八話 俺の親友はいやらしい。
「あ、あの俺どうすれば?」
「まずは悠を部屋まで運んでくれる?」
疑問を浮かべる慶二に、美楽がジェスチャーで伝えてくる。
所謂お姫様抱っこというやつである。
「は、はあ」
慶二は中学一年生にしてはがっしりとした体つき。
悠の体重が減っていることもあって、軽々と持ち上げる。
「うわ、わわっ。ちょっと待って!」
悠が悲鳴を上げる。
恥ずかしいとかではない。高所恐怖症の気がある悠にとって、この高さでも自分の意思でなければ怖い。
「大丈夫だよ、落とさねえから」
安心させるようにぎゅっとされると
「う、うん」
悠は頷くしかなかった。
慶二は無言のまま、二階へと向かう。
程なくして、悠の自室へ着いた。
ベッドに優しくおろしてやる。
後ろからついてきた美楽の顔がにやけているのは気のせいだろうか。
「それで、どうしたらいいんですか?」
「魔力を吸うには、肉体的接触が必要なのよね。手っ取り早くいくには、粘膜を接触させるのが一番いいんだけど」
「粘膜? って?」
横になって少し落ち着いた悠が質問。
「口の中とか性器とか……。具体的にいうと、キスとかセックスね」
「は、はぁぁぁっ!?」
中学生には刺激が強すぎる。
悠はゆでだこのように真っ赤になった。慶二も声こそ上げないが同様である。
「あくまで手っ取り早くの場合ね。流石に中学生なんだからアウトよ。そうね、手を握ってるだけで十分だとは思うわ」
「ええと、何分くらいですか?」
「悠だと……大体三十分くらいかしら」
ごく自然に慶二から魔力供給をしてもらう流れになっている。
悠はふと疑問に思い、尋ねた。
「これ、お父さんじゃ駄目なの? っていうか、魔力吸っちゃって、慶二は大丈夫なの?」
「肉親の魔力じゃ駄目なのよ。残念なことにね。あと、言ったでしょ。慶二くんは魔力が強いって。悠は少食な質みたいだから平気よ」
「そ、そっか」
疑問は解消されたものの、悠は再び考え込んでしまう。
「ごめんね、慶二。面倒なことになっちゃって。僕じゃ、気持ち悪いかもしれないけど……」
「い、いや。親友が困ってるんなら、なんとかしてやるのが友情ってやつだろ」
悠からすれば慶二は同性である。
男同士で手を繋ぐなど、親友といえど少し抵抗があるのだ。
答える慶二はどもり気味。
恐らく、彼も同じなのだろう。悠はそう推測した。
「じゃ、私は下にいるわ。洗い物もあるしね。悠、魔力が回復したら感覚でわかるわよ」
美楽は説明が終わるとさっさと行ってしまった。
「あ、もし一線を越えるときはちゃんと避妊するのよ」
と余計な一言だけを残して。
◆
「ん……はぁ……んんっ……」
目を瞑る悠の口から、艶めかしい喘ぎが漏れる。
……手を繋ぎ始めてからまだ五分。
なんだかぽわぽわした暖かい感覚が、お互いの手を伝っている。
恐らく、これが魔力なのだろう。
魔力が流れるたび、悠は肢体を身震いさせる。
ぴくんと跳ね
「あっ……はぁ……あぁっ……」
と啼いた。
まるで身体が蕩けてしまうかのように熱く疼いているのだ。
溺れてしまいそうな快楽の中、ただただ、悠は魔力を受け止め続ける。
◆
慶二は、先ほど悠を運んだ時のことを思い返していた。
……異性とここまで密着したのは、慶二にとって初めてのことである。
例え、対象が昨日まで同性だったといえど、心臓が早鐘を打ち始める。慶二はそれを隠すのに必死だった。
慶二と悠には意識に差がある。
精神的に同性同士でも、慶二からすれば肉体的に異性である。お姫様抱っこのとき、香りと柔らかさを堪能してしまった。
思春期真っ只中の中学一年生にとって、十二分に刺激的な出来事なのだ。
一瞬でも異性だと認識してしまった慶二にとって、現在の魔力供給は一種の拷問である。
魔力が流れる感覚はあるものの、彼にとってはそれだけだ。快でも不快でもない。
