第2話 「今だけは泣いてもいいよ」 その1
美雨は何が起きたか分からず頭が混乱している。
朝までは、いつも通りの一日を迎えると思っていた。
なのにたった数分で、周りの生徒や担任の先生が次々と死んでいく。
そして蘇る。
再び蘇った彼等は、もう人ではなくなっていた。
ゾンビ達が生きている人に襲いかかり、次々と仲間を増やしていく。
そして自分を守ってくれた親友までもが、目の前で噛まれて化け物になり、撃ち殺された。
「そうだ……アッちゃんは殺されたんだ……」
親友の忠実が死んだ。
彼女を殺したのは同じ高校に通う舞と呼ばれた少女。
美雨の中で一つの感情が渦巻く。
それは怒りだ。
どんな理由があろうと舞と呼ばれる女性は、自分の親友を殺した。
それは紛れもない事実だった。
(許さない!)
怒りに任せて殴ろうと立ち上がった彼女は、舞の顔を見てその手が止まる。
「……泣いてるの……?」
「?」
美雨に言われて、舞は自分の頰に触れる。
右目から一筋の涙がこぼれる。
舞は自分が透明な雫を流している事に唯々驚いていた。
「私は泣いているのか?」
舞は美雨に言われるまで、自分が泣いていたことに全く気付いていなかった。
「こういう事態を予想して、いつも備えていたが筈なんだが……」
美雨は舞の涙を見て、怒りの矛先を下ろした。
それを見て舞が声をかける。
「……殴ってもいいんだぞ」
美雨はそんなことを言われて驚く。
「えっ?」
「それで気が晴れるなら殴ってくれ。どんな理由があろうと、私は最低の事をしたのだから」
舞は両手を下ろし、無防備な姿勢を見せる。
彼女の涙を見たときから、すでに美雨の中の怒りは鎮まっていた。
「も、もういいです。それに今はそんなことをしてる場合ではないと思います」
「そうか……ありがとう」
「お礼なんか言わないで下さい」
舞は歩き出して、美雨の目の前で止まった。
その赤い瞳に彼女のの心臓は射抜かれる。
「ふわっ」
美雨の心臓が一際大きく脈打った。
「? どうした急に、どこか怪我でも?」
「何でもないです! 大丈夫です!」
美雨は慌てて後ろに下がった。
その時、床の血で足が滑る。
「あっ……」
グラッと、美雨の身体が後ろに倒れる。
舞は、素早く彼女の背中に手を回し支えてくれた。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとう、ございます」
美雨はどんどん自分の顔が熱くなっていくのを自覚していた。
「あ、あの、私重いので! もう大丈夫ですから手を離してください!」
舞は「そうか」と言って美雨を立たせてから、背中から手を離す。
「血溜まりで床はかなり滑る。気をつけたほうがいい」
「はい。ありがとうございます。えっと……?」
「私の名前は紅狼舞。この高校の三年生だ」
「紅狼舞さんですね。私の名前は……」
美雨の自己紹介を舞は手で遮る。
「知っているよ朝顔美雨。私達は君を守るためにここにいるんだ」
美雨は驚いて口に手を当てた。
「えっ、どういう事ですか?」
「話すと長くなるから、安全な場所に避難してから話そうか」
舞はスマホを取り出し電話をかける。
「私だ。ああ、こちらは警護対象を確保した。そちらは三人とも無事か? それは良かった。こちらは……」
そこまで言ってから舞は、美雨に聞こえないように小声で話す。
「忠実は噛まれてしまった。そうだ彼女は感染し、私がトドメを差した」
美雨は忠実の亡骸の方を見ていて、その話は聞こえていなかった。
「ヒョウ。こちらに来れるか? 私達と合流してくれ。
翼と熊気には、脱出用の足を確保しておくように言ってくれ。じゃあまた後で」
舞は通話を終えると、スマホをしまい美雨に近づく。
「美雨」
美雨は呼ばれても気づかない。
彼女は返事をせずに、ジッと親友の死に顔を見つめていた。
忠実の表情はとても穏やかで、今にも起きてても不思議ではない。
舞がもう一度呼ぶ。
「美雨」
「あっ……ごめんなさい」
「今は早く避難しよう。敵はすぐそばまで迫っている筈だ。ここでは守りきれない」
「……離れる前に一つ聞いていいですか?」
あまり時間はなかった。
しかし答えないと動きそうにないので、舞は彼女の質問に答える事にした。
「何が聞きたい?」
美雨は忠実の顔を見たまま口を開いた。
「アッちゃんは、貴女の仲間だったんですか?」
舞は本音で応えた。
「そうだ。彼女、忠実は優秀でとても頼りになる私達の仲間だった。
忠実はよく私達にこう言っていたよ。
『みうみうはとっても素敵な私の大切な人なんです』と」
それを聞いて美雨の両目に涙が溢れる。
でもそれがこぼれる前に袖で拭って立ち上がった。
振り向いて舞と目を合わせる。
「分かりました。行きましょう紅狼さん」
舞は美雨の目を見て、彼女はとても強いんだなと感心して頷く。
「改めて、朝顔美雨。命を賭けた忠実の為にも、君の事は私達が守る」
「よろしくお願いします」
美雨は深く頭を下げる。
彼女はずっと頭を下げていた。
「頭を上げてくれ。そのままではここから離れられない」
「は、はい! すいません」
舞に言われて頭を上げる。
「そんなに緊張しなくていい。身体が強張ると咄嗟の時動けなくなる」
そう言って舞は優しく微笑む。
「……はい」
その笑顔を見て、美雨の顔が赤く染まる。
「よし行こうか……とっ、その前に」
舞は忠実の亡骸に近づいてしゃがむ。
「忠実。少し失礼するぞ」
舞はそう言って、忠実が持っていた複数の予備マガジンを取り出した。
「借りるぞ。美雨の事は我々に任せてくれ」
舞はマガジンを弾切れだったグロック19に装填する。
装填してから親指でスライドストップを解除し、再び撃てる状態にした。
「行こう」
「あっ、待ってください」
美雨は自分のカバンに手を伸ばす。
そして、仔犬のキーホルダーを取り外した。
「アッちゃん。護ってくれてありがとう」
美雨は制服に血がつくのも構わず、忠実を抱きしめる。
身体はとても冷たくそれを感じてまた涙が溢れそうになったが、グッと我慢する。
今は泣いてる場合ではないのは分かっていたから。
美雨はカーディガンを脱いで、忠実に被せた。
「すいません紅狼さん。お待たせしました」
舞は頷くと、美雨の右手を自分の左手で掴む。
「行くぞ」
「はい」
二人は変わり果てた一年三組の教室を後にするのだった。




