俺が創った異世界に片想いの彼女が転生してきた。
俺の名前は柳沼浩司。何処にでもいるさえない高二男子だ。高校生活は、まあ、勉強もスポーツもそこそこで可もなく不可もなく。別に不細工とかデブとかでもないが彼女なし。平凡な日常に押し流されて暮らしている。
世の中、異世界物のネット小説がブームなので、人気作家が書く作品の更新を楽しみに暮らしている。我が家はそれほど裕福ではないので、お金がかからず時間つぶしにもなる。その日も、朝の通学列車の中でスマホを見ながら独りニタニタしていた。
「よう、柳沼。お前、また、ネット小説を読んでんのか」
クラスの男子が話しかけてきた。顔を上げて彼に答える。
「ああ、これ、面白いぜ」
「どれ、どれ。ふーん。割と評価も高いし、俺も読むかな」
クラスメイトと二人で、黙ってスマホを見つめて小説を読みふけっている時のことだった。下車駅に近づいて、ふと、目を上げると憧れているクラスの女子がドアの横に佇んでいた。彼女の名前は真下かな。高二で同じクラスになったが、まともに話したこともない。いわゆる片想いと言うやつだ。
グラッ!
電車が揺れた。何時もの揺れと何かが違う。電車ごと空間がぐにゃりとねじ曲がった。
んっ?
めまいがした。
あれっ?
何処だここ。
真っ白で何もない空間。
何だこれ。
半透明の白いローブに身を包んだ小柄な女性が立っている。
「柳沼浩司君ですね。キミに世界を一つあげます。好きなように創ってください」
「あなたは?」
「そうね。キミたちの世界では女神とでも呼べばいいのでしょうか。全知全能なる存在です」
「俺は死んだのですか?」
「うーん。死んではいません。心が二つに分裂したと言いますか」
「言っている意味が良くわかりませんが」
「あっちのキミと、こっちのキミができちゃったと思っていいかしら。どっちにしても、キミはあっちには、もう戻れません」
「そんな身勝手な」
「女神とはそう言うものです」
ラノベみたいに軽く言われても。当事者と読者じゃ立場が違い過ぎる。それに異世界に転生する話ならよく読むけど、世界丸ごと創れって、なんだ?俺は小説家でも何でもない。さっきまで読んでいた異世界小説を思い浮かべた。
「ふーん。中世のヨーロッパ風ですか。ありきたりですけど人間味が残っていた時代ですから良しとしましょう」
何だよ!創造力がないと言いたいんだろが。
てなことで、俺は異世界物のテンプレートのような世界を創り、勇者の座に納まった。勇者の仕事はダンジョンに潜って悪い魔物を倒すこと。俺が作った世界だから基本的に無敵。街人の尊敬を集めて気分も悪くない。
女神様がおっしゃるには、街人もギルドに集まる魔法使いや剣士などの冒険者は全員、俺と同じように心が二つに分かれた人々だそうだ。驚いたことに魔物も同じだと言う。人の心に宿った悪意が分かれて、この世界で形を成したものらしい。俺はギルドで仲間を集い、ダンジョンでこの悪意から生まれた魔物を倒して暮らした。
仲間も街人も知らないが、この世界のルールも道具も家も、ダンジョンさえおれが創ったものだからどうとでもなる。俺は次々と転生してくる人々に住む場所と仕事を与えているようなものだ。もちろん魔物と言う仕事もだ。まあ、この世界で俺は女神様の代行業をしているようなものだ。
魔物を倒せば現実世界の本人の邪悪な心も消えると言う。街人がこの世界で幸せをつかむことで、現実世界の人々はつまらない現代社会で心を壊すことなく暮らせると言う。俺の創った世界は心のバランスをとる為のガス抜きみたいなものなのだ。
それにしても転生者が多い。それだけ現実世界が歪んでいると言う事か。住むところも、食べ物も、生活に必要な道具もすべて現実世界の文明の方が遥かに優れていると言うのに。
「あう」
いつものように、新しく転生してくる人々のリストを見て俺はうなった。真下かな。俺の憧れの女性。片想いの初恋の相手・・・。
急に現実世界にいた時の記憶が蘇る。もう一人の俺は彼女に告白できたのだろうか。いや、無理だろうな。
この異世界で、俺は真下かなを自分の彼女にすることもできる。いや、それどころか奥さんにすることだってできる。彼女を幸せにできる勇者としての力もある。だけど・・・。
俺は彼女に、魔物すら興味を示さない、街から離れた農村の娘のステータスを与えた。勇者の力を冒険者たちに分け与えて、俺も農民になった。痩せた大地に芽吹く麦の青葉を見る楽しみを知った。
「こんにちは。コウジ君」
「こんにちは。カナさん。今日は天気が良くて仕事がはかどりますね」
「ふふっ。コウジ君って仕事が好きなんですね」
「ああ、楽しいですよ」
「そう。私も仕事が楽しいです。けど、無理はいけないですよ。少し休んでお茶でもどうですか?」
この世界に来た人は現実世界の自分の姿を覚えていない。この世界で生まれ育った記憶を持っている。俺が決めたルールだ。彼女は俺がこの世界を創っていることも知らない。少し日に焼けた彼女の笑顔を見つめて答える。
「一仕事、終えたら水汲みついでに小川にでもに散歩に行きませんか」
「ふふっ。デートの誘いですか」
「ごめん。嫌ならいいんですけど」
「そうですね。行きましょうか」
おしまい。