雨に降られた迷い猫は今日もバーに集う
カランカランカラン
静かで煙たい室内にドアベルが鳴り響いた。
グラスを布巾で拭きながら目をそちらの方にやると、どうやら初めてご来店される客のようだった。
「いらっしゃい。」
声をかけると客の体が緊張するのが伝わってきた。
どうしていいのか分からずあたふたしていた。
「こちらの席どうぞ。」
布巾を一度おいて私の前の席を紹介する。
客はペコリと一礼し、もたもたと席に着いた。
スーツの上着を脱ぎ、席の背もたれに掛けた。
そしてため息をこぼしてメニュー表を見始めた。
「本日初めてご来店ですよね?」
客はちらっと私の目を見つめた。
そして再び目をメニュー表に落とした。
「はい……。でもどうしていいのか……。」
どうやらバーに来ること自体が初めてのようだ。
それにしても何故ここのバーを初めてのバーに選んだのだろうか。
聞きたいことはたくさんあるが……。
まだ心を完全に開いてくれていないようだ。
「とりあえず……。オススメってありますか……。」
「ございますよ。すぐお作りいたします。」
客は静かにメニュー表を置いて店内を見回した。
「バーにくるのって初めてなんですよ。」
わかってますよ。
初めからあなたを見てれば伝わってくる。
その緊張、わくわく、どきどき。
私が初めてバーに入ったときを思い出す。
今回はその思いを伝えたくてあるカクテルを作ろうと思った。
タンブラーを後ろの棚から取り出し、カンパリ、オレンジジュースを注いだ。
客は興味深々に見つめていた。
「あれ、シャカシャカってしないんですか?」
おそらくシェークのことだろう。
シェーカーに材料を入れ振って作る技法だ。
「今回作るカクテルは色合いを楽しんでもらうためにシェークしません。」
そういいながらマドラーでかき混ぜた。
初めて作ったカクテルもこのカクテルだったなと思いながら。
客は釈然としない様子だったが、鮮やかなカクテルに見とれていたようだ。
最後にスライスさせたオレンジをグラスのふちに差し込む。
これで、完成だ。
「カンパリ・オレンジでございます。」
客の前にスッと静かにタンブラーを差し出した。
「あ……ありがとうございます。」
ゆっくりと手を伸ばし、タンブラーを掴む。
少し冷えてるのに驚いたのかピクッと指が震える。
そのまま慎重に口に運んだ。
「……おいしい。」
私はホッと胸をなでおろした。
初めてのバーなのに悪い思い出になってしまったらどうしよう。
また、
あの日みたいになってしまったらどうしよう。
と思っていたが、曇っていた心が少し晴れたようだった。
「初恋の味に似てますね。」
そうなのだ。
このカクテルは甘酸っぱい、初恋を思い出させてくれる。
といっても、あまりいい思い出でではないが……。
「私の初恋は、このカクテルの色のような夕焼けに包まれていました……。」
客がどんどん心を開いてくれる。
それから初恋の話、会社での話、彼女の話などを話してくれた。
とてもいい顔だった。
私はこの顔を見るためにバーを営んでいるんだなと改めて思う。
「今日は本当にありがとうございました!」
始め来たときからは想像もできない笑顔で言った。
絶対にいい人だなと思う。
もっと笑顔でいたらいいのに。
「こちらこそありがとうございました。」
「絶対にまた来ます。彼女と。」
今、彼女とはうまくいっていないそうだ。
それでも今日、もう一度話し合っている決意をした。
絶対にうまくいく、そう信じて。
「楽しみにお待ちしております。」
客は一礼してドアノブに手をかけた。
私もお辞儀をした。
カランカランカラン
出会いの時の音と別れの音は同じだった。
いつもこう、しんみりしてしまう。
あの客忘れ物してないか……。
上着。
私は急いでカウンターから飛び出し上着を手にしてドアから飛び出た。
「お客様ー!上着忘れてますー!」
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今日もあっという間に一日が終わってしまった。
さっきの客は本当にまた来てくれるだろうか。
裏口から出てすぐにタバコを取り出した。
一本取り出し唇ではさむ。
「マスター」
「呼んだかー。」
そういってはっと周りを見渡す。
もうあなたがいないことを思い出す。
はは、そうだよな。いるはずないよな。空耳だよな。
何が初恋の味だよな。俺がこんななのによ。
そう、何度願ったてかなわないのだ。
「俺も、雨に降られた迷い猫か……。」
カクテルを題材にした話なんですけど、未成年なのでカクテルとか酒類全然飲めないです。なのでおかしい部分とかたっくさんあると思います。それでも検索しながら作り上げました。
もう少し年月を重ねて、味のわかるヤツになったらバーに行ってみたいです。