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七十五話 気合が入り凛々しい。

 昼休み明け一発目の種目は応援合戦である。

 一番手である赤組はすでにグラウンド内に入場し、演舞の体勢に入っている。

 悠たち青組は二番手。

 入場準備を整えつつ、今か今かと待ちわびる立場だ。


「ふぅ……」


 悠は出来るだけ他者に聞こえないようため息をつく。

 彼女としては色々な意味で本命の種目。


 不安がないといえば嘘になる。

 母である美楽を疑っているわけではないが、詳細な説明をしてもらったわけではない。


 彼女は


「慶二君を信じなさい」


 とだけ。

 説明が簡素過ぎて、不安を払拭できないのは無理もない。

 その上――参加できるだけ幸運とはいえ――直前で微妙に配置の変更という珍事まで起きてしまった。


 ただでさえ目立つ役割だというのに、一人だけ中心で出番までしゃがみ込むのだから尚更である。

 ばくばくと心臓が脈打つのは興奮と緊張が入り混じったため。

 それどころか、きゅーっと臓腑が縮こまるような錯覚に襲われる。


「……大丈夫かな」


 思わず悠の口から懸念が零れる。

 すると、いつの間にか隣にいた少年が答えた。


「心配するなよ。美楽さんが大丈夫だって言ったんだろ? 多分、一番お前の身体に詳しいのはあの人だ」

「うん……」

「今まで頑張って来たんだから、楽しまなきゃ損だろ。ほら、悠の部活の先輩みたいに」


 慶二が指を指した先にいたのは水島。

 彼女は、赤組の演目を前に目を輝かせていた。


 赤組の生徒たちは、男女共に学ラン姿だ。

 彼らは、軽快にアレンジされた民謡のリズムに合わせ、舞う。


 勿論、水島の視線は想い人である火野を向いている。

 火野は、筋肉隆々で如何にも昭和の番長を思い起こさせる(おとこ)

 必然的に学ランが良く似合う。水島が見惚れてしまうのも無理はない。


 流石に歓声を上げるのまでは我慢しているようだったが、うずうずと両手で写真を取るようなポーズを取っている。

 ――つい先日、勝負事に気合を燃やしていたのはどこへ行ってしまったのやら。


「赤組も凄いね……」


 悠が着目したのは女子の姿。

 男装がウリらしく、凛々しい姿が却って華やかさを強調していた。


 ――実は赤組所属の女子たちの間で、どの男子生徒から借りるかで一幕のロマンスがあったのだが、悠たちには知る由もない。


「みんな、楽しそうだろ?」

「うん」

「大きな声で歌えば気分も晴れる。昼に話したとおり、俺は悠にそう教えてもらったんだよ。だから、悠にも元気よく歌っててほしい」


 慶二が一言一言紡ぐごとに、不思議と、臓腑をすりつぶすような感覚は消えていた。

 胸の高鳴りが止まらないのは困り者だが、武者震いのようなものだと悠は解釈する。


「ありがと、慶二。気が楽になったよ」


 安堵を感じた悠が慶二の顔を仰ぎ見れば、彼は微笑を浮かべていた。

 ――目と目があって、何故だか鼓動が更に早くなった気がした。


 なんとなく気恥ずかしくて、悠は赤組へと視線を戻す。

 すると、赤組の演技が終盤に差し掛かる頃合いだった。


「そろそろ始まるから、班ごとに整列してー!」


 各グループのリーダーが整列を促していく。


 二人はそれに従い、互いの健闘を祈ると別々のグループへと進んでいった。





 程なくして、悠たち青組の応援合戦の順番が回ってきた。

 青組の衣装は、青というだけあって清涼感のある水色のポンチョ。

 それを纏っての入場となる。


 すれ違いざま、赤組の生徒たちは真っ赤な顔をしていた。

 九月とはいえ炎天下の中で黒々とした厚着をするのだから当然だろう。


 マークなど、ふらふらと力尽きる寸前。

 だが、全員が全力を出し切ったと言わんばかりの晴れやかな表情をしている。


 ――自分たちもベストを尽くせるといいな。


 悠は彼らを見て改めてそう考えた。


 悔いが残らぬよう集中して――だけど、楽しむことも忘れずに。


 意識してやるのはとても難しいことかもしれない。

 だけど――。


 悠が周囲を窺えば、慣れ親しんだ顔が多数。

 全員が信頼のおける友人、先輩たちである。


 ――うん、大丈夫なはず。 


 彼女は自身の頬をぺちりと叩くと、少しだけ駆け足の速度を速めることにした。 





 悠は、周りを同じグループの少女たちに囲まれる形でしゃがみ込んでいた。

 出来る限り目立たないためである。

 ポンチョをマントのようにして、身を丸くする。


 そして、一番から二番への移り変わり。

 水島や藤真、一香の視線が一斉に悠へと向いた。声は発しないものの、目くばせを一つ。


 それだけ気にかけてくれているのだ。

 悠は、感謝の気持ちを感じながら立ち上がると、彼女たちと共に朗々と歌い始める。


 首元には小型のマイク。

 藤真の私物である。

 彼女は音楽関係のイベントにも興味があり、その際に使いたいと考えていたのだとか。

 もっとも日の目を浴びたのは今回が初めてのことらしいが。


 意外なことに、今日の悠はアクシデント続きのはずがベストコンディションと言える状況だった。


 ――一番を聞いている間に、頭の中のイメージは完全に整っていた。


 青組の指定曲は恋歌。

 想い人を前にドキマギする少女。

 まさしく実夏のことであり、悠が歌詞と彼女を結びつけるのは容易なことだった。


 彼女が慶一と結ばれる姿を想像し、想いを乗せ紡いでいく。


 美楽は言った。

 大した効力はないと。


 ――気休めにしかならないのかもしれない。


 そもそも二人の問題であり、悠が立ち入るべきではないのかもしれない。


 だけど、悠は応援せずにはいられない。


 一度はフラれてしまったけど。


 それどころか、何の因果か同性になってしまったけど。


 悠は実夏の幸せそうに笑う姿が見たいのだ。


 だから悠は必死に応援する。


 悠の中に眠る男の子だった頃の想いの残滓。

 もしかしたらそれが今の彼女を突き動かしているのかもしれなかった。

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