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元ネトゲ城主の戦略的学園生活!  作者: 蒼井まこ
一章『夏の代償』
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一章その6

 明日から頑張る。

 それを金土日月と続け、今日は頑張ると決めた火曜日の放課後。

 シンは学生支援センター棟の二階、カーペットが敷かれている廊下を一人で歩いていた。理事長室からの帰りである。

 ――ルールを使って勝負して、ルールの外を狙うって感じかねー……。

 支援部費争奪サバイバルゲームのルール、『支部争規定』。

 それに関する質問を真央にぶつけ、その答えから進むべき道を見つけることができた。

 次に考えなければならないのは、どうやるかだ。

 ――一番邪魔な存在が、一番力を持ってんだもんなー……。あいつらに勝つことが絶対条件とか、普通にきつすぎだろ……。

 ゴールとなる場所は、『理想連合』を倒した先にある。そこへたどり着くには、詐欺師と呼ばれても仕方がないような手を使うしかなさそうだった。

 ――あっちもあっちで何かしてくるみたいだし、おあいこってことで良いよな、多分。刺客とやらが来なかった時は……、ごめんなさいするしかないな、うん。

 刺客――。

 その単語が服部ハンナの口から出てきたのは、昨日のことである。

『前回のこともあり、『理女研』と『白王会』が主に目を付けているようなのでご注意を。主の下へ刺客を送り込む、との話があったのでござる』

 他の情報としては、『鳴海ミナが新しい連合を作るために動いている』というのがあった。昨日の時点で『探偵部』を含めた四つの部が参加を決めたようだ。

 ――鳴海はきっと、正攻法でやるんだろーなー……。

 そんなことを思いながら階段を下り、事務室の横を過ぎて外に出る。山に囲まれているからか、頬を撫でた風は十一月のものとは思えないほどに冷たかった。

 ――鬱陶し……、くねーな。風さんありがとうだ。

 シンは足を止めて軽く頭を下げた。視線の先で四つん這いになっていた女子のスカートが、風の力でめくれ上がったからだ。

 ――黒縁にピンクとはなかなか大胆だな。

 あの人にもありがとうだ、と付け加えたところで大声が飛んできた。

「動かないで!!」

「……へ?」

 きょろきょろと辺りを見回すが、周囲に人影はない。彼女の声が届く範囲にいるのは、自分と彼女だけだ。

 黄色のネクタイを緩く締めている二年生の先輩が、こちらに顔と手のひらを向ける。

「踏まれると困るから、そこでストップ!」

「あーっと……、コンタクトですか?」

「違う、メガネ!」

 何をしていたらこんな所でメガネを落とすのか、メガネであれば踏む恐れはないのではないか、と疑問に思いながらも言う通りにする。

 ――つーか……、一緒に探した方が早いんじゃね?

 そう結論付けて視線を滑らせる。学生支援センター棟の軒下、レンガ調の丸い柱のそばにそれはあった。

「もしかして、これですか?」

 赤縁のメガネを拾い上げて持っていくと、先輩は自分の物か確かめるようにまじまじと見た。当たっていたらしく、手に取ってブレザーの胸ポケットにしまう。

 ――んあ……? 何で掛けないんだ?

 彼女の行動に違和感を覚え、シンは怪訝な顔をした。

「よく見つけられたね、助かったよ! あ、お礼したいんだけど、今って時間ある?」

「……いえ、大丈夫です」

 軽く頭を下げ、すぐさま体の向きを変えた。嫌な予感がしたからだ。

 だが、動くに動けなくなった。

 前に回り込んできた先輩が、明るい声で言う。

「そんなこと言わずにさ! うちの部、男子禁制だけど、助けてもらったって話をすれば入れると思うし、お菓子とかジュースとかもいっぱいあるしさ!」

「どこの部ですか?」

「うち? うちは『理女研』だよ!」

「そうですか……。行きたい気持ちはあるんですけど、ちょっと約束があって……。また今度お願いします」

「そっか……、じゃあ、また今度ね!」

 先輩が道をあけるのに合わせて頭を下げ、シンは早足でその場を後にした。

 ――こえーよ、超こえーよ! 『理女研』の部室で何するつもりだったんだよ、菓子とジュースを食わせてどうするつもりだったんだよ!

