九十四話 隠すのも暴くのも心苦しい。
まず、悠は大体のあらましを掻い摘んで伝えた。
環境が変わらない限り、自分は女の子のままであるということ。
それを慶二に伝えたところ、ずっと意識していたと告白されたこと。
慶二と恋人同士である自分を想像してみると、驚くほど自然に思えたこと。
その三点。
それを聞いて、愛子と理沙の二人が首を傾げた。
「えっと……何の問題もなくないか?」
「てっきり無理に言い寄られて、それが嫌なのかと思いましたけど」
理沙はさりげなく毒舌である。
ぶれない彼女に悠は苦笑い。
一応擁護しておくと、理沙は別に慶二のことが嫌いなわけではない。むしろ、友人と思っているからこそ手厳しい。
彼女なりの親愛表現……のはず。
「自分が本当に慶二のことが好きなのかわからなくて。そのせいで拒絶して、傷つけちゃった」
「え……? でも、嫌ではないんでしょう?」
益々怪訝な顔をする理沙と愛子。
彼女たちが理解できないのも当然のこと。
何故なら、悠の説明にはもっとも重要な点が語られていない。
それがわからない限り、彼女がどうして慶二を拒絶したのか伝わるはずもないのだから。
とはいえ、秘密を知るはずの実夏すら不可思議といった表情を浮かべている。
――一晩中思い悩んでいたせいか、悠の心はくたくたに疲れ切ってしまっていた。
一生抱え込むはずだった秘密さえ、今ならあっさりと話せてしまえそうな気分。
決して、心を許した友人を信じて――なんていう真っ当なものではない。
ただ自暴自棄になっての、やけっぱちな暴露。
嫌うのなら嫌ってくれていい。
むしろ、その方が清々する可能性すらある。
所謂、一種の自傷行為。
気づけば悠の口をついていた。
「……もし、僕が人間じゃないって言ったら信じる?」
◆
最初はそんな想いもあって淡々と話せていた悠だが、途中からどう思われているのか空恐ろしくなってしまった。
段々と俯いていき、もう目の前の女の子たちと顔を合わせられない。
「――だから、僕は夢魔っていう種族らしくて。半分、人間じゃないみたい」
悠が語り終えれば、全員が無言となる。
二回目の説明である実夏は別段驚いてはいないだろう。
ただ、いきなり全てを語り始めた自分に呆れ果てているのかもしれない。
理沙と愛子は――きっと、気味悪く思っているに違いない。
彼女たちは間違いなく親友。
悠はそう思っている。
しかし、彼女たちにとっての親友は人間の悠であって、夢魔の彼女ではないはず。
それに、秘密を秘匿していた後ろめたさもある。
だから、悠は沈黙したまま面を上げることができなかった。
――もし、軽別の眼差しが飛んできていたらどうしよう。
望んだのは自分のはずなのに、何よりもそれが怖い。
自分の想像を前に、悠は唇を噛みしめた。
すると――
「……じゃあ、人間でない証拠を見せてください」
「え……?」
理沙の言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう悠。
「えっと、それは――」
悠は父のように魔法を使えるわけではない。
魔力をまともに吸えるのは現在の異性――つまり、男の子相手だけだし、呪歌も大した効果を為さないだろう。
つまり、女の子相手に証明できるものはなにもないのだ。
「日に当たると灰になるとか、月を見ると変化するとか、そういうことじゃないんだろ?」
「う、うん……」
理沙の言葉を引き継いで愛子。
それは別の生き物だという実夏のツッコミはさらりと流された。
「なら、今まで通り、悠は悠じゃないか? 女の子になっちゃった時点で今更というか……。特に問題があるわけじゃないし――いや、まぁあたしの場合は悠が女の子になっちゃったのは問題だったんだけど」
「むしろ私は女の子になっちゃった理由がわかってすっきりしました」
彼女たちの反応は、あまりにもあっけらかんとしていて、逆に悠の方が困惑してしまうほどだった。
「……受け入れてくれるの?」
「前にあたしに話してくれたことがあったでしょ? 多分、二人の気持ちはそのときのあたしと一緒。悠が人間じゃないからって、今までの関係が変わるわけじゃないのよ」
総括するように実夏が言う。
三人の言葉はささくれ立った悠の心を暖かく包み込むようで――結局悠はまた泣いてしまった。
◆
「それで、悠の生まれと慶二の告白を断ること、どう関係があるの? あいつは、それを知ってて告白してきたんでしょ?」
悠が落ち着いたのを見計らって、実夏が切り出した。
「む、慶二さんも知っていたんですか? 愛子さんは兎も角、私だけ教えてもらえなかったというのは寂しいですね」
「それは、ごめん。……ミミちゃんと慶二は特別魔力が強いらしくて、ちゃんと説明しないと納得してもらえないと思って」
そこに理沙が話の腰を折る。
ふくれっ面である。
確かに、彼女からすれば自分だけ仲間外れにされたようなもの。
疎外感を覚えるのも当然だと、悠は自戒する。
そんな様子を見て溜飲を下げたのか、理沙はふっと顔を緩める。
「冗談ですよ、別に怒っていません。悠さんの気持ちもなんとなくわかりますし」
「ありがとう……理沙ちゃん」
その反応を受け悠も相好を崩すのだが、すぐにまた真剣な面持ちを取り戻した。
「……今言った通り、慶二はとっても魔力が強いんだよ。そして、僕は魔力がなければ生きていけない。だから、僕は本当に慶二のことが好きで一緒にいたいのか、ただ魔力が欲しいだけなのか――自信がなくなっちゃって」
大分オブラートに包んだ表現ではある。
一晩経った今なお、悠はあの魔力を思い出すだけでぞわりと背筋を何かが伝い、高ぶってしまいそうになるのだから。
だが、そんな悠を前に実夏は
「なぁんだ、そんなことで悩んでたの?」
と事もなげに答えると軽く笑い飛ばすのだった。




