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第1話 日常から非日常へ その2

朝七時。

部屋のスマホがアラームを鳴らし家の主を起こす。

「ううん? は〜い。今起きますよ〜」

ベッドで眠っでいた少女はスマホにそう答えながら、手を伸ばしてアラームを止める。

その時にスマホの液晶に犬の写真が表示された。

待ち受けにはちょこんと座ってこちらを見つめる柴犬がいる。

それは彼女が通学途中で撮った、近所の犬の写真だった。

彼女のマンションはペットOKではある。

だが、さすがに学生をしながら世話するのは大変なので、我慢していた。

「……可愛い。早く犬飼いたいな」

少女はそれを見て眠気を飛ばし、置いてあった黒い卵型(オーバル)フレームのメガネをかける。

犬耳フード付きのルームウェアを着た彼女はベッドの上で伸びをして部屋を出る。

彼女の名前は朝顔美雨。

爽栄(そうえい)市にある真中(まなか)高校に通う高校一年生だ。

両親は二人共科学者で一年に一回ぐらいしか家には帰ってこない。

今年初めて会ったのは、美雨の入学式の時だ。

なので、美雨はほとんど一人暮らしと言っても間違ってはいなかった。

美雨はパジャマ姿のまま、朝ごはんを用意する。

彼女が用意したのは、フルーツグラノーラの期間限定のマンゴー増量のものだ。

それを入れた容器をテーブルに置いて牛乳をかける。

椅子に座ってテレビをつけニュースを見ながら朝ごはんを食べ始めた。

グラノーラのザクザク感とドライフルーツの噛めば噛むほど出てくる果汁を口一杯に味わう。

美味しいには美味しいが、やっぱり一人で食べると、何か物足りなさを感じていた。

すると、テレビから気になるニュースが流れてきて、そちらに意識を向ける。

「あれ? ここって……」

それは今日の深夜に起きた倉庫の爆発事故を伝えている。

『深夜二時頃に起きた倉庫の火災は、今から一時間ほど前に鎮火しました。

警察では倉庫に保管していた燃料が何らかの理由で爆発したと見ています』

最初は怖いなと思っていた美雨だったが、もう火災は収まっているとわかって安堵する。

朝ごはんを食べ終えると、食器を片付けて登校の用意を始める。

パジャマを脱いで制服に着替えた。

制服のスカート丈は膝までの長さのものを着用している。

肩まで伸びている髪は、三つ編みのおさげにして準備完了だ。

テレビを消して出かけようとした時にスマホにメッセージが届く。

「アッちゃんからだ」

親友からのメッセージを開くと、こう書かれていた。

『ゴメン! ちょっと寝坊した。先に行ってて』

メッセージの語尾には、絵文字が必死に謝っていた。

「もう、しょうがないな」

美雨はスマホを操作して「先に行ってるよ」とメッセージを送る。

返事はすぐに帰ってきた。

『すぐ追いつくから!』

