第3話 脱出 その2
午前十時三十分。
全員が20式戦闘服に着替えてリビングに集まっていた。
今は翼がキッチンに立って料理をしていて、熊気は窓を覗いて外を警戒していた。
他の三人はリビングのテーブルで座って待っている。
翼は鼻歌を歌いながら料理をしていた。
それを見て美雨は舞に話しかける。
「あの、夜梟先輩。すごい楽しそうですね」
「彼は料理が一番得意なんだ。味は期待していいぞ」
その会話にヒョウも入ってきた。
「そうよ〜。翼が調理すれば、カエルや蛇も美味しく食べれたわね」
舞も同意する。
「確かに……翼が調理したのは美味しかったな」
「カエルや蛇……」
美雨は自分が食べているところを想像して見る。
「うー。私は無理そうです」
「私やヒョウは訓練で必要だから食べたが、美雨は食べる必要はないよ。けど、何かあった時に知識は持っていてもいいかもしれない。今度教えてあげよう」
「あ、ありがとうございます。舞さん」
美雨達がそんな話をしている中、翼は一人楽しそうに料理を作っていた。
まず直火で薄塩を振った鶏肉を炙る。
これが味のアクセントになるのだ。
次に焼いた鶏肉を一口大にスライスしてから、しいたけ、玉ねぎを入れて合わせだしを注いで強火にかける。
玉ねぎとしいたけがしんなりしてきたら、混ぜ合わせた全卵と卵黄を注ぐ。
卵を注いだらすぐに火を止めて蒸らす。
蒸している間にご飯の用意。
時間がないので、今回はパックのご飯をレンジで温める。
蒸し終わったら、丼に盛り付けたご飯に流し入れ、最後に三つ葉を上に置いて完成だ。
翼は五人分を作ってから、リビングのテーブルに置いていく。
「ほい。出来ましたよ」
「おおー!」
美雨をが感嘆の声を出す。
「とっても美味しそうですね」
「だろ? 美雨ちゃん。俺の自信作。あったかいうちに食べてくれ」
それは卵が黄金色に輝く親子丼だった。
「美味しそうじゃないか。熊気もこっちに来い。早く食べてしまおう」
舞に言われて、窓を見張っていた熊気はカーテンを閉めてからテーブルに着いた。
全員が席に着いてから翼が割り箸を渡していく。
「はい美雨ちゃん」
「ありがとうございます」
全員に箸が行き渡ってから、舞達が手をあわせる。
それを見て美雨も慌てて手を合わせた。
「「いただきます」」
食前の挨拶をしてから、皆、目の前に置かれている親子丼を食べ始める
美雨も親子丼が入っている丼を持ち上げて見る。
最初はあんなひどい光景を見てきて、食欲なんてわかないと思っていた。
けど、艶々の卵と、合わせだしの匂い。そして丼の暖かさを感じるとお腹が空腹を訴える。
美雨はその欲求に抗う事なく箸を手に取り、親子丼の具とご飯を口に入れた。
「……!」
口の中に入れると柔らかい卵と合わせだしが合わさる。
更に鶏肉も柔らかく、炙ってあるので香ばしさがアクセントになって飽きがこない。
ご飯がどんどん進む味だ。
他の四人も何も言わずに、親子丼を堪能している。
美雨もどんどん食べ進めた。
誰も何も喋らない。
喋る暇もないほど、箸を止めたくなかった。
それだけ美味しかったのだ。
気付くと美雨の丼の中は空になっていた。
(もう終わっちゃった……)
見ると丼の中は 数粒のご飯が残っている。
「もったいない」
美雨はいつもはしないが、丼の中に残っているご飯粒を一つ残らず口の中へ。
そして本当に空になった丼を置いて一言。
「ご馳走様でした!」
満面の笑みでそう声に出した。
大人しい美雨からは、想像できない程大きな声だった。
だから四人は一斉に美雨を見る。
「美雨……?」
舞がポツリと漏らす。
八つの目に見られて、美雨の顔が真っ赤っかに染まっていく。
「あの、その、とても美味しかったから、その……」
そこまで美雨が言ってから、四人が哄笑した。
「み、みなさん。なんで笑うんですか! もう」
翼が笑いを堪えながら美雨の言葉に応える。
「く、くく……。いやいや、ありがとう美雨ちゃん。
俺の作ったご飯気に入ってもらえて嬉しいよ。ありがとな」
「あ〜面白い。ミウ。あんた面白いわ」
ヒョウの言葉に熊気も同意する。
「うん。朝顔さんはいい人だね」
「そ、そんな事ないですよ」
美雨は否定するように首を振る。
ヒョウが舞の方を向く。
「舞もそう思うでしょう?」
「うん? そうだな……」
舞は少し考えてから、口に出す。
「さっきの一言は良かった。元気いっぱいの美雨は、とっても可愛いかったよ」
「ふぇっ……」
ボンという音が聞こえそうなほど、一気に美雨の顔が赤くなるのだった。
全員食べ終わって、食器も片付け一息ついた頃。
「美雨、美雨」
舞は彼女に声をかけていた。
見ると美雨は椅子に座ったまま眠っていたのだ。
「あら。ミウ、寝ちゃったの」
ヒョウも気づいて近づいてきた。
「そのようだな」
舞はチラリと時計を見る。時刻は十一時だった。
「ヒョウ。美雨を寝室に連れて行く。ベッドの用意を」
舞は美雨を起こさないように抱っこする。
「分かったわ」
ヒョウは両手がふさがっている舞の代わりに扉を開けた。
寝室に入り、ベッドに美雨を寝かせる。
ヒョウがさり気無く、彼女のパーカーのフードを、寝る邪魔にならないように退けた。
美雨をベッドに寝かせて舞とヒョウは離れようとする。
「……待って」
不意に美雨が舞の手を掴む。
最初起きたのかと思ったが、どうやら夢を見ているようだった。
「行かないで……アッちゃん」
「アタシ。先に戻ってるわ」
ヒョウが寝室を後にし、残った舞は美雨が手を離すまで待つことにした。