九十二話 現れぬことを危険視。
月曜日の十一時半。
実夏は打ち上げの集合場所である中学校の正門前に到着した。
辺りを窺えば、すでに殆どの参加者が集まっている。
そんな中、実夏はきょろきょろと見知った顔を探す。
まずは慶二。
比較的大柄な彼は割と目立つ。目印にはもってこいの人材。
慶二がいれば多分、すぐ近くに悠もいるだろう――なんて算段である。
そして、そうなれば愛子もいる。
クラスの全員が知っての通り、最近の彼女はどうにも悠にべったりだ。
ちなみに理沙は集合場所には来ない。
お抱えの車で送迎してもらえることもあり、直接お好み焼き屋へ向かうらしい。
「殆ど」といってもたったの一クラスなので精々、四十人ほど。
お目当ての人物をあっさりと見つけることが出来、実夏は慶二へと駆け寄った。
「おはよう、慶二!」
「おはよう……って時間でもないだろ」
「うるさいわね。こんにちは……これでいい? ってあれ?」
元気に挨拶をしてみれば、憎まれ口が返ってくる。
普段通りのやりとりであり、実夏としてはどうでもいいのだが……何処か慶二は浮かない顔。
それに、悠の姿も見えない。
何か用事があるときならまだしも、こういうときに二人が別々なのは本当に珍しく、つい実夏は首を捻ってしまう。
「……悠は?」
「悠は……まだ来てない」
「まだって……あんた、隣なんだし一緒に来たんじゃないの?」
「……いや、まぁ、ちょっと」
――釈明になっていない。
しかし、慶二はそれきりそっぽを向いて黙り込んでしまう。
どうやら説明する気はなさそうだ。
それから数分後、鹿山と一香の主催者コンビが
「参加者全員の点呼とれたからいこーぜー」
と告げ、お好み焼き屋への移動を促した。
◆
件のお好み焼き屋は学校から徒歩なら十分ほどの位置で営業している。
下校中の学生がふらっと立ち寄れることを想定して土地を買い取ったのだとか。
しかし、残念なことに校則で買い食いは禁止されている。
訪れるのはもっぱら仕事帰りの教員たち――という噂である。
そんな四十人がぎりぎりに入れる店内で、実夏と理沙、愛子の三人が鉄板の上のお好み焼きをつついている。
実夏は理沙と合流してすぐ、悠について何か知らないかと尋ねた。
しかし、彼女は首を横に振るだけ。
どうやら何も聞いていないようだ。
そして、同じ穴のムジナというべきか、愛子までもが悠のことを聞きに来た。
結局何の収穫もなく、流れで女子三人でテーブルを囲むこととなったのである。
実夏がちらりと目をやれば、随分と離れた席に慶二がいる。
彼は鹿山や蝶野と共に食事をすることにしたらしい。
鹿山たちが用意したのは食べ放題兼飲み放題――勿論ジュース限定――のコース。
一応、別料金でテイクアウトも頼めるもの。
各々が思い思いのお好み焼きを注文しているので店員も慌ただしく、店内は非常に騒がしい。
「悠、どうしたんだろ……」
喧噪の中、愛子が箸を止めるとぼそりと呟いた。
ほんの少し前までは体育祭の話題で盛り上がっていたのだが、その瞬間全員の面持ちが暗くなる。
「あたしだって気になるわよ」
「何か用事があって来ていないだけならいいんですけど……」
実のところ、このやりとりは三回目である。
場の空気もあり、楽しもうという気分にはなれるのだが、ふとした瞬間に悠のことが気にかかってしまう。
そもそも情報が少なすぎるのだ。
三人とも当然悠が来るものと考え連絡を怠っていたし、手がかりである慶二は口を噤んでしまっている。
お隣である彼が何も知らない……というのは関係からすればおかしな話。
というか、明らかに知っていて口を噤んでいる。
一応、全員が一通ずつ時間を空けてメールを送ったのだが、未だ返事は来ていない。
悠の性格を考えれば、気づけばすぐに返信してくるはず。
何かあったのかと心配になるのも当然である。
そんな折、トイレから帰って来たのかてくてくと歩く一香の姿が目に入った。
そういえば、彼女は幹事――それも女子側――のはず。何か知っているのではないだろうか。
いや、そうに違いない。
「一香! ちょっと話を聞かせてくれる?」
実夏が一香を呼び止めたのは、ほぼ確信を抱いてのことだった。
◆
「悠ちゃんなら今朝電話がかかってきて風邪でお休みだって言ってたよ~」
一香は殆ど拉致されてきた形で席に着くとそう説明する。
単なる杞憂だったのかと実夏たちは安堵のため息を漏らす。
――風邪でほっとするというのも、おかしな話なのだが。
だが、それは次の言葉で一変する。
「昨日、参加するって電話くれたときは元気そうだったんだけどな~。楽しみにしてたのにちょっと可哀想だよね」
「……どういうこと?」
「え? ええっと、ポカミスで悠ちゃんにメールを送り忘れちゃって……。全然気づいてなかったから本当助かったよ~。……いや、まあお休みなんだけど」
失敗失敗と呟く一香に、理沙が問う。
「じゃあ、悠さんは誰に教えてもらったんでしょう?」
「あ、それなら慶二君に教えてもらったみたいだよ。電話したとき隣にいるって本人から聞いたもん」
何気なく一香が言うと、実夏たちは顔を見合わせる。
そうなるとやはり二人の間で何かがあったのは可能性は高い。
となれば――。
「……ありがとう、一香」
「え? お礼を言われるようなことじゃないと思うけど。ごめん、他の子が呼んでるからあたしもう行くね。じゃ、楽しんでいってね~」
挨拶もそこそこに一香は去って行った。
幹事の仕事は割合忙しいものらしい。
「……どうする?」
それを見届けてから愛子が言った。
「……ま、気になるし帰りに悠の家寄ってみましょ。もし何もなくても、お見舞いにはなるし」
「それなら、テイクアウトも頼みましょうか。結構おいしかったですし。もし空振りでもお裾分けという名目が立ちます」
三者の意見は同意を以て一致し、悠の家へと向かうのは決定事項となった。




