』と表せるようになった頃、優兎達は〈ヘヴランカ〉へと辿り着いた。村の家々ではぽつぽつと部屋の明りが付き始めていて、夕食の支度をしているのか、スープやら焼いた肉やらのいい匂いが漂ってくる。
暖かい家族の輪にいない者や家を空けている者達は皆、離れにある畑で仕事をしていた。男性が殆どだ。土色に汚れたタオルを肩にかけて、クワで畑を耕していた。
畑の中心には一人だけ年老いた者がいて、若者に指示を与えていた。
「じいちゃんだ!」 ティムは顔をほころばせた。「じいちゃあああああんっ!」
ティムはいち早く敷地を跨ぐと、まっすぐとフィディアの元へと駆けて行った。
フィディアは歳のせいで、少しばかり耳が遠くなっていた。それでも、丸一日ずっと心配で心配で仕方がなかった者の声が聞こえると、すぐに耳がピクリと反応した。
「おお、おお、ティム!」
フィディアは杖を手放して、飛び込んできたティムを受け止めた。ティムの容赦ないアタックに、他の獣人達はひやりとしたが、フィディアはよろけず、しっかりと抱きとめた。
「ああ、ティムが帰ってきた! ジェイモスや、これは夢ではなかろうな? ああ!」
フィディアは興奮した調子で尋ねた。
「村長、夢ではありませんよ。まぎれもなく、あの泣き虫坊やのティムです!」
シカの獣人は微笑んで答えた。
「おお、そうかそうか。――ティム、よくぞ戻った」
「うん。えへへ、ただいまあ!」
そこへ、優兎、アッシュ、ジール、ミントの四人も到着した。物珍しい生の人間の登場に獣人達は戸惑ったが、フィディアは「心配せんでいい。ティムの同行を許可してくれた者達じゃ」と大人しくさせる。
フィディアが一礼すると、優兎達も頭を下げた。
「皆さんも無事で何より。此度は年寄りの我がままを聞いて下さり、ありがとうございました」
「いえ、そんな……」優兎は手を振った。
「それより――ティム、あれを見せるんだったよね?」
優兎が促すと、ティムは大きく頷いて目を閉じた。地面に両手を向ける。すると、ティムの元に通常よりも一回り小さな魔法陣が現れた。フィディアを含めた村人達は、目の前で起こっている現象に驚いた。
ティムが魔力を土に注ぎ込むと、ほんの一部の土が、まるで沸騰するかのようにゴボゴボと泡を吹いた。ティムが集中するのをやめると、土の動きが止まって、平らにならされた。
村人達は変化した地面を見つめたまま、呆然としていた。
「ボク、友達に地の魔法使いにしてもらったんだよ!」
ティムは嬉しそうに言った。〈ヘヴランカ〉へ着く前に、優兎達に魔法の事をいろいろと教えてもらったのだった。
「まだこれぐらいしか操れないけど、これからうんと練習するんだ! そうしたら、畑の土をならしたりするのをお手伝い出来るよね?」
ティムはフィディアに笑顔を見せた。
「うう……バカ者め。こんなちっとばっかしじゃ、小石を動かすので精一杯じゃわい」
フィディアは目頭を抑えて言った。村人達はフィディアの言動にクスクス笑うと、「やるじゃないか。一体何があったんだ?」、「旅の話、聞かせてくれよ」と口々にティムの事を聞きたがった。ティムは村人に囲まれると、照れくさそうに質問に答えていった。
「皆さん、本当にありがとうございました。……まさかあの泣き虫が、あんなに成長するとは」
フィディアは優兎達の前に進み出る。
「目の色が変わったと言うか、迷いが消えたと言うか……何て言ったら良いやら、分かりませんなあ。はは、急に大人びたようじゃわい」
「確かに、最初はよく泣いてたんですけど、でもティムちゃん、とても頑張ってましたよ。アタシ達が想像もしなかった出来事が何度も起きましたが、その中でもティムちゃんは、ティムちゃんなりに必死になって行動を起こしてくれたり、アタシ達に元気を分けてくれたりしてました」
ミントはこれまでの事を話して聞かせた。フィディアは自分の事のように喜んでいるようで、「そうかそうか」と涙ぐみながら頷いていた。
「このお礼はどうしたらよいやら……。この老いぼれに出来る事ならば、何でも言って下され」
「お礼なんて――」優兎は遠慮しようとした。
「それじゃあ、ご褒美ってやつ、くれ」
優兎とジールとミントは、即刻アッシュの口を塞ぎにかかった。アッシュは後ろに転がって、「何すんだよお前ら!」ともがく。他の三人は目まぐるしい程いろいろな事が起こった為、すっかり忘れていたのに。本当に欲望に忠実な男である。フィディアは「そう言えばそういう約束じゃったな」と口にして、一度家に取りに行った。
