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八十七話 どこか彼女の雰囲気は怪しい。

 翌日、九時過ぎに慶二が悠の家を訪れると、出迎えたのは美楽だった。

 悠は、家に帰ってすぐ眠ってしまったにもかかわらず、未だぐっすりなのだとか。


 彼女が言うには、前日の体育祭の影響らしい。

 午前中は魔力を抑えたまま長時間の運動をしていたかと思えば、午後からは補充したそれを一気に使い果たす。

 夢魔に関する知識のない慶二でも、体に多大な負担をかけることは容易に想像がついた。


 出来ることなら自分で目覚めるまで寝かしておいてあげたい……と美楽はいい、慶二も同意を返す。

 そして、流石に寝すぎだしそろそろ起きるだろうとも。


 結果として慶二は、それまでお茶でも飲みながら待たせてもらうことになった。


「ごめんなさいね、慶二君。折角来てくれたのに」

「いえ、約束してたとはいえ、事前に連絡しなかった俺も悪いんで……」


 美楽の謝罪に答えると、慶二は冷たい麦茶をくいと煽る。

 特にお茶請けはない。

 お菓子を食べるかと聞かれたのだが、朝食を取ったばかりの彼は断ったのだ。


「……昨日、少しだけ悠本人にも話したのだけど、あの子はとてもアンバランスなのよ」

「アンバランス……ですか?」


 こくりと頷く美楽。


「あの子、ハーフでしょ? それもあって、力の加減を知らないの」


 ――加減を知らない、か。


 慶二としては悲しいかな、その身で十二分に体験している。

 全身をぞくぞくと撫でつけられるような感覚。

 恐らく、悠はあれを無意識で――それでいて全力のままやってしまえるのだろう。


 昨日の煽情的なイメージが頭の中に蘇ってきて、慶二はぶんぶんと頭を振ってそれを追い出した。


 美楽の説明によると、悠は例えるならF1カー。

 ただし、燃料タンクは極小であり、ドライバーは駆け出しどころか教習所に通っているようなレベル。

 あまりにもピーキー過ぎて、事故を起こさないのが不思議なほどだという。


 ただただ危なっかしい。


「だからこそ、放っておけないのよね」

「……それは、なんとなくわかります」


 目離しならないのが、却って気を引くというか。

 男として庇護欲を擽られるものがあるというか。


 最近は同級生の女の子相手に頼れる姿を見せていたのだが、だからこそ自分に見せてくれた脆い部分が愛おしい。

 なんて慶二は思ってしまう。


 すると


「なら、これからは完全に慶二君に任せようかしら」

「……へ?」


 思わず、慶二の口から間抜けな響きが漏れた。

 それを見て、美楽は茶目っ気たっぷりに笑う。


「冗談よ。まあ、本気なら構わないけど」


 いつものように親友の母にからかわれたのだと気づき、嫌味の一つでも返してやろうかと慶二が思った瞬間。


「……あれ? 慶二?」


 怪訝そうな声と共に、パジャマ姿の親友が現れた。





「おう、おはよう。悠」

「あ……そっか。ごめん、約束してたのに……」


 コップを机に置き、慶二が軽く手を上げて挨拶をすると、悠は寝ぼけ眼を擦りながら謝った。

 かなりの睡眠をとったようなのだが――だからこそだろうか?――どうにも倦怠感は抜けきっていないらしい。

 最も、魔力自体は枯渇していることに変わりはないので、当然といえば当然なのだが。


「昨日は疲れたみたいだしな」

「うん……そのせいか、お腹すいちゃって」

「そうね。朝ごはんの用意をするから、その前に着替えてきなさい。あんまりいい恰好じゃないわよ?」


 美楽の言葉で意識してしまえば、悠の姿は思ったより露出度が高い。


 まだ暑さの抜けきらない季節ということもあり、薄手のパジャマ。

 起きてすぐのためか、若干ボタンが外れていて肌蹴ている。

 胸元を見れば下着をつけていないのだと気づき、慶二は慌てて目を背けた。


「あ、ごめん……」


 その様子で察したのか、悠は首元を抑え、くるりと背中を見せる。


「いや……」


 結局悠はそのままそそくさと二階へと戻ってしまい、次に現れたときはシャツにジーンズというラフな部屋着だった。





 朝ごはんを食べ終わった悠に案内され、慶二は彼女の部屋へと向かう。

 当然、魔力供給を行うため。

 食事をしているうちにようやく頭が回り始めたのか、悠は普段のような雰囲気に戻っていた。


 だが、どことなく元気がない。

 悩み事があるのか、上の空である。 


 慶二が訝しんでいると、唐突に悠が切り出した。


「……あのね」

「ん?」

「後で話があるんだけど……いいかな」


 彼女はどこか申し訳なさそう。


「ああ。別にかまわねえけど」


 そして、慶二の答えを聞くとほっとしたような顔を見せる。

 何やら、嫌なことでもあったのだろうか。


「……するか」

「……うん」


 魔力が足りない影響でダウナーになっているのかもしれないと判断し、慶二は促した。

 彼は、悠から差し出された手を軽く握り、目を閉じる。


 その途端、悠は熱の籠った吐息と共に、艶やかな嬌声を奏で始める。

 ふとももをもじもじさせ、時折びくんと腰を跳ねさせるのがやけに色気を醸し出していた。

 これで何度目となるだろう?


 非日常にも関わらず、日常の一部となってしまった光景だ。


「ふぁぁっ……」


 だが、今日は一味違う。

 一晩おいてマシになっているとはいえ、甘ったるい声を聴くたび、呪歌で送り込まれた生々しい情景が頭の中をちらつく。

 その上、待ちわびたと言わんばかりに悠の顔は悦びに満ちていて、その全てが慶二の理性を溶かそうと働きかけていた。


 ……それでも慶二にも意地というものがあり、握る手に強く力を入れ、自分の意識は平静であるよう必死に努めた。

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