プロローグ ヒカリへのカウントダウン
いつかの時代、どこかの場所にある窓のない建物。その中には1人の少女が居る。
少女は知りたかった。何を、と問われたらこう答える。何もかもを。
ここはどこなのか。自分はいつからここにいるのか。自分たちはどんな目的でここに住まわされてるのか。
そして、自分は誰なのか。
名前は分かる、一般常識も分かる。だけど過去が分からない。
周りの誰かに聞こうとしても、答えてくれそうな人はいない。
それでも何か酷いことをされる訳でも無く、たた徒に時間が過ぎていった。だが先日、決定的な出来事が起きた。
隣に住んでいた少年が、人から遠く離れた異形に変えられたのだ。
昨日まで人だった者が、今日の日には納豆に。
「何で納豆……?」
色んな意味で理解しがたい現象が、彼女に脱走を決意させる。
だからこそ彼女は走り出した。このビルの外を、ここではないどこかを目指して。
そうすると、黒スーツにサングラスを掛けた男達が銃を持って少女を追いかけてきた。
その内の一人が銃を乱射する。
「いたぞおおおおおおおおおおおおおおお!」
「プレ○ターみたいな乱射してる!?」
幸運なことに、その乱射によって少女が傷を負う事は無かった。
更に、乱射していた男が周りの男達によって袋叩きを受けていた。
「無傷で捕縛しろと命令を受けていただろ!」
「このトリガーハッピー野郎! 貴様なぞトリガーハッピーじゃなくて鳥で十分だ、鶏のメスにしてやる!!」
「や、やめろ。メスだけはやめろ! せめてオスにしてくれ、トサカの生えている方にしてくれ!! 今ならボー○ボ単行本全巻あげるから!!」
「確かに絶版してるから何気に貴重だけども!」
「我らは全員持っている!!」
「全員持ってるの!? 何この追手たち!?」
男の懇願は他の男達に届かない。袋叩きをしていた男達が一斉に手をかざすと、そこから雷撃の様な物が飛び出し男を襲い、砂埃が舞い上がる。
やがてその砂埃が晴れると、そこには3m弱の鳥が大きく鮮やかな飾り羽を、扇状に開いている姿があった。
「クジャクになってる!? しかもオスだし!」
「悲しい男だ、誰よりも愛深きゆえに」
「何なの!? 何なのこれ!?」
目の前でいきなり巻き起こるカオスな状況から目を背け、ツッコミを入れながらも必死に逃げる少女。
しかし無情にも男達は少女に追いつく。その手にクジャクを携えて。
「持ってきちゃうの!?」
男達は銃口を少女に向けている。何も語らないが、彼らの目は諦めることを勧めている様だ。
「こ、こんなバカみたいな集団に捕まるの私……!?」
もはやこれまで、そう少女が思った瞬間。
「クエー! クエー!」
いきなりクジャクが暴れ出し、銃を持っていた男達をなぎ倒していく。
ある男が銃口を向けると、クジャクは射程圏内に入りアゴを殴って気絶させる。
またある男が接近戦を仕掛けると、クジャクは男を一本背負いし地に沈める。
「強っ!?」
銃を持った複数人の男相手でも怯まない、クジャクが持つ予想外の戦闘力に驚きつつも、少女はその場から逃げ出した。
「逃げなお嬢ちゃん、クジャクになった以上俺は君の味方だ」
「喋った!?」
クジャクの言葉を背に受けながら。
そしてしばらく走る。だがしかし、少女が望む出口は見つからない。
それでもしばらく探し続けていたが、ついにさっきまで追ってきていた男達が少女に追いついた。
それに気付いた少女は咄嗟に近くの扉を開けて中に飛び込む。その部屋は一面真っ暗闇で、少女は何も見ることは出来ない。
だからなのか、外に居る男達の声がよく聞こえた。
「おのれ……、まさかクジャクがあそこまで強い生物だったとは……。かなり手間取った挙句捕縛対象を見失ってしまった」
「そのクジャクも石と化したし、もう安心だな!」
何で石化してるの!? と少女はツッコミを入れたかったが我慢した。隠れている最中で声をあげるわけにはいかないから。
「よし、俺達はこっちを探すからお前達はあっちを探してくれ!」
「分かった」
「分かっていると思うが、この近くには転送装置がある。いいか、絶対に少女を転送装置に接触させるな! いいか、絶対だからな! 絶対だぞ!!」
「フラグにしか聞こえんぞ」
そんな会話の後、多くの足音がこの場から去っていくのを少女は聞く。
そしてさっきの会話の中で気になるワードを、少女は復唱する。
「転送装置……?」
名前からして瞬間移動が出来る装置かな、と少女は考えた。それと同時に、さっきまで暗闇だったから見えなかった部屋の内部が、目が慣れたのか見えるようになっていく。
