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九十八話 考えるのも烏滸がましい。

 翌朝。

 慶二は昨日と同じように――それでも少しだけ早く――悠の家を訪れたのだが、これまた同様に彼女の姿はなかった。

 二日続けて悠にしては随分と早起きだったらしい。


 結局、登校してからも悠とは話す機会がないまま一日が過ぎていく。

 どうにも身の入らない授業と、灰色の鬱屈した休み時間。

 そうして、あっという間に昼休みになってしまった。





 慶二は今日もまた鹿山や蝶野と昼食を共にしていた。

 慶二の机を中心とし、周囲の空いた椅子を寄せ集めた形である。


 そういえば、前の席である一香の姿が見当たらない。

 もしかしたら、彼女は先日慶二に席を貸してもらえなかったこともあり、別の教室に行ったのかもしれなかった。


 ともかく、口数少なに彼らは黙々と食事を取る。

 自分や蝶野はまだしも、鹿山が静かなのは珍しい。そう訝しみながらも慶二は弁当に意識を向けた。


 いつも通り、質と量ともに申し分のない弁当。

 だというのに、今日も失敗作が紛れ込んでいた。


 それも二品。

 焦げ色の強い鳥の照り焼きと、型崩れしたおにぎり。

 ……昨日より一つ増えている。

 無論、痛んだりしているわけではなく、味自体は問題ない。


 むしろ、慶二としては若干焦げた皮がパリパリしていて香ばしいとすら思える。

 おにぎりも具を多くしようとして歪になってしまっただけのようだ。見栄えは悪いが盛りだくさんで嬉しい。 


 そうして、弁当箱の中身を軽く平らげ、満腹の溜息をついたタイミング。


「お前さ、早く悠と仲直りしろよ」


 鹿山がぼそっと口にしてきて慶二はつい固まってしまう。

 そして、漏れたのは絞り出すような声。


「……なんでわかるんだ?」

「一日だけならまあ、また姐さんや実夏と秘密の相談でもしてるのかと思うけど、二日続けてじゃあなあ。その上、一切口を聞かないとなれば、わかんねー方がおかしいだろ」


 視線をやれば、事も無げに鹿山は言う。


 悠との仲を見通されたのは早くも三人目――いや、四人目らしい。

 鹿山の言葉に賛同するように、蝶野まで頷いている。

 要するに、周囲にとっても慶二と悠が一緒にいるのは当たり前の光景なのだ。

 

「知ってるか? 悠は女になってから結構男人気あるんだぜ?」


 鹿山が声を潜めたのに対し、慶二は心の中で頷いた。


 中性的でぼんやりとした男の子だった悠だが、十二分に可愛らしい女の子。

 恐らくは、ほんの少しだけでもお洒落に気を遣うようになったことが大きいのだろう。

 日に日に、彼女は宝石を磨くかのように愛らしさを増していた。


 決して、惚れた弱みとかそういう贔屓目ではないと慶二は断言できる。

 そんな彼の内心には気を留めず、嗜めるかのように鹿山は続ける。


「たまに話聞いてるけど、体育祭よりちょっと前らへんから益々だな。応援合戦の練習中、えらく可愛く見えた……とかな」


 応援合戦――そのワードを聞き、慶二は呪歌という単語を思い出した。


 悠が呪歌の危険性について説明する際、何度か魔力が失われる感覚があったと漏らしていた。

 少量の魔力しか補充されてないから何も起きていないだけで、そのせいで制御に失敗する不安が拭えないのだと。


 だが、きっと予防策を取っていたからマシだっただけで、じわじわと周囲に影響を及ぼしていたのだ。

 それを防いでいたのは慶二の存在。

 悠には決まった相手がいる――そう思わせることで、一種の牽制となっていた。


 しかし、それが失われた今となっては――。


「お前も大概とはいえ、あんまりうかうかしてるとトンビに油揚げかっさらわれるぞ」


 誰か、未だ見ぬ男と仲睦まじく並び立つ悠。


 言葉通りの光景を想像し、慶二の胸にずきりとしたものが走る。

 甘く切ない残滓が奏でる、鈍い痛み。


 しかし、彼は必死に見て見ぬふりをする。


 ――俺に、それを止める権利はない。


 慶二はすでに夢破れたのだ。

 意中の少女から拒絶の視線で射すくめられ、這う這うの体で逃げ出した。 

 つまり、縛る権利などどこにもない。


 もし、それでも彼女の傍にいたいのなら、――今、目の前にいる少年の片割れのように――ある種の忍耐が必要となる。

 そして、その日はそう遠くないのかもしれない。


 自然と沈痛な面持ちになってしまい、それを見た鹿山は苦い顔をする。


「わりい。言い過ぎた」

「……いや。ちょっとトイレ行ってくる」


 慶二は感情を押し殺した声で断ると、すぐさま弁当箱を片づけた。

 そのまま席を立ち、教室を後にする。

 実のところ催してなんておらず、ただ頭を冷やしたかった。


 多分、鹿山も慶二の――いや二人のことを考えて口出ししたのだろう。

 だが、今の彼には――事情を知らないとはいえ――余計なお世話に思えてならなかった。


 ――責め立てる疼きをなかったことにできないのなら、いつか忘れてしまう日まで覆い隠してしまうしかない。

 廊下を歩きながら、縋るようにそう考えていると


「あ、あのっ!」


 甲高い声で慶二は呼ばれた。


「古井君……ちょっと、来てくれない?」


 名も知らぬ女子生徒。

 それもグループなのか、おどおどした女の子を中心にした複数人である。


「……えっと、誰だ?」


 怪訝な顔で返事をする慶二だが、


「この子があなたに用があってね」

「ちょっと体育館裏に来てくれない?」


 数の前に強引に引っ張られ――。

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