第3話 脱出 その1
午前十時二十分。
身体を洗い終えた美雨と舞はバスルームから一緒に出てきた。
「美雨。新しい服を用意しておいた。それに着替えてくれ」
「ありがとうございます。紅狼さん」
見ると脱衣所には新しい服が置かれていた。
「それと……美雨」
舞は恥ずかしいのか、頰を指でかく。
「何でしょう?」
「その、苗字で呼ばれるのは堅苦しい。出来れば名前で呼んでくれて構わない……」
「あっ、分かりました。えと紅……じゃない。ま、舞さん」
二人は恥ずかしくなってお互い目を逸らしてしまう。
「「…………」」
しばらく二人は沈黙していた。
先に舞が口を開く。
「おっと。早く服を着るんだ。風邪を引いてしまう」
「は、はい」
美雨が服を手に取ろうとすると、舞は身体に巻いていたバスタオルを取って新しい下着をつける。
「先に行っている」
舞は美雨の返事を待たずに、脱衣所を後にした。
「は、はい」
舞の姿が見えなくなった途端、美雨は胸に手を当てる。
(お願い。心臓鎮まれ〜)
舞と一緒の間ずっと、美雨の心臓は破裂しそうなほど高鳴っていた。
心臓の鼓動が落ち着いてから、美雨は用意されている新しい服を手に取る。
それは白のシャツに桃色のパーカー。下はデニムのジーンズだった。
全部、忠実の私物だったのでサイズは大きいかなと思ったが、意外とピッタリだ。
ジーンズだけは少し長かったので、裾を少し折って対応する。
着替え終わり、髪をいつもの三つ編みにした美雨はリビングに向かった。
「おっ、美雨ちゃん出てきた」
翼が手を挙げて声をかけてくる。
「ミウも出てきたことだし、アタシもお風呂に入ってこよう」
ヒョウはそう言って、バスルームに向かった。
美雨は椅子に座りながら、舞の姿を探す。
対面に座っているのは男性二人だ。
少し居心地の悪さを感じていた。
「あ、あの、舞さんは?」
美雨の質問にテーブルを指で叩いていた翼が答える。
「ん? 舞は今、着替えてるよ」
「そ、そうですか」
美雨は目をそらして、下を向いてしまう。
「もしかして、緊張してる?」
「えっ! そんな事は……」
「そりゃ、緊張するか。男二人の部屋に一緒にいたら、いろいろ警戒しちゃうもんな」
「ごめんなさい。その私人見知りで、あまり喋るの得意じゃないんです」
美雨の言葉に翼の隣で両手をテーブルで合わせていた熊気が答える。
「謝らなくていいです」
「えっ?」
「僕も喋るのは得意じゃないんです。だから朝顔さんの苦労。よく分かります」
「そうだぜ。美雨ちゃん」
翼が熊気の肩に手を乗せた。
「こいつ。柔道部の主将で熊みたいにデカイくせに喋るの苦手なんだぜ」
「うるさい」
熊気は翼を睨む。
その細目が薄く開いて、鋭く睨みつけた。
「おー怖い怖い。怒るなよ熊気」
「怒ってない。それに僕は無口なだけだ」
熊気は再び細目になる。
「いや誰が見ても、お前、喋るの苦手だろ」
翼は聞こえないように小声でつぶやいていた。
「翼〜。熊気〜」
「ヒョウが出てきたみたいだな。っておい!」
翼がヒョウの格好を見て指を指した。
彼女は全裸だったのだ。
熊気は仏頂面で、ヒョウの方を見ようともしない。
「…………」
舞は慌てて両手で顔を隠していた。
「ひゃっ!」
ヒョウは、恥ずかしがるそぶりも見せずに腰に手を当てる。
「何よ翼。人を指ささないでよ」
「いや。その格好だよ。その格好!」
「ん?」
ヒョウはわざとらしく下を向いて自分の格好を確認する。
「あらっ。下着つけるの忘れてたわ」
ヒョウは「ごめんね〜」と言いながらその場を離れる。
「あっ。バスルーム空いたから、二人とも入っていいわよ。じゃあね〜」
ヒョウは下着を着てから、武器庫の方に向かった。
「全く。あの女も何を考えてるんだか……まあいいや。熊気。どっちが先に入る?」
「じゃあ、先に入ってくる」
勇気は椅子から立ち上がり、バスルームへ向かう。
「おう行ってこい。体デカイからって、シャンプー全部使うなよ」
からかう翼を勇気は無視して出て行った。
「今、熊気が入っているのか?」
勇気が入ってから、入れ違いに舞が現れた。
「そうですよ」
翼は冷蔵庫を開けていた。
「何してるんだ?」
「ああ、昼飯作ろうかなと思って、鶏肉と卵があるな……じゃあこの前テレビで見たアレでも作るか」
美雨は舞の姿に見とれていた。
「どうした美雨?」
「舞さん。その格好は?」
舞の格好は学校の制服ではなく、身体にフィットした黒いスーツ姿だった。
「コレか? これは戦闘用の服だよ」
舞が来ているのは20(フタマル)式戦闘服。
その名の通り二〇二十年に正式採用される予定だった戦闘用の防護服である。
スーツ全体に防弾性能があり、カタログデータでは五・五六ミリ口径の弾丸まで防ぐことができる。
本来なら、この服と専用のヘルメットが、セットになって二〇二十年に陸上自衛隊に採用される予定だった。
しかし、一着のコストが以前の服よりも高く数が揃えられない事。
あと噂ではあるが、SF映画の衣装のようで、恥ずかしいという理由もあったらしい。
結局、陸自に採用されなかったこの新型戦闘服を、対テロ部隊Zが採用したのだ。
「やっぱり戦いになるんですか?」
美雨が心配そうに、舞に問いかける。
「大丈夫だよ。あと二時間もしないで、脱出用のヘリが来る。すぐ脱出できるさ」
「そうなんですか。良かった」
美雨はそれを聞いて安堵する。
そんな話をしていると、熊気が出てくる。
翼は「じゃあ入ってくるか」と言って、バスルームに向かうのだった。