そこに見た物は、見たことが無い程巨大な機械だった。
「まさか、これが転送装置だったりしないよね……」
そんなに都合よくはいかないでしょ、と後ろに付け加えながら少女はその機械を見る。すると、その機械に1枚の紙が貼ってあることに気付いた。
少女がその紙を見ると、そこにはこう書いてある。
『こら転送装置じゃなく、喧騒装置どす。ちゃうものでほんまに申し訳おまへん』
「何て京都弁?」
京都弁でツッコミ所満載の文章が書かれている紙を読み、どうしたものかと思う少女。念の為紙の裏を見ると、そこにも文章が書いてあった。
『ちなみに転送装置は隣の部屋にあります。急な移動の必要がある方は、こちらではなくそちらをお使いください』
「急に標準語になった……。というか喧騒装置って何なの……」
『喧騒装置については、転送装置の横にある冊子の3025ページを参照してください』
「その冊子広辞苑より分厚いよね!?」
『頑張ってください』
「いやそこまで喧騒装置に興味ないし……。というかさっきからこの紙私と会話してない?」
『してません』
「してるよ!?」
なぜか紙に書かれた文字と会話が成立するという謎の現象に遭遇しつつも、少女は隣の部屋を目指すことにした。
部屋を出る際には、追手が居ないかどうか確認しながら進む少女。その様はまさしく泥棒である。
「傍から見てたら私の方が悪党かなこれ……」
そんな様子に若干自己嫌悪しつつ、少女は隣の部屋に辿り着く。
そこにはイースター島のモアイ像があった。
「何で!?」
少女は目の前の物体に驚きを隠せない。
転送装置を求めていたのに目の前にモアイ像が現れれば、それも無理はないが。
「私ひょっとして部屋間違えた?」
隣と言っても反対側だったのかな、と少女は一瞬だけ考えるがすぐにそれは間違いだと気づく。
なぜなら、モアイ像の横には5000ページを超えるであろう分厚さの本が地面に置いてあるからだ。
「これだよね、喧騒装置の説明が書いてある冊子」
ひょっとしたらこれに転送装置についても書いてあるかも、と考えた少女は冊子を開く。そこにはこう書いてあった。
『モアイ像型転送装置の使い方』
「あのモアイ像やっぱり転送装置なんだ!?」
『目的地を音声で入力した後に殴ると自動転送します。終』
「1行で終わった!」
じゃあこの分厚い冊子に後何が書いてあるの!? と思わず叫びながら冊子をめくると、2ページ目以降にはホムンクルスの歴史が克明に記録されていた。
「転移装置と関連性0じゃん!」
思わず叫び続ける少女。その声は大きく響き、望まぬ来訪者を呼び寄せる。
「見つけたぞ」
気づけば、少女を追っている追手達が転移装置のある部屋の入口に全員集合していた。
「フフフ、やはり常人にはこの施設はツッコミ所満載のようだったな」
「そ、それが狙いで喧騒装置やモアイ像を使っているの……」
追手の言葉に思わず問いかける少女。少女はこう思った。こんな風にわざとおかしな物を配置することで、ツッコミを誘発させて脱走者を捕まえやすくしているのではないのか。
しかしそんな思いは
「いや違うが?」
「違うの!?」
あっさり否定された。
「そもそもモアイ像型転移装置は販売品だからな」
「売ってる物なんだこれ!?」
まさかの事実に驚く少女。その驚きを無視して追手達は少女に近づく。
「そんな話はどうでもいい。おとなしく戻ってこい、さすれば今なら大した罰はないだろう」
譲歩するかのような追手の言葉。しかし少女はそれに返答することはない。
「場所はこの施設の外ならどこでもいいから、転移!」
代わりに告げるのは転移する目的地。そして追手達が行動するより早く、少女は転移装置を殴る。
すると少女の姿が徐々に薄くなり、やがて完全にこの場所から姿を消した
◆
少女が消えた直後、追手の1人がモアイ像を三三七拍子のリズムで叩く。
すると、モアイ像の目が光り数多の文字が浮かび上がってきた。
「フハハハハハ、無駄な事よ。この転移装置は移動データをすぐに出力できる! お前がどこに逃げようともすぐに向かい捉えてやろう!!」
それを見て得意気にする追手達。しかし、データを確認していた1人が慌てはじめる。
「大変だ、これを見ろ!」
その叫びに応じてデータを覗きこむ他の追手。するとデータを見た男達も慌てふためき始めた。
「拙い! このままでは我らの命が危ういぞ!!」
「幸いここからなら走った方が早い! 急がねば!!」
こうして彼らは走り出す。己の使命の為に、命の為に。