美雨は苦笑しながら玄関に向かう。

途中置いてある自分と白衣を着た両親、三人で写る写真にそう挨拶した。

「行ってきます」

そして置いてある茶色のローファーに足を通して玄関を出るのだった。


朝八時十分。

美雨は片道三十分ほど歩いて学校に向かう。

バス通学も可能だが、美雨は人混みが苦手だ。

どうしても、あれになれることが出来ず、考えて出した結論が、早めに出て歩くだった。

今日から衣替えなので美雨は、真新しい夏服の制服である。

あまり色白の肌を出すのは恥ずかしいので、薄手のカーディガンを羽織っていた。

歩いていると視界の先にあるものを見つけ美雨は少し早歩きで近づく。

「あっ、今日もいるいる」

見つけたのは、表札に海崎と書かれた一軒家の犬小屋から道路を見ている柴犬だった。

彼女の足音に気づいた柴犬、勝太郎が美雨の方を見る。

勝太郎は美雨の姿を見つけて犬小屋から出てきた。

そしてクーンクーンと甘えた声で鳴きながら近づいてくる。

美雨が勝太郎を見つけたのはここを通学路に使っている時に偶然見つけたのだ。

最初は名前も知らず、歩きながら見ているだけだった。

ある日の帰り道の事。散歩中の勝太郎と老夫婦に偶然会う。

勝太郎が自分から美雨に近づいたので、それを見た飼い主の夫婦はとても驚いていた。

何でも中々人に懐かない勝太郎がここまで懐いているのを見たのは初めてだったらしい。

それ以来、美雨は通学の時に毎日、勝太郎に挨拶するのが日課になっていた。

「おはよう。勝太郎」

美雨はしゃがむとほっぺを掴む。

そしてムニーと引っ張った。

勝太郎のもちもちのほっぺは面白いように伸びる。

美雨は人見知りだが、犬の勝太郎にはまるで友人のように普通に話しかけられる事が出来た。

美雨は笑顔でほっぺをムニムニと伸ばしていく。

「今日も柔らかいねー」

勝太郎は目を細めて舌を出している。

これは彼女にほっぺを触られてとても喜んでいる証だ。

美雨はしばらく堪能していたが、ハッと我に帰る。

「しまった。学校に遅れちゃう。じゃあね勝太郎。また明日!」

美雨は名残惜しそうに、ほっぺから手を離すと、勝太郎に手を振ってその場を離れる。

勝太郎はしっぽを振りながら、美雨の後ろ姿を見守っていた。


可愛い柴犬と別れ、学校への道を歩きながら美雨はスマホを取り出す。

「アッちゃん遅いなー。遅刻になっちゃうよ」

一向に現れない親友に連絡しようとしたその時、後ろから声が掛けられた。

「お〜〜い! みうみう」

その声が聞こえ、美雨は振り向く。

「あっ! やっと来た」

振り向くと、同じ制服を着た一人の少女が手を振りながら走ってきて、美雨の隣に立った。

「良かった。やっと追いついたよー」

美雨をみうみうとあだ名で呼んだ少女は、今まで走ってきたのに全く息を切らしていない。

彼女の名前は戌鎧(いぬかい)忠実(あつみ)

