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七十七話 大成功ってやつらしい。

 最後まで歌い切り、悠はようやく我に返った。

 それほどまでに熱中してしまっていたらしい。


 青組の演目は終わった。

 音楽も終わり、文字通り全て(・・)を出し切った悠は、大きく息をつく。


 一陣の風が吹き、砂ぼこりが舞う。


「集合!」


 それが過ぎ去るのを見計らってか、青組の団長が号令をかけた。

 あまり悠とは馴染のない三年生である。彼もベストを尽くしたと感じているのか、晴れやかな顔。

 悠は息を荒げながらも、周囲のグループと共に団長の位置へと密集した。


「ありがとうございました!」


 そして、大きな声で校舎側に向かって一礼。

 続けて、悠たちもそれに倣う。


 後はただ退場するだけ。

 悠が視線をやれば、すでに黄組がグラウンドへの入場準備を始めていた。


 団長の掛け声を受け、青組全員は駆け足で去っていく。





「応援合戦は無事終了しました! 大成功です。勿論、まだまだ体育祭は続きますが、みなさん、お疲れ様でしたー!」


 退場後、運動場の端で団長が軽く音頭を取ると、全員が手を上げ


「お疲れー」


 と元気の良い返事で応えた。

 ただし、誰もが小声である。

 すでに黄組の応援合戦は始まっているのだ。下手に大声を出すのは妨害になってしまう。


 しかし、パフォーマンス直後の熱は収まらない。

 それならば、区切りが必要となる。

 いっそのこと発散させてしまおう誰かが考え、進言したわけだ。


「解散!」


 ざわざわと――それでも小声は守りつつ――面々はそれぞれの応援席に戻っていく。

 当然悠もその一人。


 一切の滞りなく、応援合戦を終えることが出来た。

 それが何よりありがたい。


 これ以降、悠は完全に外野となる。

 何処か、熱気に取り残されたような感覚。

 小学生の頃、体育祭が嫌で仕方なく、見学できないかなと願ったことはあったものの、実現すれば物悲しいものがあった。


 とはいえ、感傷に浸る暇は悠に与えられなかった。


「悠! 素敵だった!」


 応援席に辿り着くより早く、実夏が抱き着いてくる。


「わぷっ……み、ミミちゃん!」


 完全な不意打ち。

 それをへとへとの彼女が躱せるはずもなく、正面から抱擁を受けてしまった。


 柔らかいものを感じ、悠が抗議の声を上げる。

 だが、実夏が気にした様子はない。むしろぎゅっと力を強めるばかり。


「……ありがとう、悠。なんか、凄く元気出た」


 耳元で実夏が囁くと、悠は息をのみ、頬をほころばせた。


 ――伝わった。


 悠にとって、それは何よりの報いだった。

 もう殆ど魔力は残っていない。それだけ、実夏へのエールに使ってしまったということだろうか。

 しかし、悠にとっては安いものだ。


 後はリレーで勝利し、慶一の答えを待つだけ。

 それを耳にするだけの勇気は実夏に与えることは出来たのだから。 


「慶一さん、ミミちゃんのこと、見ててくれたかな」

「……もし、見てないなんて言ったら、チョップしてやる」


 ……何か、違う方向の勇気まで湧いてきてしまったようだったが。





 ようやく実夏に解放され、悠は応援席に戻ることが出来た。

 喉がカラカラなので早く潤したい。

 水筒を傾ける。


 すると愛子が甘えるような声をかけてきた。


「悠、お疲れ!」

「愛子ちゃんも。頑張ってたの、中心だから良く見えたよ」

「そっか。えへへ」


 はにかみながら頭を掻く愛子。

 その隣には頭にタオルを被り、椅子で項垂れる理沙の姿が。

 どことなく、往年のボクシング漫画のワンシーンを思い出させる光景である。


 当然だが、歌っていた悠より全編踊り続けていた彼女の方が消耗は激しいのだ。


「悠さん、私はもう燃え尽きました……」

「あはは……。あと少しだけ頑張ろう?」


 不本意ながらも悠は一抜けした側。

 なんと声をかけるべきなのか正解がわからず、笑って誤魔化す。


 とはいえ、残る全体参加に大した種目は残っていない。

 どちらかといえば、一番体力を奪うのは炎天下だろう。

 その一点においては悠も理沙も変わりないのだ。





 雑談が終わると、悠は慶二を探すことにした。

 先ほどから姿を見せない彼のことが妙に気にかかる。そわそわとした、気持ち。


 伝えたいことがたくさんあるからだろうか。

 そのうち一つは、魔力について。

 昼に供給してもらったというのに、悠はすでにからっけつ。幾分かの申し訳なさを感じなくもないが、実夏を応援するためだったのだから仕方ない。


 勿論、今すぐにというわけではない。

 もう運動をすることはないだろうから、閉会式の後でも十分。

 むしろ、今はしなくていい。リレーに参加する彼に負担をかけるべきではないと考えたからだ。


 それでも事前連絡はしておくべきと、悠は男子の応援席に視線を投げかけ――慶二がいないことに気づいた。


「蝶野君、慶二知らない?」

「……いや」


 身近にいた彼に声をかけてみたのだが心当たりはないらしい。

 蝶野曰く、退場すると忽然と姿を消していたのだという。


「そっか……」

「なんだ、悠。慶二のやつ探してんのか?」


 興味を持ったらしい鹿山に悠はこくり。


「確か、ちょっと頭冷やすって言ってたぞ」

「どこかわかるかな?」

「えーっと……」


 そこまでは聞いていないらしい。鹿山は腕を組み目を瞑る。


「体育館の方に歩いて行ったのは見たんだがなぁ」


 曖昧な回答だったが、どうせ暇なのだから行ってみる価値はある。

 そう考えて、悠は歩き始めた。

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