少しすると、フィディアが戻ってきた。手には明らかに宝箱であるといった見た目の、小さな箱。アッシュは三人を押しのけて前に出た。
「これが、皆さんに渡そうとしていたものじゃ」
フィディアはパカッと箱を開けて差し出した。ワタの詰め物の上には根っこの絡み付いた石が置いてある。石の内部には大事に抱えるように赤い石が顔を覗かせていて、フィディアが少し動いただけでキラキラと美しい輝きを放った。
優兎はわあ! っと驚いて目を見開く。アッシュ、ジール、ミントの三人も、石の美しさに感動――しかけたが、すぐに表情を引きつらせた。
「これは種じゃ」フィディアは箱を指で叩いた。
「五日ばかり前じゃったろうか。大物を逃した帰りじゃった。命の抜けた木々の中を歩いとった道中、枯れ果てた花畑を目にしてな。その中に、何やら光るものを見つけたんじゃ。そいで近付いてみたら、その種があったというわけじゃ」
「何の花の種なんですか?」好奇に駆り立てられて、優兎は聞いた。
「さて、何じゃったろうな。どこか豊沃な土地に埋めた方がいいと急かされたんじゃが、褒美の品と言ったら、ワシの家にはこれぐらいしかない。人数分用意出来なくて申しわけないが、皆さんに差し上げよう」
そう言い残すと、フィディアはアッシュに種を託してティムの元へ行ってしまった。村人の輪が、一層賑やかになる。
アッシュは種を見るや否や、青ざめた。
「ジール、お前、植物育てるの好きだろ? やるよ」
アッシュはジールに押し付けるようにして種を渡した。
「いや、こういうのは専門外だから。女の子は好きなんじゃない?」
ジールは右から左へ流すように渡した。
「優ちゃん、はいどうぞ」
ミントは優兎に手渡した。
「え、いいの? ありがとう」
優兎は種を夕焼け空にかざして眺めた。他の三人は一斉に優兎の方を振り向いた。
「僕、これにちょっと興味があったんだよ。こんな原石みたいな種、見た事ないや。どんな花が咲くんだろう。果実は実るのかな? 宝石がなったりして。はは!」
ね? と優兎はジールとミントを見ると、二人は互いに顔を見合わせて苦々しげに表情を崩した。
「あー……。きっと、すっごく綺麗な花が咲くと思うよ」
「優ちゃん、ちゃーんと育ててあげてね」
二人は言った。優兎はもう一度種を期待に満ちた眼で見つめると、ベリィに預けた。ベリィは種をごっくんと飲み込むと、温かい笑みを作った。
アッシュは肩を震わせた。
「うがあああッ! ちっきしょう! 褒美がたかが花の種なんて! オレの期待は何だったんだよ!」
「シィーッ! アッシュ、場をわきまえなさい! フィディアさん、まだそこにいるのよ?」ミントは注意した。
「……」
「は? うわ! アニキ、涙ぐんでる? そういう時に泣くのは『見苦しい』とか『無様』に振り分けられると思うんだけど!」
やめてよこんなところで恥ずかしい、とジールが咎めると、アッシュは目を手で覆って「泣いてなんかねえよ! バカ野郎!」と鼻をすすった。
するとそこへ、とことことティムがやって来た。
「お兄ちゃん達! 今夜はみんなが村の宴会場に集まって夕食を食べる事になったよ!」
ティムは気分を高ぶらせて知らせた。
「ボクとお兄ちゃん達の為だって。えへへ、みんな大げさだよね。――ね、参加してくれる?」
「ああ、うん。そうだね」優兎が返事した。「みんな行くよね?」
優兎の言葉に、ジールとミントは勿論、と頷いた。アッシュは黙っている。だが、ジールが「アニキ、ティムの話聞いてた? 食事だってさ、しょ・く・じ! 美味しいもの、いっぱい食べられるよ」と耳打ちすると、アッシュは
「行く」
やけにハッキリとした口調で言って、顔を上げた。涙のせいではなく、嬉しさから目が輝いていた。何て切り替えが速いのだろう。ジールは優兎とミントに親指を立てて見せた。
「ティム、いいか? オレが今から言うものを作るよう頼んでみてくれよ。分厚く切ったステーキに、外側をカリカリになるまで焼いた丸焼き、肉だけを取り揃えた串焼きと、それからサクサクのパイ生地で包んだミートパイ。あ! あと、出発する前にティムの家で食った、あの薫製の煮込み料理も頼んだぜ!」
つまりは全部肉料理である。アッシュは「え? え? え?? 多すぎて覚えらんないよう」と困惑するティムを連れて、会場へと向かった。ジールとミントはやれやれと笑って、二人の後を追って行った。
優兎はベリィの中に沈む種を見やり、ベリィに微笑みかけると、ゆっくりと歩き出した。
――「2・魔法の流星群 編 (後編)」 終――




