九十三話 疲れた様子が痛ましい 。
食べ放題の時間制限が来たと同時に、打ち上げは一端解散となった。
鹿山が幹事として、二次会――といってもただのカラオケ――の参加者を募っていたが、集まりはそれほどよろしくない。
ここから歩いていける距離にカラオケ屋はないため、駅から電車に乗って行く必要がある。
楽しい空気は続けたいが、そこまでするとどうにも蛇足になりそうな気もする。なんとも微妙な塩梅なのだ。
それに乗じて実夏たちは断った。
鹿山は愛子の不参加に残念そうだったが、用事があるのだから仕方がない。
もっとも、用事がなくても実夏たちが参加したかは怪しいが。
ちなみに、さりげなく実夏が訊いてみたところ、慶二も二次会に参加するつもりはないらしい。
そんな気分ではないのだとか。
さておき、実夏たちは事前に頼んでおいたテイクアウトのお好み焼きを受け取ると、悠宅を目指すことにした。
◆
「……あたし、悠の家初めてだ」
玄関に着いたあたりで愛子がぼそり。
言われてみれば、二人が疎遠だった時期は長い。
吹っ切りつつあるとはいえ、夢にまで見たかつての想い人の自宅。どうやら少しだけ思うところがあるようだ。
「ま、あたしと理沙は良く来てるけどね」
それを見て、ふふんと鼻を鳴らす実夏。
「別に威張ることでもないと思いますが……」
理沙が呆れたようにツッコミ。
変なところで張り合う二人を冷静に嗜める理沙。
悠抜きでの女子三人だとこんな雰囲気である。
「季節の変わり目で体調崩してるだけならいいんだけどね」
だが、それだけなら慶二が知らないのは気にかかる。
彼らの仲の良さから考えれば、間違いなく一緒に集合場所へと向かうはずなのだから。
実夏と愛子。
二人はいわば悠が原因で仲たがいしていたのだが、他ならぬ悠のおかげでよりを戻すことが出来た。
それもあり余計に悠が心配なのだ。
「さて、入りましょうか」
「……心の準備が」
「いや、必要ないでしょ」
愛子の反応に苦笑いを浮かべながら理沙がチャイムを鳴らす。
実夏にとっては聞きなれたメロディが響き、ゆったりとした足音が聞こえた。
恐らく、美楽だろうと実夏は推測する。
悠ならばもっとドタドタと激しい音がするはず。
「あら、実夏ちゃんたち、どうしたの?」
その予想は正解だった。
エプロン姿の美楽が三人を出迎える。
「ええと、悠が風邪を引いたって聞いてお見舞いを。それで、よかったらと思ってお好み焼きを持ってきました」
「わざわざありがとう。……あの子、昨日から微熱が下がらなくて。多分、知恵熱みたいなものだから明日には治ると思うのだけど。多分、友達が来てくれたのが一番の薬だわ」
実夏が代表して説明すると、美楽は頬を綻ばせる。
どうやら大したことはないようだ。
「あら、そちらの子は……」
「猪田愛子……です。最近、悠さんとは仲良くさせてもらっていて――」
「ああ。幼稚園から一緒だった。悠から聞いてるわ……うちの子をよろしくね?」
「は、はい!」
やけに嬉しそうな愛子。
疎遠だったのに覚えてもらっていたからか、悠に話してもらっているからか。
多分その両方なのだと実夏は察した。
「立ち話もなんだし、折角来てもらったんだから上がってもらおうかしら。悠に声をかけてくるから、居間でちょっとだけ待っててくれる?」
こうして三人は悠宅にお邪魔することになった。
◆
「……悠、入るわよ」
「……うん」
こんこんとノックをすればか細い返事が返ってくる。
もしかしたら喉の方にも症状が出ているのかもしれない……なんて軽い気持ちで三人はドアを開けた。
しかし、部屋に入るなり、実夏はぎょっとしてしまう。
きっと他の二人も同じ。
ベッドで身を起こしている悠が原因だ。
てっきり、美楽の口ぶりからして、顔が赤い程度かと思い込んでいた。
だが、出迎えた悠は瞼をばんばんに泣き腫らしている。
目を開けているのも少し辛そう。
それどころか、目の下には隈まで出来てしまっていた。
恐らく、あまり寝ていないのだろう。
予想よりもあまりに痛々しい姿に、実夏は疑問を抱く。
一体これのどこが『知恵熱みたい』なのだろうか?
明らかにその範疇を超えている。
「悠、大丈夫!?」
気づけば、実夏は叫びながら駆け寄ってしまっていた。
そのぐらい、彼女にとって悠は心配だった。
「うん……僕はちょっと頭がガンガンするぐらいで平気だよ」
そんな実夏に対し、悠は儚げに笑う。
「お好み焼き、ありがとう。僕も打ち上げに行きたかったんだけど、お母さんに止められちゃった」
「大したことじゃない。それより悠、ちゃんとご飯食べたのか?」
「……昨日の昼から少しだけ。なんか食欲でなくて。だけど、アレなら食べられるかも」
愛子の言葉にも、あははと乾いた笑みで答える。
明らかな空元気。
「病気とかじゃなくて、色々あったせいで眠れなくて。……でもそれだけだから」
確かに、それが事実なら精神面での不調が大きいのかもしれないが――。
――友達が来てくれたのが一番の薬。
美楽がそう言った理由を、実夏は理解した。
実夏たち三人は医者ではない。
だから、病気のことなんてさっぱりだ。
それでも、友達として――癒すことは出来るかもしれない。
いや、癒すなんて大袈裟。
自分たちはただ話を聞くだけ。
愚痴でも泣き言でもいい。
それが傷心の親友相手に出来る唯一のこと。
いつか、慶一に恋人が出来たのではないかと泣く自分を悠が受け止めてくれたみたいに。
そんな想いを込め、実夏が二人を見れば以心伝心とばかりに理沙と愛子もこくりと頷いた。
「……もしよかったら、何があったのか話してもらえませんか?」
理沙が尋ねると、悠は困ったような顔をして――
「……自分の気持ちがわからなくなっちゃったんだ」
と語り始めた。