一章その5
支援部費争奪サバイバルゲーム――。
一学期と二学期の終業式後に行われるこのゲームは、第三文化棟の文化部に支給されている支援部費、その支給比率を順位に応じて変えるためのものである。
戦場として使われる場所は第三文化棟で、一学期の方は『夏の陣』、二学期の方は『冬の陣』と呼ばれている。
ゲームの中身は、字面通りのサバイバルゲーム。
第一文化棟の『玩具部』が過去に開発したとされる『着弾衝撃吸収型高性能ペイント弾』を使用し、エアソフトガンで〝撃ち合う〟といったシンプルな内容になっている。
ただ、今年度の『夏の陣』はそうならなかった。
雇用主が決まっていない傭兵のような立場を利用し、すべての部に『協力する』と約束した二人の帰宅部員が〝一方的に撃つ〟形で終わらせてしまったからだ。
そのせいで、第三文化棟の文化部は比率を上げるどころか、部費そのものがもらえなくなったのである。
そんな事態に陥らせた帰宅部員の片割れが、被害を受けた『探偵部』の部員に問う。
「……何かあったのか?」
「『理女研』と『白王会』が手を結び、連合を作ろうとしているのでござる」
「連合……? 口約束同盟じゃなくてか?」
「口約束では意味がない――。それを知らしめたのは主ではござらんか……」
「しっ、知らしめたんじゃなくて、そうするしかなかったからで……。それよりあれだ、『理女研』と『白王会』って仲が悪いんじゃなかったか?」
小悪魔系女子になりたいなら『理想の女子研究部』。
お嬢様系女子になりたいなら『白馬の王子様を探す会』。
それら二つの部が犬猿の仲であることは、学園内の誰もが知っていることだ。
「関係性は変わっていないのでござる。手を結ぶのは『冬の陣』まで、との話でござる」
「期間限定同盟って感じか」
納得した様子で言い、シンはすぐさま話を継いだ。
「その連合の規模っつーか、どの部が参加しそうとかは分かってるのか?」
「現時点で参加を決めている部は――」
顔をさっと暗くし、ハンナは気重そうな声で続けた。
「――三十弱でござる……」
「おっ……、多すぎじゃね……?」
彼女が告げた数は、全体のおおよそ三分の二に相当する。三十で考えるなら、残る部は十八になる。
「主の言う通りなのでござるが、三十では終わらなさそうなのでござる……。上限の四十を目指している、との話もあって……」
「そっ、そーか……」
面倒なことになったと思う一方で、大きな不安を抱く羽目にもなっていた。杞憂であることを願いつつ、動揺がにじんだ声で問いかける。
「ちっ、ちなみになんだけども、『探偵部』もその連合に参加したりするのか……?」
「た、『探偵部』は……、お声が掛からなかった故……」
「参加しようにもできねーって感じか?」
「そうなのでござる……」
ハンナの言葉を聞き、シンは安堵の息を漏らす。仲間としては頼もしい彼女だが、敵に回せば最悪の相手になるからだ。
「んじゃあれだ、『探偵部』はこれからどうしていくつもりなんだ?」
「どうするもこうするもないのでござる……。声を掛けてもらえなかった他の部と同様、諦めムード全開なのでござる……」
「んあ……? どうしてそうなるんだ?」
「一つの部で三十、もしくは四十の部を相手にするなど不可能だからでござる」
「声を掛けられなかった部で連合を作ったりはしねーのか?」
頭に浮かんだ疑問を口にすると、彼女は微動だにしなくなった。呼吸を止め、見開いた青い目をこちらに向けている。
室内に驚きの声が放たれたのは、ハンナが腰を浮かせるのと同時だった。
「さ……、さすがは我が主! さすがのさすがでござる!!」
「あーっと……、何が?」
「その手を使えば『理想連合』に対抗できるかもしれないのでござる!」
「……あーうん、そだなー。どうして思いつかなかったのか不思議でならねーけど、ほかに訊きたいことができたからスルーしとくなー」
平板な声で言ったシンの前で、ハンナは小首を傾げた。
「何でござろう?」
「連合の名前だ。『理想連合』っていうのか?」
「お伝えし忘れていたでござるな。その通りなのでござる」
「なんつーか……、凄い名前だな」
シンは言いながら湯飲みを手に取った。緑茶を一口飲んでから座卓の上に置き、視線を持ち上げて難しい顔をする。
――つーか……、一番ピンチなのって俺じゃね?
