表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/104

九十六話 穏やかな緊張が恐ろしい。

 火曜日の朝。

 慶二は悠の家にいつもの様に迎えに行くことにした。

 顔は合わせづらいものの、流石に悠を無視して学校に行くわけにもいかないと考えたためである。


 ……ふとした瞬間に、告白を受けた悠の姿が思い浮かぶ。

 嫌悪と拒絶、その二つがありありと浮かんだ表情。


 身のすくむ思いだが、それでも筋というものは通さなければならない。

 慶二には、関係を壊してまで告白した側としての責任がある。

 もし、近寄らないでいてくれと言われれば大人しく従うし、万に一つでも可能性があれば――。


 ――これからも、今までと変わりない関係でいられればいいのだが。


 慶二は頭の中でそう考えて、無茶な話だと自嘲する。

 実夏と悠は告白が失敗しても親友であり続けたが、そのあたりは同性になってしまったことも大きいだろう。

 それに、彼としても燻り続ける想いを見て見ぬ振りできるか自信がない。


 何とも先行き不安に思えて、慶二はつい足元に視線を落とす。

 とはいえ、あまり迷っている時間はない。実は、悠の家に来るまでにも慶二は悶々と悩み続けていた。

 下手をすれば遅刻してしまう。

 彼は、意を決したとばかりにチャイムを鳴らす。


「あら、慶二君」

「おはようございます」


 程なくして足音が聞こえ、美楽が普段通りに出迎えた。

 特に慶二のことを気にした様子ではない。

 もしかしたら、悠の性格上、彼の告白については黙ったままなのかもしれない。


 少しだけ緊張を緩める慶二。

 しかし、美楽はすぐに申し訳なさそうな顔をして


「悠、先に行っちゃったのよ。ごめんなさいね、折角迎えに来てもらったのに」


 と告げた。


「……そうですか」


 そんな彼女に対し、慶二としては仕方がないことだと納得する。

 気まずいのは向こうも同じなのだろう。


「あ、そうそう。これ、今日のお弁当ね」

「ありがとうございます」


 

 慶二はがどこか余所余所しく受け取れば――


「実は――」

「実は?」

「あ、ううん。なんでもないわ。じゃ、行ってらっしゃい」


 美楽は意味深に笑う。

 慶二はその意図を測り兼ねるのだが、問い詰めるわけにもいかず、結局怪訝な顔をしたまま一間家を後にすることになった。





 慶二が教室に到着したころにはもう予鈴が鳴る寸前だった。

 殆どの生徒がすでに自分の席に着いている中、彼は自分の席へと向かう。


「あれ、悠ちゃんと一緒じゃないのは珍しいね~」


 すると、朗らかに声をかけてくる生徒が一人。


「まあ……な。色々あって」


 一香である。

 前の席ということもあってたまに話すのだが、慶二としてはちょっとだけ苦手な部類に入る女の子。

 天真爛漫といえば聞こえはいいが、どうにも落ち着かない。


「喧嘩したとか?」

「……そんなもんかな」


 ぐいぐいと押してくる彼女を恐れ、たまらず慶二は瞳を逸らしてしまう。


 すると、別の少女――悠が目に留まった。

 彼女は物憂げに窓の外を見つめている。

 そして慶二の視線に気づかぬまま、アンニュイなため息一つ。


 その様子を前に、慶二の胸に締め付けられるような感覚が走る。

 多分、悠の中ではまだ整理がついていない。


 ――少なくとも、学校の中で話しかけるべきではないだろう。


 慶二はそう固く心に決め、担任である木戸が教室に入ってくるのを待った。





「なんか気が抜けたっていうか……やる気おきねーんだよなー」


 体育祭が終わったばかりだからなのか、学校中にだらけた空気が漂っている。

 きっと、張りつめた何かが失われた反動。教師も例外ではないようで、そんな生徒に対してもあまり厳しく叱責したりはしない。

 そのせいか授業にメリハリが欠け、やけに長引いて感じられる――とは鹿山の弁である。


「わからなくもねえけどよ」


 その言葉に慶二は同意する。

 何とももやもやしたものを抱え込んでいることあり、授業に集中することが出来ていないのだ。


 昼休みだというのに、体感的には一昼夜過ごしたように思えてしまう。

 肩こりを解すように軽く回せば、ぽきぽきと小気味よい音が響いていた。


「あーあ。意外と三学期まで暇だよな」


 同意に気をよくしたらしく、鹿山は続ける。


 二学期というものはどうにもイベント事が少ない。

 何年か前は文化祭も二学期だったらしいのだが、今では部活の引退前にということで一学期中に行われている。

 それもあり、行事的に空白の期間となってしまった。


 三年生たちにとっては修学旅行がある分まだマシらしいのだが、今の彼らにとっては遠い未来の話でしかない。


 さて、慶二たちが何をしているのかといえば昼食である。

 慶二としては予想していたのだが、悠や実夏、理沙たちはチャイムが鳴るなりそそくさと教室を出て行ってしまった。ついでに愛子も一緒。

 恐らくは避けられている。


 結果、取り残された慶二はいつかのように鹿山や蝶野と食事を共にしているわけだ。


「……だが、楽しかった」

「まぁなぁ。またいつか、実行委員的なポジションやりてえな」


 ようやく口を開く蝶野に、鹿山が答える。

 蝶野という少年、ただでさえ口数が少ないのだが、食事時となれば更に寡黙になる傾向にある。

 恐らく、ひたすら食べることに集中したいのだろう。


 ここで一端会話が途切れ、慶二も食事に気をやることにする。


 ……いつも通り美楽の弁当は手が込んでいる。

 磯辺焼きにきんぴら、ポテトサラダ。品数も多く、飽きることはない。

 それでいて慶二の分は量も十二分なのだから、文句を言えば罰が当たるというものだ。


 ――しかし、気づけばぐてっとした料理が一つ。

 ハンバーグなのだろうが、型崩れしてしまっていてどうにも不恰好。

 こんな凡ミスなど、美楽には珍しい……なんて考えつつも、一口サイズのそれを慶二は口に放り込む。


 咀嚼してみれば別に生焼けというわけでもないし、若干見た目が悪いだけ。

 そう彼は判断し、舌鼓を打つ。


「お、旨そうじゃん。俺もくれよ」

「……自分の弁当を喰えよ」


 なんとも目敏くハンバーグに興味を持った鹿山だが、慶二はなんとなく跳ね除ける。

 そうして、慶二の奥底にある不安とは裏腹に、穏やかな昼下がりは過ぎて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