二章その2
「そ……、そっか。それじゃ、いつか頼りにさせてもらうね」
寂しげに微笑むナツミを見て、ミナは一瞬、悔しそうな顔をした。それをさっと消して力のこもった声で言う。
「アタシはいつでも大丈夫だから、いつでも声を掛けて。その時は全力を尽くすわ」
「うん。そうなった時はよろしくね」
話を終わらせるように、ナツミは手元に目を落とした。ミナもゆるゆると視線を下げていき、改めて顔に悔しさをにじませる。
そのあとにやってきたのは、重苦しい沈黙だった。
シンにとっては、部活休止期間中で最もつらい空気になっていた。
――もうほんとやだこのテーブル……。
内心で嘆息し、横目で陸田ナツミを一瞥する。
――頼りたくても頼れないって感じなんだろーなー……。まあ、あの部長の下にいたら普通にそうなるか。
自分とリキを叩きのめすため、『理想連合』は罠を張り巡らせた。それを計画して実行するよう命じたのは、『理想の女子研究部』の部長だ。
そんな彼女に逆らえば、同じ目に遭うことは想像に難くない。
だから陸田ナツミは、救いの手が差し伸べられても掴まなかった。と言うより、掴めなかったのだろう。
――武器が揃えばどうにかできるんだけども……。
リアルの情報を素材として使用し、ネット上で武器作りを続けているものの、完成には至っていない。
――今はまだ無理なわけで……。
そう思ったところで、陸田ナツミが唐突に立ち上がる。
「何だか変な空気にしちゃってごめんね。ちょっと外で頭を冷やしてくるね」
ナツミは体の向きを変え、小走りで階段へと向かった。
その寂しげな背中を、ミナは中腰で見送っていた。
「追いかけなくてよかったのか?」
シンが問いかけると、ミナは呆れ顔で吐息をついた。腰を下ろして言う。
「逆に訊かせてほしいわ。何で追いかけないのよ」
「追いかける理由がねーからだな」
「……あるはずよ」
怪訝な顔をするシンに、ミナは確信めいた口調で続けた。
「アンタが〝空野シン〟なら、どこかにあるはずよ。だから、ちゃんと探しなさい」
「探すも何もねーだろ、既に結論が出てんだから……」
「そういうことは探してから言いなさい」
「つーか……、何で俺が行く方向で話を進めんだよ」
不満を漏らしたあとで、焦りを募らせる羽目になっていた。彼女が下唇を噛んで悔しげな様子を見せ、ゆるゆると俯いてしまったからだ。
「アタシには話せないって……、駄目だって言われたようなものなのに……、そのアタシが行けるとでも思っているの……? しかもアタシは、『撲滅連合』の立ち上げに協力した一人で……、今の陸田さんにとっては迷惑な存在でしかなくて……」
「わっ、分かった! それは分かったんだけども……」
シンはぎこちない笑みを浮かべて二の句を継いだ。
「俺が行く必要もないかなーっと思ったり思わなかったりで……」
「陸田さんは……、助けを求めていたわ。でも、頼れなかった……。そうしたかったのにできなくて、それがつらくて一人になることを選んだ……。悩みを解決しない限りは何も変わらないのに、自分の力ではどうすることもできなくて……、一人で耐えて……」
陸田ナツミの現在と、鳴海ミナの過去。
それら二つを混ぜ合わせたような話を終え、彼女が願うような眼差しをこちらに向けて問う。
「そんな陸田さんを、アンタは放っておくの……?」
――放っておくしかねーだろ、何もできないんだから……。
口にはできない言葉だった。自分の無力さを認めるのと共に、彼女を悲しませるだけの無意味なものだからだ。
「……服部から聞いてると思うけど、陸田は『理女研』が送り込んできた刺客だ。今までのが全部演技で、罠を張って待ってる可能性もある」
答えずに、並べた。
そうして乗り切ろうとするが、鳴海ミナがそれを許すはずもない。
「あの表情は……、演技では作れないわ。それに、もしも罠だったとしても、アンタなら大丈夫でしょ。詐欺師なんだし」
「やっぱり行かねー方が良いな、うん。詐欺師じゃねーしな、俺」
「アンタは簡単に他人を信じない、だから大丈夫――。これならどう?」
「俺はいつの間に〝もう誰も信じられない系男子〟になっちゃったんだ……?」
「違うの?」
ミナに真顔で訊き返され、シンは悲しげな顔をする。
「違うと思いたい感じだ……」
「思うのは自由だけど、自覚した方が楽になれると思うわよ。というか……、罠といっても大したものじゃないんでしょ? どういうものなのかは知らないけど」
「いや、普通に凶悪だろ。リキが良い例だ」
「そういえば最近、一緒にいないわね」
ミナは言いながら学生ラウンジ内を見回した。
「放課後になったら教室を飛び出して、『白王会』の先輩のところに行ってるからな。何を言っても聞く耳持たずで、モテ期が来たと言い張ってる」
「ええっと……。つまり沢下は、その先輩に籠絡されているってこと?」
「ああ、操り人形みたいになってるな」
「ちょ、ちょっと待って! そ、それじゃあ、陸田さんは……!」
驚愕して声を止めたミナの代わりに、シンが会話の糸を紡ぐ。
「俺を籠絡するためにいる感じだな」
「じょ、冗談よね……?」
「あーっと……、知らなかったのか?」
すべて知った上でいるのだと思っていたが、違っていたらしい。
「アタシが聞いたのは、陸田さんが刺客でアンタがピンチって話と、アタシがいれば安全って話だけよ。そ、それはそれとして……」
ミナはテーブルに目を落とし、瞳に迷いを浮かべた。それを取り払ってから上目遣いでシンを見やり、緊張で硬くなった声で訊く。
「ア、アンタはその……。ど、どうなの……?」
「どうって?」
「り、陸田さんに……、き、気持ちが寄っちゃっていたりというか……、す、すっ、好きになっていたりとかは……」
ミナが不安げな顔をする一方で、シンは怪訝な顔をした。
「……もしかしてあれか、俺のことをドMさんか何かと勘違いしてる感じか?」
「……何で素直に、大丈夫だって言えないのよ」
苛立ちを露わにしてシンを睨んだ後、ミナは階段に目をやった。腕組みをしてしばらく眺めてから、桜色の唇を動かす。
「罠だったとしても、分かっているなら引っ掛からないわよね?」
「……いや、そうでもない。何たってあの陸田だしな、うん。男子の中ではかなりの人気を誇ってるからな、確か」
「その様子なら大丈夫そうね。まあ、もしもそうなった時は、アタシが何とかするわ」
「何とか……?」
「ビンタをして目を覚まさせてやるわ」
そう答えながら、ミナは胸の前で握り拳を作った。
「ビッ、ビンタじゃなくて、グーで殴る気満々に見えんだけど……!!」
「こ、これは……、き、気合いが入りすぎちゃっただけよ! それより、さっさと行ってきなさい! 荷物は見ておくから」
「……もしかしてあれか、鳴海は気合いを入れたビンタがしたいドSさんな感じか?」
「……あ、行く前に一発食らっておきたいってこと? それならそうと、ちゃんと言いなさいよね」
ミナが立つのと同時に、シンも素早く腰を上げる。
「何だか泣きそうなくらい行きたくなったから行ってくるなー!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