八十二話 勝利の栄光も含めて眩しい。
実夏が悠たちのもとに戻ってきたのは閉会式の始まる直前のことだった。
悠としては、中々彼女が戻ってこないので心配で仕方がなかった。
失意のあまり、泣いてしまっていないだろうか。
いや、あの様子では間違いなくそうだろう。
あまりにおろおろとし続けるので、見かねた愛子が
「落ち着こうぜ、悠……」
と呆れた顔をするほどだった。
だが、実夏が帰ってくるとその心配は杞憂に終わった。
打って変わって嬉しそうな面持ちの実夏。
つい先ほどまで沈痛な表情を浮かべていたとは思えない。
――でも、少しだけ瞼が腫れぼったい。
悠は目敏く察した。
多分、男の子のままでは気づくことのなかった部分。
やはり彼女は涙を流していたのだ。
だというのに晴れ晴れとしている。
それも空元気という風では到底ない。
流石に悠といえど、この変わり身には疑問を感じる。
「……ミミちゃん、どうしたの?」
訝しげな悠に、実夏はVサインを返す。
この状況で意図するものとは一つだろう。だが、経緯が想像もつかないのも確か。
彼女も話したそうにうずうず。
『閉会式を始めます。全生徒は整列してください』
しかし、残念ながらそのような時間はないらしい。
アナウンスに従い、悠たちはグラウンド中央へと向かう。
◆
閉会式はトロフィー授与から始まった。
組別リレー、応援合戦、そして総合優勝。
これら三種の一位の組へと贈られるのである。
『組別リレーの結果発表を行います。一位、緑組。二位――』
厳かな音楽が流れ始め、司会役の教頭がマイクで声を張り上げた。
緑組の生徒だけが盛り上がる。
リレーの順位など、ほんの十分ほど前に提示された情報だ。
他の組にとって、どちらかといえば消化試合の様相を呈していた。
『では、リレー優勝、緑組。団長は前に出てきてください』
黒髪ロングの女子生徒が歩み出て壇上へ登っていく。
校長が緑組を褒め称えながらトロフィーを差し出すと、彼女は粛々と受け取った。
少女が自分たちの列に戻るのを見届けて、教頭がぺらりとシートを捲る。
恐らく、それに結果が明記されているのだろう。
『では、応援合戦の結果発表へと移ります』
ごくり。
全校生徒が息をのみ、教頭の手元を注視する。
逃げ切りを願う赤組。
ここで優勝さえすれば一位に手が届く青組。
まさかのリレー優勝により、赤組の順位次第で大番狂わせの可能性が生じている緑組。
そして、優勝の目は失われたが、だからこそ応援合戦だけでも勝ち残りたい黄組。
三者三様ならぬ、四者四様で結果発表を今か今かと待ちわびていた。
勿論悠もその一人。
波乱万丈だっただけに、優勝だったと笑いあえればいい思い出になる。
とはいえ、もし勝利を逃したとしても、彼女の中で輝きを失うわけではないのだが。
『三位、赤組』
教師も生徒の盛り上がりを理解しているのか、ご丁寧に三位から発表していく。
赤組の生徒たちが
「あぁー……!」
という溜息を漏らす。
一方、緑組は小さくガッツポーズ。
スポーツマンシップを考え大声を上げることまではしない。
『二位、緑組』
今度はその緑組が落胆する番だった。
残念ながら大逆転は泡と消えた。
こうなれば沸き立つのが残りの二組。
青組としては総合優勝に王手をかけた様な心持。
一方、このままではいいとこなしの黄組は、それでも意地がある。
『では、優勝発表を――』
自分も楽しくなってきたのか、ノリノリでわざとらしくタメを作る教頭。
彼はもう五十過ぎ。
それでもどことなくお茶目な面があり、悠は苦笑する。
だが、あまりにタメすぎて恥ずかしくなってきたらしい。
我に返ると咳払いをして一息で言い切る。
『えーっ、優勝は青組!』
一拍の静寂。
――青組の生徒が歓声を上げたのは、その直後のことだった。
◆
優勝トロフィーの授与を経て、長々とした――始業式より更にパワーアップしていた――校長の演説が終わった。
国歌を流しながらの国旗、校旗の貢納の後、教員による注意事項の伝達が行われる。
そうして、ようやく閉会式は締めくくられた。
小休憩を挟んでからは生徒全員による後片付けの時間。
一年生だからか、悠たちには大した仕事は与えられない。
魔力切れに近い彼女としては有難いのも事実。
「やったな、悠」
「うん……!」
隣に来ていた慶二に、悠は満面の笑みで応える。
――参加できてよかった。
彼女としてはそんな想いで一杯だ。
「でも、なんだか閉会式が終わってから話してるって変な感じだね」
「言われてみれば……そうだな」
昔ならば出席番号が近いこともあり、式の間でも話せた。
しかし、性別の変わってしまった今では男女別なこともあり、式が終わるまで待たなければならなかったのだ。
悠は、驚くほど早く女の子としての生活に慣れてしまっている。
男の子のときはどうしていたか、意識しないと思い出せないことすらしばしば。
それでも、今回のようにごくまれに変化を実感することがある。
「えへへ」
「……どうしたんだ?」
なんとなく、隣に親友がいるのが嬉しくて笑いが零れた。
「……慶二と喜びを分かち合えるのっていいなあって」
勿論、ついさっきまで実夏たちと優勝を喜び合い、ハイタッチまでしていた。
だが、悠のは彼女たちとの友情と、慶二とのそれは少しだけ毛色の違うものに思えてきてしまった。
男の子の、親友。
気心が知れているからこそなのだろうか?
取り留めのない想いが胸の中を渦巻いて、悠は首を傾げた。