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九十七話 心も体も寒々しい。

 その日の放課後、部活も終わり下校しようという時刻。

 一陣の風の冷たさに慶二は顔をしかめた。

 まだ十月だというのに、季節の移り変わりというのは激しいもので、昼間に反し夕方となるとめっきり冷え込んでいる。


 彼はサッカー部の先輩に挨拶をしてすぐ部室を後にした。


 当然のことながら悠が訪ねて来ることはない。

 そもそも、今日一日、一度たりとも口を聞いていないのだ。 

 慶二が毎朝、悠を迎えに行くこともあり、平日だというのにこんな事態は珍しい。

 片方が病欠というわけでもないのだから尚更。


 彼の胸に湧くのは寂寥感。

 あくまで表情には出さないように気を付けているのだが、胸にぽっかりと穴が開いたような虚しさを抱えてた。

 ここ数週間の間、魔力の供給のため毎日密会じみた待ち合わせをしていたので余計にである。


「おーい、慶二」


 校門前を慶二がとぼとぼ歩いていると、突然声をかけられた。

 振り向けばそこにいたのは鹿山金。

 部活の先輩兼、同級生の一つ上の兄弟だ。


「一人って珍しいな。……悠は?」

「鹿山先輩。……まあ、ちょっと色々ありまして」


 怪訝な顔をする彼に、慶二は言葉を濁す。

 自分から何があったか話す気にはなれないし、詳細を触れ回るのも悠にとって決して気分は良くないと考えたためである。


 だが、鹿山はそんな慶二を見て、うむうむと一人で納得したように頷いた。


「どうかしたんですか?」

「いや、喧嘩したって噂は本当だったんだなと思ってな」


 素直に尋ねてみれば、鹿山はあっさりと答える。


「女子が話してたぞ。よくわからんが『別れた』だのどうのこうの。まあ、お前と悠が一緒に登校してこないってだけで珍しいからな」


 特に悪びれた様子もない。

 どうやら、本当にたまたま耳にしただけなのだろう。


「……『別れた』も何も、俺と悠はそういう関係じゃないですよ」


 淡々と、感情を押し殺すようにぼそっと呟く慶二。

 正確には、そういう関係になろうとして失敗した――とは流石に言えず、そのまま黙り込む。

 それでも苦々しいものは隠しきれておらず、鹿山も察したのか


「あ、ああ。悪い」


 と気まずそうに答え、同様に沈黙してしまった。





 校門を出てすぐ、慶二は鹿山と別れた。

 理由は単純。帰り道が反対方向というだけである。


 とはいえ、先ほどのやり取りのせいで居心地の悪い空気が漂ってたため、慶二は一人になれてほっとする。

 彼としては、この後も難問(・・)が待ち構えているのだ。

 せめて今だけは思案に没頭したい。


 果たして、どうすれば悠の物憂げな表情を普段の明るいものに戻すことが出来るのか。

 その原因が自分だと理解していても、彼にとっては最重要課題だった。


 というか、慶二は依然として――勿論、彼女が他のパートナーを見つければ別だが――悠に魔力を供給しなければならないのだ。

 飢える彼女は見過ごせない。

 彼は玉砕したとはいえ、決して悠のことが嫌いになったわけではないのだから。


 だが、だからこそ慶二にとっては悩ましい。

 気持ちよさそうに甘えた声を上げる少女と二人きり。

 そんな状況で、一度決壊した理性の防波堤は機能してくれるのだろうか?


 タイムリミットは日曜から三日後の明日。

 関係を継続するのか否か。

 少なくともそれまでには話をつける必要がある。

 だが、慶二にはどうにも不安に思えてならなかった。





 ……なんて慶二が考えていれば、いつの間にか目的地に到着していた。


 気づけば陽も殆ど沈みかけていて、辺りは仄暗い。

 無意識に度々立ち止まっていたこともあり、随分と時間を食ってしまったらしい。


 悠の家の玄関で、慶二は大きく深呼吸。

 隣が自宅ではあるが、決して間違えたわけではない。

 当然、ストーカー行為というわけでも。

 そう、慶二には彼女の家によらなければならない理由がある。


 放課後になって、ようやく彼は弁当箱を返却していないことを思い出した。

 いつもであれば、別れ際に悠に弁当を渡すだけでよかったのだが、今日ばかりは無理な話。

 何故なら前述のとおり、慶二は今日、彼女とは一度も会話していないのだから。


 今朝よりも一層緊張した様子で慶二は呼び鈴のボタンを押す。

 この暗さだ。

 女の子である悠は疾うに帰宅しているはず。


 つまり、どたどたと足音を立て、いつ彼女が出てきてもおかしくないわけで。


 慶二は不意打ちに備え、心臓を落ち着ける。

 ……逆に、悠の方が意表を突かれてしまいそう。

 もしものときのため、フォローする構えで応対を待つ。上手くいけば、ほんの少しだけ話をすることが出来るかもしれない。


 が、現れたのは美楽。

 ほっとしていいのか、がっかりするべきなのか、彼にはわからなかった。


「あら。慶二君」

「あの、弁当箱返しに来ました」

「……そういえば悠から受け取ってなかったわね。うっかり忘れてたわ」

「いえ、仕方ないんで」


 美楽はすまなさそうな表情になる。

 娘と幼馴染の間であった出来事を知る由もないのだから当然の反応なのだろう。


「上がってく? って言いたいところだけど、ごめんなさいね、今あの子寝ちゃってるのよ。それもぐっすり」

「……寝かせおいてください。じゃ、俺はこれで」


 慶二は安堵を胸に踵を返そうとして――


「そ。あ、そういえば今日のお弁当、美味しかったかしら?」


 呼び止められた。

 意図がわからないまま、慶二は振り向く。

 そして、怪訝な顔のまま


「ええ。旨かったです」


 とだけ答えた。


「本当に? あのハンバーグとかも?」

「……疑われても困るんですけど」


 嘘偽りのない本心からの言葉である。

 というか、文句を言えば罰が当たるというもの。

 謎のハンバーグも不恰好というだけで、想いのこもった暖かな味わいだったのだから。


 すると、美楽は微笑んで


「良かった。ちょっと失敗したみたいだから安心したわ」


 と返すのだった。

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