 冬の寒さとは別の寒さを感じながら、一直線に第一食堂棟を目指す。

 一階と二階がガラス張りになっている建物が見え、自室に戻ってきたような安心感が胸いっぱいに広がるが、それはあっという間に失われた。

 貧血でも起こしたのだろうか。第一食堂からよろよろと出てきた一年生の女子が、地面に倒れ込もうとしていたからだ。

「おっ、おい!」

 スクールバッグを放り出して駆け寄り、彼女の華奢な体を支える。顔を引きつらせたのは、彼女が自力で立つのと同時だった。

 ――まずったあぁぁぁぁ!!

 白い手袋に、白いニーソックス。

 そのセットを身に着けている部は一つしかない。第三文化棟の三階に部室を構えている『白馬の王子様を探す会』だ。

「申し訳ございません。少し気分が悪くて……」

「そっ、そーか。それならあれだ、とっとと保健室に行った方が良いかもだな」

 シンは言いながらカバンを取りに行き、それを両腕で抱え込んだ。掴まれる場所を極力減らし、彼女の下へ早足で向かい、

「んじゃ、俺はこれで!」

 と言い残して一気に通り過ぎる。

「あ、あの! お礼をさせてください!」

「悪い、急いでるんだ!」

 振り返らずに声だけを返し、大慌てで第一食堂棟の中に入る。食堂の席がすべて空いていることに安堵しつつ、エレベーター横の階段を駆け上がっていく。

 いつものソファーで一息つきたい。

 そう心の底から思って学生ラウンジまで来たが、まだまだ先になりそうだった。

 ――どんだけ居んだよ!!

 心の声が漏れていたのではないか、と思えるようなタイミングだった。

 ソファーの上でうつ伏せになっていた女子が、スマートフォンから顔を上げる。

「あれれ? そこにいるのはもしかして、お空のシンくんかな?」

「毎度のことだけど、『お』を付けて呼ぶな。空に浮いてるみたいになるだろ」

「あはは、毎度のツッコミありがと。ていうか、こんなとこで何してるの?」

「それはこっちのセリフだ。陸田の方こそ、こんなところで何してんだ?」

 近くにあったソファーに腰掛けて問い返すと、陸田ナツミは持っていたスマートフォンをこちらに向け、

「見ての通り、スマフォでゲームだよ」

 と言ってニコリと笑った。

 一年八組の級長、陸田ナツミ。

 サイドテールにした長くて明るい茶色の髪に、くりくりとした吊り目がちの瞳。口角が上を向くアヒルのような口は、艶やかなピンク色に染まっている。その口元がほころんだ時には、血色の良い頬に小さなくぼみができる。

