表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/104

七十八話 残る色香が艶めかしい。

 慶二は、応援合戦が終わるとすぐそそくさと人気のない体育館裏へと身を隠した。

 あまり手入れはされていないので雑草だらけで荒れ果てている。

 しかし、それが今の慶二としては好ましい心持だった。


 誰にも行き先を告げてはいない。

 ただ、一人になりたかった。


 頭を冷やすためだ。


 一か月の間、悠に対し、魔力供給を続けたことである程度耐性(・・)が出来ている。

 ここ数日、慶二はそんな自信を持っていた。


 だが、呪歌――悠の、男を魅了する声――を受けてしまってからは粉々に砕け散ってしまっていた。

 純真な、穢れなき肢体が妙に艶めかしく見えて仕方がない。


 勿論、とっくの昔に呪歌の影響は脱している。

 体中に強制的に流される電流など、今は影も形もない。


 しかし――いや、理性を取り戻したからこそ、やけに生々しく感じる。


 空想してしまった情事の様。頭から追い出そうとすればするほど強く意識してしまう。


 それが嫌だった。

 年頃ゆえ、強い興味を抱くものの、それを悠へとぶつけるのは躊躇われる。

 自室にあるそういう本はあくまでそっくりさん。偶像である。


 そのため、心頭滅却して煩悩を振り払いたい。

 確か、慶二の次参加する玉入れまで三十分ほどの余裕がある。今がチャンスなのだ。


 彼はズボンが汚れるのも気にせずに苔むしたコンクリの上で座禅を組む。

 ひんやりとした感覚が地肌に伝わっていく。

 彼に寺院で稽古した経験などない。雰囲気づくりの行動。


 集中し、集中し――ふとした瞬間、誘うような笑みを浮かべた悠の姿が浮かんでしまった。


 演技中のように、外部から流されたイメージではない。

 今回は完全に慶二の頭の中で生成されたもの。

 自分が少女を汚したかのような背徳感に襲われる。


 ――いや、今度こそ大丈夫だ。 


 そう何度も自身に言い聞かせ、いざ瞑想に入ろうとした瞬間。


「あ、慶二!」


 渦中の少女は、本当に嬉しそうに慶二の元へと駆け寄ってきたのである。

 上気した頬や汗ばんだ首筋からいやに色香を感じ、慶二は困り顔で出迎えるしかなかった。





「まさかこんなところにいると思わなかったよ。随分と探したんだけど」

「あ、ああ……」


 悠は慶二の困惑を余所に隣へと座りこむ。

 胡坐をかくのははしたなく思えたため、膝を抱え込む三角座りである。


 さて、応援合戦前、悠は慶二に対し気恥ずかしさを感じていたのだが、今はそうでもない。

 抱え込んでいたもの全てを吐き出したかのような爽快感。


 彼女は応援合戦を無事成功させ、肩の重荷が下りたからだと判断していた。

 それに、なんとなく隣に慶二がいるのが嬉しい。


 多分ハイになっているのだろう。

 そう考えて、一端思考の外へと追いやる。

 悠としては、彼に報告したいことがたくさんあるのだ。


「慶二、呪歌のことなんだけど……」

「え!?」


 びくり。

 慶二が大きく体を身じろぎさせ、若干の距離を取る。

 悠としては突然の挙動に驚くほかない。


 呪歌が、どうかしたのだろうか?


「……いや、すまん、どうしたんだ?」

「ミミちゃん、勇気が出たって言ってくれたんだ。……頑張った甲斐があったな、って」

「そうか……」


 慶二はほっと胸をなで下ろしていた。

 恐らく、彼にとっても幼馴染である実夏の恋路が上手くいきそうなことに安心したのだろう。


 何と言ったって、その相手は彼の兄なのだから。


「慶二に報告したかったんだよ。だって、慶二ぐらいしか僕の秘密を詳しく知らないから」

「そういえば、そうなんだな」

「うん……。あのとき泣いちゃったけど、今は慶二に相談して良かったなって思ってる」


 もしあのまま鬱屈とした気持ちのままでいれば、悠は体調不良を理由に見学を申し出ていた。

 中学生活の内、たった三回しかない行事なのだ。

 それに、一年生という門出の年。悠は彼に対し、感謝してもしきれない気分で一杯だった。


「そう、だな。俺も、知っておいて良かったと痛感した」


 慶二の言葉にはどこか含むものがあったのだが、悠は聞き流してしまう。

 成し遂げた達成感でいっぱいなのだ。

 途中で意識は飛んでしまっていたけど、間違いなく彼女は恋の歌を歌いきったのだから。


「それで、ごめん。体育祭の後で悪いんだけど、放課後でいいからまた魔力貰えないかな。……呪歌で使いすぎたみたい」


 厚かましいと自覚しつつも悠は願い出るしかない。

 とはいえ、口ぶりは軽い。

 最早日常茶飯事。

 ここ数週の間、連日で供給してもらっていたことも手伝ってだろう。

 しかし


「……今日じゃなきゃダメか?」

「え……」


 慶二はどことなく嫌そうな顔でそう言った。

 これは、初めてのこと。


 悠が女の子になってすぐの供給のときも、慶二は困惑していたもののこんな表情はしなかった。

 彼女としては、拒絶されたようで衝撃を受けた。


 自然と、表情に陰りが出てしまう。


「あ……悪い。ちょっと体調面の問題で。……リレーに全力を出したいんだ。だから、明日じゃ駄目か?」

「そっか。ごめんね、疲れてるのに」


 ――良かった。


 心の中で安堵の息を漏らす。

 何か気に入らないことがあったというわけではないらしい。


 確かに、慶二には全力でリレーに挑まなければならない理由がある。

 実夏の告白がかかっているのだ。

 と、悠は考え


 ――あれ? 慶二ってミミちゃんの約束知ってたっけ?


 と引っかかるものを覚えた。

 しかし、些細なことかと流すことにする。


 悠は手をグーパーさせたりして、身体の調子を確認する。

 ……心許ないとはいえ、一日浪費を避けて過ごせば十分。そんな具合。


「うん。じゃあ、明日の朝家に来てくれる?」

「ああ。悪いな……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