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八十九話 前言撤回するのは誤魔化し。

『……いや、今はいない』


 悠にとって、慶二の答えは懸念を払拭するものだった。

 自然と胸が弾み、機嫌もよくなるというもの。


 しかし、打ち上げに関する説明を受け、悠は考え込んでしまった。


 はてさて、どうして連絡が来なかったのか。

 一香も鹿山も交友関係であり、わざわざ悠を無視するなんて意地悪はありえない。


 まず思いつくのは送信ミス。

 しかし、一括送信したのに悠だけピンポイントで忘れるだろうか――。


 と考えて悠は一つの心当たりに辿り着く。


「あ、もしかしたらだけど一香ちゃんと鹿山君、どっちで送るか相談していなくて忘れたのかも」

「……なるほど」


 慶二も、悠の言わんとすることを察したらしい。


 交友関係の広い二人のことだ。

 クラス全員のアドレスなど把握しているはず。

 しかし、男女別にアドレスを整理していて、鹿山の方では悠は女子フォルダに送られていて、一香の方では男子フォルダのままだとしたら?


 勿論、単に杜撰すぎて忘れた可能性もあるが、悠としてはそう考えた方が自然に思えた。

 意外と鹿山は豆なところがあるし、一方一香は適当主義に見えたからだ。


「あとで僕から一香ちゃんの方に聞いておこうかな」

「そうした方がいいんじゃないか? 多分、送信し忘れなんて夢にも思ってないだろうし」


 慶二の言葉に


「しょうがないよね」


 と悠は笑う。

 原因の一端はこちらにもあるのは間違いない。 


「でも、今すぐの方がいいかもな。店の都合もあるだろうし」


 それも最もだと思えたので、彼女は自分のスマホを取り出すと、早々に一香へと連絡を取る。


 軽快なコール音。

 それから少しして


「あ、悠ちゃん、どうしたの~?」


 どこか伸びやかな声が聞こえた。


「打ち上げに関してなんだけど――」


 軽く説明をしてみるとやはり悠の想像通りだったらしい。


「え、本当!? ごめんね~。これからは気を付けるから」


 一香はのんびりとだが申し訳なさそうに謝罪する。

 そうして二言、三言交わし、そろそろ通話を打ち切ろうと思った矢先である。


「それにしても、もしまた男の子に戻っちゃったらフォルダ戻すの面倒くさいなぁ」

「あはは……当分は――もしかしたらずっと、女の子のままだと思うよ。じゃあ、また明日ね」


 そのあたりは昨日美楽に訊いたばかりなので、悠は軽く流す。

 通話を打ち切ると、慶二がこちらをじっと見つめていた。

 ……待たせすぎてしまったらしい。 


「ごめん、時間かかっちゃって」

「い、いや、大丈夫だ。……それにしても今、なんて?」


 上ずった声で尋ねてくる慶二。

 見るからに挙動不審である。


「うん、大丈夫だって。貸切状態だし、会費さえ払ってくれれば問題ないみたい」


 しかし悠は特に気にすることなく答える。


「そうか。よかったな……って、そっちじゃなくて、今『女の子のまま』って言わなかったか?」

「……うん。実は、昨日お母さんから説明を受けて。そのことについても話そうと思ってたんだ」


 ――朝起きてすぐ、悠には決意したことがあった。

 それは、種族について慶二にちゃんと話すということ。


 呪歌に関して秘匿していた結果、彼には迷惑をかけてしまった。

 その上、自分から魔力を奪っておいてやつあたりまで。


 だが、それでも彼は


『悪いと思うなら辛いことを相談してくれ』


 ――そう言ってくれたのである。


 乾いた心に潤いをもたらしたその言葉は、悠にとって救いだった。


 だから、彼女は慶二に全てを伝えようと心に決めたのだ。





 自分がどうして女の子に変わってしまったのか。

 悠は慶二にありのまま話した。


 夢魔の血に目覚めた結果、体が膨大な魔力を求めて性別が変化しやすくなること。

 悠にとってはそれが実夏と慶二だったこと。

 そして、性別が変わった決定的な原因は、実夏に断られたことによる精神的ショックだったこと。


 この三点だ。

 慶二はその一つ一つをしっかりと頷きを打ちながら聞いてくれていた。


 ……ただし、決意に反して隠してしまったことが一つ。

 それは、慶二のように強い魔力を持っている人間でなければ飢えてしまうという点である。


 心優しい幼馴染のことだ。

 もし、それを知れば自分のことを最優先にしてしまうだろう。


 ――それは、友情ではなく同情。

 度々親友に頼りがちな悠としては、これ以上彼を縛るのは心苦しかった。


 あくまで二人は親友なのだ。

 過剰に甘えてしまうのはよろしくない。


 だからこそ、悠には尋ねておきたいことがあった。

 今後の指針のため、必要な質問。


 親友に片思いの人がいるかどうか。


 正か否か。

 二つに一つの単純なものではあるが、答え次第では先日の実夏同様に慶二も応援しなければならないだろう。


 結果はノー。

 本当にほっとしてしまう。

 ……何故だか、悠の中には少しだけ残念に思う気持ちもあったのだが。


「つまり、俺が近くにいる限り悠は女の子のままってことか?」

「うん。そうみたい」

「……それは、嫌じゃないのか?」


 慶二は不安そうな瞳で見つめていた。

 恐らくは、自分のせいで性別が変わってしまったのではないかと気に病んでいるのだろう。


 そんな幼馴染に、悠はにこりと笑いかける。


「ううん。僕がこうしていられるのは慶二のおかげだから。それに、ミミちゃんとも仲直りできたし、愛子ちゃんや一香ちゃんみたいな新しい友達も出来た。嫌なんてことはないよ?」

「……そうか」

「もし、慶二に好きな女の子が出来たら言ってね。僕も、心の準備とかあるし……」


 何やら考え込むそぶりを見せる慶二を横目に、悠はため息をついた。


 現金な話だが、彼と離れることがあれば新しい供給手段が必要となる。

 残念なことに、美楽曰く悠の同級生に実夏と慶二以外で魔力の強い子はいないらしい。


 ともすれば、顔も知らない誰かに身上を語ったうえで身を委ねなければらない。


 あまり想像したくはない未来だが、それが夢魔という生き物。

 いやがおうにも、そうしなければ生きていけないのだ。


 すると


「……すまん、悠。俺は嘘をついた」


 ぼそりと慶二。


「え?」

「俺は好きな女の子がいる。だから、今すぐ心の準備をしてほしい」


 耳を疑う悠。

 まさか、親友である慶二に舌の根も乾かぬうちから手のひら返しを食らうとは。

 彼女は、あまりの衝撃に口をぱくぱくさせてしまう。


 ――でも、胸がちくりと痛むのはそれだけだろうか?


「だ、誰? 僕の知ってる人?」


 心の準備など出来るはずもなく、狼狽えながらも、なんとかそう絞り出すのがやっとだった。

 そんな悠に、笑いかけると慶二はゆっくりと重い口を開く。


「それは――」

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