美雨と同じ高校一年生だ。

黒髪のショートカットに青い瞳を持つ忠実は運動神経抜群で、肌は健康的な小麦色。

美雨と同じ夏服の制服だが、スカート丈は膝上で美雨よりも短い。

履いている靴は、くるぶしまである青のハイカットスニーカーを履いていた。

彼女は高い運動神経を持っているので、様々な運動部から勧誘された事もある程だ。

しかし、彼女はそれをすべて断っていた。

理由は「美雨と帰れなくなってしまうから」だそうだ。

一度美雨は「部活入らないの?」と聞いたことがある。

それを聞いた忠実はニッコリ微笑みながらこう答えた。

「みうみうと帰る方が楽しいから部活はやらないの」

そんな事を満面の笑顔で言われて、美雨の顔は真っ赤になってしまう。

それを見て忠実は「もう、照れた顔もかわいいんだから」と言って大笑いしていた。

二人は幼稚園の頃からの付き合いだ。

忠実は小学生の時、両親を事故で亡くして自分も大怪我を負ってしまう。

何年も入院していて、再会したのは中学入学の時だった。

それ以来二人はずっと同じ学校に通い、こうして同じ通学路を歩いている。

因みに忠実は美雨の隣に一人暮らしをしている。

中学卒業と同時に引っ越してきて、美雨は驚くと同時にとても嬉しかったのを覚えている。

「ふふっ」

そんな事を思い出していると、自然と美雨の口から笑みがこぼれた。

忠実はそれに気づいて尋ねてくる。

「どしたの?」

「ううん。何でもない」

二人はしばらく無言で通学路を歩く。

美雨は自分から喋るのは得意ではない。

なので、会話がない時間はどうしても多くなる。

チラリと忠実の方を見ると、彼女は鞄を肩に提げて欠伸をしていた。

けれど、何も話さなくても親友と並んで歩くのは嫌ではなかった。

忠実がまだ眠い目を擦りながら美雨に話しかけてきた。

「そうだ。みうみう。今日誕生日だよね!」

「うん。そうだよ」

今日六月一日は朝顔美雨の十六歳の誕生日だ。

「アッちゃん。もう一ヶ月前から聞いてるよ」

「だってみうみうの一番大事な日だよ。間違ってないか確認しておかないとね」

それを聞いて美雨は首をかしげる。

「一番大事って……私はそんな風に思った事、一度もないけどなぁ」

「えっそうなの?」

驚く忠実を見て、美雨は驚きながら頷く。

「うん。だって歳が一つ増えるだけだし……」

「私にとってはみうみうに、何の違和感もなくプレゼントあげられる一番ありがたい日なんだけどな……」

忠実は小声でそう呟いた。

勿論美雨には聞こえていない。

「アッちゃん。何か言った? 」

「何も言ってないよ。なーんにもね」

忠実はそう言って誤魔化す。

(みうみうのにぶちん)

流石にそれは口に出す事はしない忠実だったが、ほっぺを膨らませる。

それを見た美雨は慌てて謝る。

「ご、ごめんねアッちゃん。私なんか変な事言っちゃったかな?」

忠実は何も言わずに美雨の顔を見つめる。

美雨は自分より身長の高い忠実を見上げる格好になって自然と上目遣いになっていた。

それを見て忠実はこう思う。

(もうそんな表情されたら、何でも許しちゃうよ!)

「私は怒ってないよ〜。ほら隙あり!」

忠実はそう言いながら、美雨のほっぺをムギュと両側から抑えた。

「ぷみゅっ!」

美雨の口からそんな声が漏れる。

それを見た忠実は思わず吹き出してしまう。

「ぷふっ。もう何それ。「ぷみゅっ!」って、おかっしいー!」

美雨の変顔をしばらく堪能した忠実はやっと手を離す。

やっと解放された美雨は自分の頬をさする。

「アッちゃん。ひどいよー」

「ゴメンゴメン。あんまりにも面白くてつい、ね」

忠実は手を合わせて謝る。

「むー。もう許しません」

美雨は怒って、先に行ってしまう。

「ああ、みうみう。ちょっと待ってよ〜」

忠実はすぐに美雨を追い抜くと再び両手を合わせて頭を深く下げた。

「みうみう様。私が悪うございました。どうかお許しください〜」

「…………」

美雨は無言で睨みつける。

その姿は忠実から見ると、まるで小動物の威嚇のように愛らしく見えていた。

「みうみう様。これでお許しください!」

忠実が自分の鞄からラッピングされた物を取り出し美雨の前に差し出す。

美雨は渋々といった様子で受け取った。

「何これ?」

「開けてみれば分かります」

美雨はリボンと包装紙を丁寧に外していく。

中から現れたのは仔犬のキーホルダーだ。

しかも美雨の大好きな柴犬である。

「わぁっ」

美雨はそれを見て感嘆のため息を上げ頬が緩む。

「許していただけますでしょうか? みうみう様」

しかし忠実が見ている事に気付き、すぐに表情を引き締めた。

「私が犬好きだからって、許すと思いますか?」

腰に手を当てそう言う美雨の顔は笑顔だった。

「お、お許しを〜」

忠実は頭を下げたながら美雨の方をチラチラと見ている。

彼女が芝居しているのが美雨にも分かったので、もうしばらく付き合う事にしたのだ。

「許します。アッちゃん。頭を上げなさい」

忠実は頭を上げた。

「はは〜」

美雨は胸にキーホルダーを抱き、少し首をかしげて頬を赤く染めながらこう言う。

「それと……プレゼントありがとう。大切にするよ」

忠実はその笑顔が見れて天にも昇る心持ちで、クラクラしてしまう。

(可愛すぎるよ。みうみう!)

忠実はそう心の中でガッツポーズをするのだった。

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