 ラフな格好が好きなのか、彼女は滅多にブレザーを着ない。今もベージュのセーターを着ており、それが胸元の攻撃力をより高いものにしている。

 そんな陸田ナツミが、体を起こして質問する。

「それで? 空野シンくんの方は?」

「俺はいつもの場所で、いつも通りに過ごそうとしてた感じだ。ついでに言うと、そこが俺の定位置だったりする」

「そうなんだ。でも、今日はナツミの場所だから譲らないよ!」

 ナツミはふくよかな胸を張り、したり顔で宣言していた。

「さっ、さいですかー……」

 反応に困って声を詰まらせてしまったが、疑問の方はすんなりと出せた。

「つーか、部活はどうしたんだ?」

「あぁー……、部活ねぇー……」

 痛いところを突かれたと言わんばかりに、ナツミは目を逸らして顔を曇らせた。

 ――やっぱりこいつもか……。

 ここへ来るまでに出会った二人とは、面識がなかった。その点で違いはあるが、彼女もれっきとした『理想の女子研究部』の部員である。

 故に、警戒心を強めた。

 それが取り越し苦労になったのは、彼女が鈍く唇を動かしてからだ。

「辞めちゃったから、今は『帰宅部』だよ」

「……へ? そっ、そうなのか?」

「うん。あの子と同じようなことをやらされそうになったからね」

「あの子……?」

 陸田ナツミの視線をたどると、階段のへりから顔を出していた女子と目が合った。

 相手が驚き、こっちも驚く。

 見つめ合う間を挟んだ後、その女子が慌てた様子で首を引っ込める。

「……『理女研』と『白王会』は何がしたいんだ?」

 シンは顔色を悪くしながらナツミに訊いた。

「何がしたいのかまでは分からないかな。ナツミが言われたのは、空野シンくんと仲良くしろってことだけだよ」

「それが嫌で『理女研』を辞めた、と……」

「うん。そんなことを無理強いするなんておかしくない?」

「そっ……、そうだな、うん」

 自分と仲良くするのが嫌で辞めたのかと思ったが、違っていたらしい。

 安堵の息を漏らしたシンに、ナツミは柔らかい笑みを向ける。

「だから、適当な理由を付けて辞めたんだ。まあ、今も遊びに行ったりはするんだけどね。お菓子が欲しい時とかに」

「悪くない感じで辞めれたってことか?」

「うん、大団円だったよ。あ、今度行く時は空野シンくんも一緒にどうかな?」

 彼女は笑いをこらえるように手で口を覆っていた。からかうつもりで提案したようだ。

 シンは大きく肩を落とし、ため息混じりに言う。

「一万年と二千年後くらいで頼む……」

「来世どころか、創世後になりそうだね」

「それよりあれだ、ここでキュアなブラックを目指して筋トレしてた奴いなかったか?」

「沢下くんがそうなったら、サブタイトルが『マッスルハート』になりそうだね」

「視聴者が主人公を応援しない、奇抜な作品になりそうだな……」

 何の話だ、と思って話題を戻す。

「それは良いとして……、どこ行ったか知らね?」

「沢下くんなら『白王会』の先輩と一緒にどっかへ行っちゃったよ」

「あのバカ……」

 シンはがくりと首を折った。

「何だか大変そうだね。そういえば、鳴海さんは? 最近、ずっと一緒だったよね?」

「一緒だったのは先週の金曜までだな。そのあとは放置プレイを食らってる」

「プ、プレイなの……?」

「いや、放置されてるだけだな。『プレイ』は何となくで付けただけだ」

 シンの答えを聞いて、ナツミはクスクスと笑った。

「何となくでいろいろ付けすぎだよ。ナツミじゃなかったら、ほとんどスルーされてたと思うよ。それはそれとして……、鳴海さんはいつ戻ってくるのかな?」

「直接訊いてくれ、としか言いようがねーわけで……」

「た、確かにそうだね。それじゃ……、今は頼みの綱が切れちゃってるんだね」

「頼みの綱……?」

 理解が及ばず、シンは首を捻った。

「あくまで予想だけど……。鳴海さんがいたら、うちの先輩たちも『白王会』の人たちも、空野シンくんに近づけないと思うんだ。だから頼みの綱ね」

「あー……、それはあるかもだなー……」

 鳴海ミナは、『理想連合』と敵対する道を選んでいる。そんな彼女と一緒にいれば、刺客たちも寄りつかなくなるだろう。

