表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/104

八十話 全体的にモチベーションは高いらしい。

 アナウンスが流れ、リレーの参加者たちがトラックへと集まっていく。

 百メートル――半トラックごとに交代となるため、一年生四人はそれぞれ順番に併せて二手に分かれていた。


 スタート地点にいるのが慶二と愛子。

 反対側には蝶野と実夏がいる。勿論、そのほかの学年の生徒たちも。


「そろそろ準備に入ってください」


 運営委員に促され、慶二が立ち上がった。

 彼はトップバッター。先駆けとなり、蝶野にバトンを手渡すまでが役割だ。

 二人目以降とは異なり、全員スタートが同じこともあって責任重大。

 彼の結果がチーム全体のムードをつくるのである。


 若干の緊張はしているものの、慶二は表情には出さない。

 半ば意地である。サッカーの試合では上級生に交じって戦うこともあるのだ。

 同級生同士の競い合いがなんだというのか。


 教師からバトンを配られ、慶二を含む第一走者四人がスタートラインに入る。

 青組は中心から二番目の位置。その分調整として最後尾から二番目からスタートすることになる。


 少し屈伸でもしようか。

 彼がそんなことを考えていると


「慶二ー! がんばれー!」


 遠く離れた応援席の方から黄色い声が聞こえてくる。

 悠である。


 ……タイミングが少し早い。

 競技が始まれば溢れんばかりの声援が飛ぶだろう。だが、まだ準備段階でしかない。

 目をやれば、悠へと周囲の目が集中していた。


 遠目でもわかるほど彼女の顔は赤い。

 慶二は苦笑し、緊張が抜けきってしまう。

 身体にほんの少しだけ残っていたこわばりが取れ、リラックスした面持ち。


 競技前としては最適な状態といえる。


 視線を感じ辺りを窺えば、他の第一走者三人からの視線が慶二にも向いていた。

 妬みを含んだそれを、慶二は一笑に付した。


 彼にとって、悠の声援とは一世一代の決心をして頼み込んだ結果なのだから。





 慶二は、自分を訪ねてきた少女に対し、恥を忍んで一つだけお願いをした。


「……悠」

「うん」

「リレーの間、俺一人を応援してほしい」


 ちょっとだけ気障な、慶二としては渾身の一言。

 普段の彼ならばこんなこと口にすることは出来ない。


 もしかしたら、未だに応援合戦でのあれ(・・)に当てられているのかもしれなかった。


「え。でも、ミミちゃんたちも応援しないと。それに、愛子ちゃんも蝶野君も」

「あ、ああ。まあ、それもそうなんだが」


 怪訝な顔をする悠に、ついどもってしまう。

 案の定というか、伝わっていない。


「……もしかして、緊張してるの?」

「してるといえば、してるな」

「ちょっと珍しいね」


 ふふっと笑う悠。

 多分、彼女はリレー前だからが原因だと思っているのだろう。

 慶二としては、お願いの内容ゆえなのだが。


 悠は困ったような顔。

 散々お世話になっている相手に報いたい。でも、他のみんなも応援したいのに。


 そんな心の声が聞こえてくるようで、慶二は前言撤回しようかと考え始めた頃合いだった。

 悠がこう告げたのは。


「……うーん、じゃあ、慶二が走っている間、一番頑張って声を出すよ」

「いいのか?」

「うん。トップバッターなんだし、緊張ぐらいするよね」

「……じゃ、頼む」





 全員が所定の位置につき、コース内にピリリとした緊張が走る。

 それが伝播してか、騒がしかった応援席がしんと静まっていた。


 静けさのおかげでやけに心臓の鼓動が大きく聞こえる。

 慶二としては、このひりつくような緊張感が嫌いではない。


 クラウチングスタートの体勢を取り、今か今かと待ちわびていた。


「位置にについて――」


 静寂を打ち破ったのは、号令係の教師の大声。

 ただでさえ良く通る声が、普段以上に冴えわたる。


「用意――」


 彼がそこまで言った瞬間、景気のいいピストルの音が鳴り響き――全員が一斉に駆け出した。


 慶二は真っ先に先頭へと躍り出る。

 サッカーは持久力はもちろんのこと、瞬発力も重要となるスポーツ。

 特にドリブル時、迅速にトップスピードへ至れれば大きな武器となる。


 慶二は自分の得意分野を活かし一番手に名乗り出たのだ。


 瞬時に加速し、駆けていく。


 とはいえ、後続との差は決して大きくはない。

 全員がクラスから選ばれた優れた身体能力を持つ生徒である。慶二だけが抜きんでているわけではない。


 それでも慶二が一位を譲ることはない。


「頑張れー!」


 歓声の中、やけに一人の少女のものだけがはっきりと聞こえてくる。

 呪歌を耳にしていたとき同様の現象だ。


 鈴を転がすような幼馴染の夢魔の声。

 それが耳朶を擽るだけで気持ちが高まるのを感じていた。

 もしかすると、自分は完全に虜にされてしまったのかもしれない。


 そんな思いが慶二の中に湧くのだが


 ――それはそれでいいか。


 なんて考えてしまうのだから、彼も大概な男なのだ。





 結局慶二はトップをキープしたまま蝶野へとバトンを譲り渡した。

 それと同時に、蝶野の巨躯が、弾かれたかのように猛スピードで突き進んでいく。


 慶二は後続の邪魔にならないよう、トラックの外側に退避してそのさまを見ていた。

 速い。

 あっという間にもう半分を過ぎ去っていた。


 気合満点の蝶野は、憤怒のような表情で疾走する。

 その姿はまるで大鬼。


 気圧されたのか、愛子の隣の少女たちが


「ひっ」


 と悲鳴を上げる。

 明らかに恐れ戦いていた。


 だが、当の愛子は素知らぬ顔。

 それどころか、当然とばかりに蝶野のバトンタッチを受け走り出す。


 ――バトンを明け渡す瞬間、蝶野の顔はどこか柔らかい笑みを湛えていた。

 慶二にはそう見えたのだが、改めて視線をやればいつも通りの仏頂面に戻っている。


 ……錯覚だったのだろうか?


 なんて彼の当惑を余所に、愛子も一着を維持し続け、ついに実夏へとバトンが渡ったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