桜の咲く頃に
『電子研に、ようこそ』
あの優しく柔らかい声を、ぼくは思い出していた。
もう3年前になるのか。
顔を上げると、校門近くの桜の木が、今日という日を祝うように咲き誇っているのが分かる。
今日は卒業式。
袴に身をつつんだ女子学生の姿が艶やかだ。
どこに先輩は居るんだろう?
不審に思われないよう気をつけながら、周囲をきょろきょろ見渡してみる。
だめだ、見つけられない。先輩に手渡したいモノがあるのに。
いっこくも早く渡したいという想いが、ぼくを焦らせる。
いったん気持ちを落ち着かせるため、校門前で深呼吸してみた。
まだ心臓は高鳴っている。
これは焦りだけじゃない。
ある種の高揚感が、ぼくの胸を支配しているんだ。
手に持っている封筒を掲げてみた。
この封筒の中には、ぼくの書いた小説が入っている。
お世辞にも上手いとはいえない拙作だけど、それでもぼくが2年ぶりに書いた小説だ。
卒業式に、ぼくの書いた小説を先輩に渡そう。
そう決めてから1ヶ月。
どうにか昨日書き上げることができた。
拙作だとしても、この小説がこれから社会へ出る先輩の力に、わずかでもなれば。
かつてぼくが小説から力をもらったのと、同じように……。
3年前、この学校に入学して、はじめて小説を書いた。
2年前、小説を書くことを止めた。
1年前、先輩から引き継いで『電子研』の部長になった。
そして今、再び小説を書いている。
なぜ、ぼくは書くことを再開したのか。
そもそもなぜ、ぼくは書き始めたのか。
それはきっと、あの日、桜の花びらが舞うこの学校で真理先輩に出会ってしまったからだ。