 ――『僕と契約して、用心棒少女になってよ!』って言いたいところだけども、頼めるような状況じゃねーよなー……。

 連合作りに奔走しているミナの姿を脳裏から消し、シンは短い吐息をついた。憂鬱げな顔をナツミに向ける。

「まーでも……、今は頼れねー感じだな……」

「そうなんだ、それは困ったね」

 ナツミは腕を組んで悩む素振りを見せていた。しばらくそうしてから、唐突に人差し指を立てた。何かひらめいたようだ。

「それじゃ、ナツミが空野シンくんを守ってあげよう!」

「陸田が……?」

「うん。いつも体操着入れを届けてくれるから、そのお礼ってことで!」

「お礼する前に忘れないようにしてほしいんだけども……」

 シンは弱い語気で訴えた。

 九月の中頃だっただろうか。体育の授業と着替えを終えて自分の席に戻ると、見覚えのないピンク色の袋が置いてあった。それを彼女に届け、その後も彼女が忘れる度に届けることで、顔見知り程度の間柄となり、配達員のような扱いも受けている。

「忘れないように意識はしてるよ! 絶対に忘れない、今日こそは忘れないって思ってるんだけど、誰かに話しかけられると、あら不思議」

「いやー、不思議だなー。不思議な頭だ」

「むっ。そんなこと言ってると、気が変わっちゃうかもしれないよ?」

 ナツミが頬を膨らませる一方で、シンはあんぐりと口を開けた。

「お礼の話はどこ行っちゃったんだ……?」

「あ、あはははは……。そ、そうだったね! それじゃ、これからはナツミにお任せあれだよ! 改めてよろしくね!」

 立ち上がってシンの前へ行き、ナツミは手を差し出した。

 ――このよろしくはあれだな、これからも体操着入れを届けろって意味も含めてっぽいなー……。

 そんな予想を立てたが、外れているような気もした。

 握った彼女の手が、酷く冷たかったからだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ダラダラできる放課後は、陸田ナツミと共に訪れる。

 そう言わざるを得ない一週間だった。

 彼女がいない時は、人助けを強要され続けていたからだ。

 転んでカバンの中身をぶちまけた女子に手を貸したり、捨てられたから拾えと訴える鍵を持ち主に届けたり、ぶつかって倒れた女子の体を引き上げたりなどなどなど、いろいろな経験を積む羽目になっていた。

 ゴキブリ並みに生命力が高そうな幼なじみ、リキが近くにいれば、違った状況になっていたかもしれない。彼がゴキブリのように、ホイホイと罠に掛かっていなければ、少しは楽ができたに違いない。

 ――パトラッシュ……、僕はもう疲れたよ……。

『白馬の王子様を探す会』の先輩にリキを取られることで、夕方は陸田ナツミが来るまで一人ぼっちで過ごしている。

 放課後の今も、学生ラウンジには自分しかいない。ソファーの上でこのまま寝入っても、恐らく、誰も起こしはしないだろう。

 ――初夢で一鷹二富士三茄子が見れるように、今のうちから練習しておくか……。

「お疲れでござるか?」

「うおっ!」

 驚いて飛び起き、ソファーの横にいた人物を見やる。服部ハンナだった。

「みっ、耳元でいきなり話しかけんなよ!」

「も、申し訳ないのでござる。至急、お耳に入れたい話があった故……」

「頼んでいた件か?」

「それもなのでござるが、もう一つビッグニュースがあるのでござる」

 咳払いを挟み、ハンナは続けた。

「苦節約十日……、ついに、ついに新たな連合が誕生したのでござる!」

「そーか、おめでと。んじゃ、頼んでいた方を頼む」

 さらっと話題を移したからか、彼女は不服そうに唇を尖らせていた。

「せめて連合の名前くらいは聞いてほ……、ッ!?」

 ハンナは言っている途中でバッと振り返った。学生ラウンジの中央、吹き抜けを睨んでからシンに耳打ちする。

 そうして、彼女は女子トイレへと駆け込んだ。

 ――やっぱりか……。

「こんこーん。今日はどうだった?」

 何食わぬ顔で現れたナツミに、シンは笑みを返した。胸中で渦巻くどす黒い感情を表に出したくなかったからだ。

 ――やっぱりお前が刺客だったのか、陸田ッ……!!

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