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八十八話 思わせぶりな選択肢。

 一種の情事(・・)が終わると悠は血色を取り戻していた。

 ベッドに横にもたれかけ、さも満足したとばかりにうっとりとした表情。


 一方、慶二は若干の距離を取りその様子を眺めていた。


 そのまま数分が経過して、ようやく悠は口を開く。


「……慶二に訊きたいんだけど」


 そう切り出した時は先ほどと打って変わって強張った面持ちである。


 ……見るからに緊張している。


 そんな彼女に対し、慶二は無言で頷くことで安心させようとした。

 事前に話があると聞いていたため心の準備は出来ている。


 しかし、悠は手慰みなのか指を絡めたまま中々口を開こうとしない。


 ……そこまで言い出しづらいことなのだろうか。

 慶二としては、何を言われるのかと心配になってしまう。

 少女の心に負担を強いるものであれば、親友として――そして、彼女を想う一人の男として解決してやりたいのも確かなのだが。


 だが、催促はしない。

 内心穏やかではないのだが、言い出しやすいよう待機。


 悠は、たっぷり一分ほど迷ってから頬をぱちんと叩いて気合を入れる。

 ようやく意を決したらしい。


「ええと……」


 ちらりと潤んだ瞳の上目づかいで窺ってくる悠。


 頬に赤みがさしているのは、魔力供給の名残ではないはず。

 妙な色香を持った少女の姿に、慶二もごくりと生唾を飲み込む。


 すーはーと大きく深呼吸をして、悠は告げた。


「……け、慶二って、好きな女の子いる?」





「……慶二?」

「あ、ああ」


 どうやらフリーズしてしまっていたらしい。

 慶二は、幼馴染の怪訝そうな声で我に返った。


「それでさっきの質問なんだけど……あ、勿論言い出しづらかったらいいんだよ? そのあたりは僕もわかるし……」


 ……顔を赤らめもじもじする悠に対し、慶二は困惑してしまう。


 一体、どういう意図を含めての質問なのか、あまりにも測りかねるものだったからだ。


 恋愛に詳しくない慶二でもわかる。

 普通に考えれば、これは一種の探りである。


 しかし、相手は悠なのだ。

 色恋沙汰に関しては、思いもよらぬ突飛な結論に思い至るのが彼女。

 悠も慶二を意識していて……なんて考えるのは都合が良すぎるだろう。


 恐らく、何らかの理由が存在する。

 それは間違いないのだが――推察するのはかなりの難問である。


 慶二はまだ上手く働かない頭をフル稼働させ、状況を分析した。


 幸い、この質問は二択だ。

 イエスかノー。どちらかしかありえない。

 そう考えると、シミュレーションの幅が狭いのは救いだった。


 ――もし「いる」と答えた場合。

 どうにも鈍感な悠のこと。

 まずその相手が自分だとは思わないだろう。

 

 それどころか、彼女は「応援する」なんて斜め上のことを言い出しかねない。

 そうなれば、慶二は勘違いを解くため、想いの全てを話さなければならなくなる。


 ――次に「いない」と答えた場合。

 特に変化はなく、現状維持に違いない。

 多分、楽な方の答え。

 だが、間接的に彼女への想いを否定することになり、万が一にでも悠がオーソドックスな考えをもって尋ねてきたのであれば失策となる。


 どちらの答えも一長一短であり、慶二は困惑してしまった。

 その間も、悠はくりくりとした瞳でじっと慶二を見つめている。


 あくまで二択なのだが――ここで慶二の脳内に第三の選択肢が浮上する。


 「いる」と答えたうえで、目の前の少女を指さし全てを伝えてしまう。

 もし悠が自分と同じ気持ちなのであれば、winwinの関係になれるはず。


 ――ってそれはないだろう。


 悲しいことに慶二は断定して答えることが出来た。


 何故なら悠なのだ。

 体育祭の保健室でふと想いが零れてしまったとき、彼女は


『……親友として、だよね?』


 と牽制してきた。

 彼女が自身に好意を抱いていても、それはあくまで友情の範疇。

 だからこそ、異性である自分に無防備な姿を晒してしまえる。


 それに、彼女が()に――要するに元に戻る可能性もゼロではない。

 もし想いを伝えた後にそうなってしまえば、失恋どころか男同士の付き合いすらギクシャクしてしまうかもしれない。


 これらを踏まえ、慶二の出した結論は――


「……いや、今はいない」


 虚偽による否定だった。


「そっかぁ。良かったぁ……」


 悠はほっと胸をなで下ろすと、瞳に安堵の色を滲ませていた。

 どうやら、正解を引き当てたようだ。


 そのまま溢れんばかりの笑みでこちらを見てくるので、慶二はついどきりとしてしまう。


 それにしても、何が原因での質問なのだろうか。

 気になった慶二は尋ねようとして――彼のポケットでスマホが鳴動した。


「どうしたの?」

「ちょっと待ってくれ」


 慶二は悠に断るとスマホを取り出し、ディスプレイを確認する。


「メールだな。鹿山からで、明日の打ち上げの時間帯が決まったらしい。悠も行くんだろ?」

「え、聞いてないけど……?」


 初耳と言わんばかりに訝しみ、首を傾げる悠。

 だが、それは慶二も同じ。


 先日、男子で集まって後片付けをしていると、鹿山は


「折角優勝したんだから打ち上げやろうぜ!」


 と言い出した。

 殆どの男子は乗り気だったのだが、流石に唐突すぎることもあり、打ち上げを開く場所がない。

 それに、女子もこの場にはいないうえ、今から声をかけても全員揃わない可能性もある。


 結果、彼は運営委員の片割れである一香と協力し、後日行う旨をクラス全員に連絡すると言っていたのだが…。


 事実、昨晩慶二の元にメールが送られてきた。

 宛先欄から見て、男子生徒全員に一括送信したらしい。

 ちなみに明日――月曜日だが振り替え休日である――の昼、チェーン店のお好み屋で行うのだとか。


 二人はお互いに首を捻りながらああでもない、こうでもないと原因を模索する。

 そのうちに、慶二はすっかり悠の質問の意図を聞くことを忘れてしまった。 

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