しかし、すぐ隣で熱に浮かされたような異性が一人。
とてつもなく煽情的で、つい、彼の分身が立ち上がりそうになる。
必死の理性で抑えるものの、長くは持ちそうになかった。
ここで慶二は一計を案じた。
「そういえば、昨日はどうだったんだ?」
沈黙だからこそ、気まずい。
ガラリを話題を変えることで、雰囲気を打破しようとしたのである。
「んっ……ミミちゃんに……ふっ……振られちゃったよ……」
薄々察していたので予想通りの返答。よし、ここから話を広げていこう。悲しんでいるのなら慰めてやろう。それが友情だ。
……そういう予定だった。
しかし、逆効果。
紡がれる言葉は喘ぎ混じり。
「そうか……」
「それで、『友達でいよう』って……ふぁっ……『女の子だったらいいのに』って思って起きたら……んんっ……こうなってたんだ」
悠は慶二と視線を合わそうとするのだが、彼女の瞳は濡れている。
「……馬鹿だよね?」
悠の自嘲するような笑み。
慶二からすれば目の前の少女がとても色っぽくて。
慌てて目をそらす。
それを悠は肯定と勘違いしたのか、項垂れた。
「ごめん……ぁっ……呆れるよね……?」
「そんなことねえよ……」
慶二はぶっきらぼうに言う。
彼からすればそんな場合ではない。
理性との戦いは長期戦なのだ。
目を反らした先に、悠の太ももがあった。
彼女は、何かを堪え、擦り合わせるように、もじもじ。
――やめてくれぇ……。
恐るべしサキュバス。
恐るべし一間 悠。
硬派であると知られる慶二の理性は、もうずたぼろであった。
「そういや、なんで長袖?」
ずっと疑問に思っていた。
残暑の厳しい今、何故ジャージを羽織っているのだろう。
暑くないのだろうか。
いや、暑いに決まっている。
それが原因でこんな汗をかいているのではないのか?
返答は核爆弾だった。
「今っ……ノーブラだから……っ。下着なんてないし……っ」
要するに、薄着だと見える。
誘っているのかこいつは。
情景を想像し、慶二の理性が呆気なく崩壊しかけた。
このまま頭を打ち付けたい衝動に駆られる。
少なくとも、親友を自分の毒牙にかけるよりずっとマシ。
いや、衝動では済まない。実行に移さねば。俺はもう耐え切れない。
慶二が立ち上がろうとしたそのとき――
「あ、もう大丈夫みたい。すっかり良くなったよ」
先ほどまでも苦悶はどこへやら。
悲しいくらいあっさりと、長く苦しい戦いは終わりを告げた。
友情を守る戦いに、慶二は勝利したのだった。
◆
「えっと、俺もう帰るわ……」
げっそりとして慶二は言った。
「え、もう!?」
相談したいことがまだあるのに。
悠はそう告げて引き留めようとした。
「すまん、ちょっと疲れた」
しかし慶二は時間が欲しい。
おもに心と体の冷却期間が。
「そっか……ごめんね、迷惑かけて」
悠は魔力を吸った影響と考えたのか、しょんぼり。友人に負担をかけるのは心苦しいのだろう。
その姿が項垂れた子犬のようで、つい慶二はフォローに入る。
「あ、いや。魔力は問題ないんだ。ちょっと走ったぐらいしか消耗してないから」
美楽の言った通り、悠は少食なのだろう。
精神的損耗は兎も角、肉体的には健康そのものだ。
「そっか。ちょっと安心したよ」
「あ、慶二くん、もう帰るの?」
そこに洗濯物を抱えながら美楽が現れた。
「はい。まあ、その、色々」
「ふーん。あ、そうそう」
「なんですか?」
慶二としては一刻も早く自室に戻り、勝利の栄光に浸りたい。
「魔力供給は三日おきにしてあげてね。悠、少食な分、魔力はあまりもたないから」
「……え?」
「ごめんね、慶二……」
「い、いや、大丈夫だ。ぜ、全然負担じゃないからな!?」
辛く苦しいマラソンは終わっていなかった。
まだほんのスタート地点なのだ。
慶二はふらふらと、一間家を後にするしかなかった。