一章その3
「好きなタイプかー……」
シンは「うーん」と唸ってから続けた。
「可憐で可愛くてキュートな感じの子だな。色で言えばピンク、ローマ字にするならCuかVo、キュアなカタカナにするならハートかハッピーだな」
「要するに……、可愛ければ良いってこと?」
「可愛いは正義だからな」
大真面目に言って頷くと、彼女は痛々しいものを見るかのように目を眇めていた。
「アンタ、自分で言っていて恥ずかしくないの……?」
「ツッコまれなければ恥ずかしくないままで終われてたな……」
「ツッコまれる前に気づきなさいよ……」
「鳴海が変なことを訊いてくるからだろ。つーか、何でそんなことを訊いてきたんだ?」
「そ、それはその……」
頬を朱色に染めたミナを見て、シンはキョトンとする。
期待が胸一杯に広がったのはそのあとだ。
――好みのタイプを訊いてきた、つまりはそれが気になるからで、どうして気になるかと言えば理由は一つなわけで……! ……一つだよな?
疑問を挟んだ途端に胸に穴が空いていた。風船の口から空気が出ていくように、期待感がするすると抜けていく。
「ア……、アッ、アンタの好みを知っておけば、先手が打てるからよ!!」
「先手……?」
誰かに取られないための先手か、と考えてシンは再び期待を膨らます。
だが、すぐさま弾けた。
「こ、交際詐欺なのか、恋人詐欺なのか、どんな手口を使うつもりなのかは知らないけど、とにかく、狙われそうな子が分かっていれば手が打てるでしょ!? だからよ!!」
「あーうん、ですよねー。知ってた」
荒々しく呼吸するミナの前で、シンはがくりと首を折る。それから、ガラス張りの学生ラウンジを見回し、白い柱の上部にある丸時計で視線を留めた。
時刻は、午後の五時過ぎ。
食堂が賑わいはじめるのは、おおよそ二時間後。その時間になれば〝受験生以外は午前八時から午後七時の間、立ち入りを禁ずる〟としている、学生寮も使えるようになる。
――やるだけやってみるか。
そう思って紺色のスクールバッグを肩に掛け、
「あー……。なんか喉乾いたから、下で飲み物買ってくるなー」
と言いながら腰を上げ、黒色のダッフルコートを掴む。それを何気ない風を装って腕に乗せ、彼女に笑みを向けてから歩き出す。
するとミナは、すぐさま自分のコートとバッグを手に取った。小走りで移動し、シンの行く手を阻むように立つ。
「……下でジュースを買ったら、そのまま第三文化棟へ行くわよ」
「こっ、ここで飲んでから行く予定だったんだけども……」
「それなら、どうしてコートまで持っていくのよ」
「うっ、上は暖かいけど、下は寒いかもしれないだろ? 備えあれば憂いなしだ!」
「それじゃあ、アタシも一緒に行くわ。備えあれば憂いなし、今回ばかりはアンタの言う通りだわ」
表情だけで言えば笑顔だったが、ミナの瞳はまったく笑っていなかった。冷たい怒りに満ちた視線をぶつけ、シンの笑みを引きつらせる。
「そっ……、そうだな! そっちの方が手っ取り早いし、実に良い案だな、うん」
「……思っていないくせに、よくまあぬけぬけと言うわね」
ミナは腰に手を突き、素知らぬふりをするシンに向かって続ける。
「というか、そろそろ学習したらどうなの? アンタの〝笑む笑む詐欺〟は、アタシには通用しないわよ」
「いや、そもそも使ってねーから」
「頻繁に使っているじゃない。〝笑む笑むの詐欺の達人〟だって呼べるくらいに」
「何だその、ダサい呼び名は……。どうせなら〝笑い詐欺師〟とか〝天才高校生詐欺師〟とかにして――」
自分の誤りに気づき、シンは脳内のバックスペースキーを連打した。文章を書き換え、それを口にする。
「――ほしくないな、うん。詐欺師じゃねーし、シンイチでもねーしな、俺」
「一応、訊いておくわ。呼ばれるならどっちが良いの?」
「どっちも良い感じだから捨てがた――、くねーな。一番変えてほしい〝詐欺師〟の部分が残っちゃってるしな」
「そこを変えたら〝笑う理事長の犬〟とか〝卑怯者高校生〟とかになるわよ」
「よーし、この話はやめよう! とっとと第三文化棟に行こう!」
シンはダッフルコートを着ながら、不意に浮かんだ疑問を口にする。
「今さらだけど、何でリキはスルーなんだ? あいつだって『帰宅部』だぜ」
「沢下には部活巡りを始めた日に声を掛けたわ。その時に、どうしたいのかも聞いたわ。何て言ったと思う?」
スクワットをしているリキを見やり、少し考えてから吐息をつく。答えは一つしかなく、それは自分にとって好ましくないものだったからだ。
「……『入れてもらえる部があるなら、どこでも良いから入りたい』、だろ?」
「し、知っていたの!?」
眉を上げて驚くミナに、シンは淡々と語る。
「知ってたも何も、六月くらいまでは毎日のように言ってたからな。『どっか入らへん?』って。最初の何日かは『入りたいなら一人で入れ』って言ってたけど、そのあとは全力で聞き流し続けた感じだ」
「それなら何で、沢下は『帰宅部』のままなの?」
「入ろうとして撃沈したからだな。謎の謝罪を受けまくるだけで、体験入部すらもさせてもらえなかったらしいぜ。まあ、あの見た目だからなー」
大柄で色黒、金髪で強面。
そんな容姿に加え、リキは似非関西弁を使っている。社交的な印象を持ってもらうためにそうしているようだが、今のところは恐怖心しか生んでいない。リキに話しかけられてまともに受け答えできるのは、鳴海ミナくらいのものだ。
「つーか……、諦めてなかったことにビックリなんだけども」
「諦めていたみたいよ、アタシと話すまではね」
ニヤリと笑ったミナを見て、シンは声を暗くする。
「だろーな……」
リキがどこかの部に入るには仲介役がいる。それが務まるのは、常日頃から彼と一緒にいる自分しかいない。
つまりは、自分がどこかの部に入れば、リキもそこに入れることになるのだ。
――俺が知らない間に結託してたって感じか……。
「アンタがどこかの部活に入れば、喜ぶ人が二人も出る。そう考えたら、ちょっとお得に思えてこない?」
「まったく思えてこねーから、行くのをやめに――」
「行くわよ」
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