真央から言われた〝『冬の陣』で動け〟は〝結果に影響を及ぼせるように動け〟である。それができれば〝面白くしろ〟になり、退学を免れることにもなる。
与えられるのではなく、自らの手で作り出す――。
前回の『夏の陣』と同じで、そんな結果が必要だと考えていたところに、大勢力になりそうな『理想連合』の登場である。
恨まずにはいられなかった。
――鳴海が動いてからって思ってたけど、先に動いて合わせる感じにした方が良さそうだな……。
明日から頑張ろうと心に決め、シンは垂れ目がちの瞳を正面に戻した。
それを待っていたかのように、彼女が疑問を口にする。
「主は……、同じように連合を組めば勝てると思うのでござるか? 仮に組んだとしても、劣勢に変わりはないのでござるが……」
「勝てるかどうかは戦略、戦術次第だなー。『敵の情報ゲットだぜ!』をして、『こうかはばつぐんだ!』を連発していく、みたいな」
「あ、主なら……。主なら、それができるのでござるか?」
「どうだろーな。その立場になってみねーと分からねー感じだ」
話の雲行きが怪しくなってきたと思い、シンは即座に笑顔の盾を構えた。ハンナが俯くのに合わせて目を逸らし、畳に手を突いて体を後ろに傾ける。
窓の外にあった藍色の空を見やったところで、彼女が消え入りそうな声で問う。
「主の立場は……、どこにあるのでござるか……? 主にとっての小生は、今回も敵方になってしまうのでござるか……?」
ハンナはゆっくりと顔を上げ、不安の色で染まっている瞳をシンに向けた。
「……どこにあるんだろーな。俺が知りたいくらいだ」
そう言うしかなかった。鳴海ミナの動きによって変わってしまうからだ。
悲しげな表情を見せて静かに目を伏せたハンナに、シンはもう一つの答えを返す。
「まーでも、一つだけはっきりしてんのは、今回は服部頼みになりそうだってことだな」
「小生頼み……?」
「ああ、服部頼みだ」
シンは体を起こして重々しく頷き、
「前回はビックリするくらいうまくいったけど、今回は間違いなくそうならない。だからあれだ、今さらな感じもするけど――」
と言いながら正座し、頭を下げて続けた。
「――手を貸してほしい」
「ぎょ、ぎょっ……! 御意でごじゃりゅううううぅぅぅぅ!!」
わあっと泣き出したハンナを、シンはやれやれといった様子で眺める。
足を崩して彼女が泣きやむのを待っていると、引き戸をノックする音と鳴海ミナの声が聞こえてきた。
「ハンナちゃん。空野、ここに来てない?」
「ぞのっ、ごえば、ミナ嬢で、ごじゃりゅか?」
机の上にあったティッシュ箱を手にして立ち上がり、ハンナは鼻をかみながら引き戸へ向かった。
「うん、アタシ。というか……、何かあったの? 泣いていない?」
「あったのでござりゅ! 思わず涙してしまうくらいにあったのでごじゃりゅ!」
ハンナの言葉を耳にした瞬間、ミナとシンは声を揃えて言う。
「……開けて」
「開けるな!」
部屋の内外から異なる要望を受け、服部ハンナは困惑顔だ。
「ど、どうすれば……」
「今開けるのはナシだ! 開けるなら誤解を解いてからにしてくれ!」
シンの訴えに理解が及ばず、ハンナは首を傾げた。
「何の誤解でござるか?」
「さっきの話だけだと、俺が何かして泣かせたみたいに聞こえるっつーか、鳴海は確実にそう思ってる! だからまず、誤解を解け! そのあとで開けろ!」
「御意!」
胸に拳を当てて頷き、ハンナは引き戸に向き直って言う。
「ミナ嬢、小生は何もされていないのでござる! 主からとてもよいお話をいただいた故、涙してしまったのでござる!」
「そう……。何があったのか何となく分かったわ。とりあえず、開けてくれる?」
「承知!」
今の説明で本当に分かったのだろうか。疑念が拭えないまま引き戸が開かれていく様を眺める。
姿を現した色白な彼女は、見るからに怒っていた。
――全然分かってねーっぽいんだけども……!
顔を引きつらせるシンにずんずんと向かっていき、ミナは畳の前で仁王立ちになる。
「とてもよいお話って何? 何を買わせるつもりなわけ?」
「あー……、俺を壺商人だと思っちゃった感じか」
「壺!? そんな月並みな物で、ハンナちゃんを泣かせるくらいの話をして、買いたいって思わせたの!?」
鳴海ミナは目を見張って驚いていた。
「思わせてねーし、買わせようともしてねーよ。つーか、売りたくても壺がねーよ」
「それじゃあ、何を売りつけようとしていたのよ」
「俺、行商人じゃねーんだけども……」
「知っているわ。行商人は値段に見合った物を売るけど、アンタはそうじゃない。価値のない物をあるように見せかけて売るんでしょ?」
「おやすみ世界」
何を言っても無駄だと悟り、シンはコタツの中に潜り込んだ。布団を寄せて穴を作り、そこから声を通す。
「服部、あとは頼んだ。鳴海の誤解が解けるまで頑張り続けてくれ」
「御意!」
そう答えた服部ハンナの説明は、完璧だった。
誤解を招いた〝とてもよいお話〟を〝『同愛研』から助けることで顧問忍者として認められた話〟とし、『冬の陣』という言葉を使わずに鳴海ミナを納得させていた。
「そ、そうだったの……。騒ぎ立ててごめんね」
ミナが自分の非を認めたところで、シンはコタツ布団から顔を出す。
「おう、深く反省しろよ」
「アンタには言ってないんだけど」
「あーうん、そんな気はしてた」
コタツから這い出た後、あくびをしながら鳴海ミナに問う。
「つーか、見学し終わったから帰っても良いか?」
「気持ちとしては駄目って言いたいけど、今日はそれで良いわ。ハンナちゃんと二人きりで話がしたいしね」
「んじゃ、俺はこれでー」
シンはバッグとコートを抱え、いそいそとミナの横を過ぎる。
強い意志を宿した彼女の声を背に受けたのは、出入り口に達する直前のことだった。
「……アタシ、今回は決めたから」
足を止めて振り返ったシンの瞳を、ミナはまっすぐ見つめて続けた。
「今回の『冬の陣』は、『理想連合』に入れなかった部の人たちと新しい連合を作ることにしたわ。だから――」
目を閉じて呼吸を一つ挟み、彼女は瞼を上げるのと同時に言った。
「――『帰宅部』が勝つ必要なんてないし、アンタが動く必要もないわ」
「そっ、そーか」
ミナの唐突な宣言に驚きつつも前を向き、シンは顔に薄い笑みを浮かべた。
――片方はナシだけど、もう片方はご希望通りにしてやるよ。
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