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七十四話 思わぬ責任が重し。

「昼からは、一間さんは見学ということで」

「え……」


 昼食を終えた悠がグラウンドの集合場所に集まってみれば、木戸からの呼び出しを受けてしまった。 

 心当たりがないまま――精々、体調について聞かれるぐらいか――校舎側の陰になるところへ向かってみたところ、突然の戦力外通告である。


「……どうしてですか?」


 説明なしでは納得できない。

 ようやく、唯一の懸念が解消されたというのに。


 そんな思いを抱きながら、出来るだけ声を震えないようにして悠は問う。


「流石に脳震盪を起こした生徒に運動させられるのは如何なものか……って教員の間で話し合いになってね」

「そんな……」

「だから、ごめんなさい。一間さんが頑張っていたのはわかっているのだけど」


 木戸も心苦しそう。

 恐らく彼女も辛いのだ。だが、新任とはいえ担任である以上、責任を負う必要がある。

 何かあってからでは遅いのもまた真実。


 悠の残る参加種目はそう多くない。

 大玉ころがしや玉入れ――それらに参加できないのは、悠としては大した問題ではなかった。

 しかし、応援合戦だけは別。


 問題が解決したと考えた直後だっただけに落差は大きかった。

 今度こそ、これまでの忍耐と練習の成果を無駄にされる気がして、悠の心に深い影を落とした――が、そのときである。


「ちょっと待ってください、先生」


 割って入る影が二つ。


「水島先輩!」


 想わぬ救世主の登場に悠は歓声を上げる。

 水島は悠にとって最も身近な先輩の一人だ。

 文芸部で何かと世話を焼いてくれる、眼鏡の少女。悠には、彼女が来ればなんとなく安心という気持ちがある。


「……私もいるんだけど」

「は、はい。藤真先輩も」


 練習の間ずっと一緒だったとはいえ、悠の態度は余所余所しい。

 知り合って一か月も経たない三年生の先輩なので仕方がないのだが。


「ええっと……二人とも、どうしたの?」

「私たちは抗議します。一間さんがいないと勝てな……じゃなくて、今までの頑張りをふいにしてしまうのは彼女のためにならないと思います!」


 藤真の本音が一瞬だけ駄々漏れ。

 少しだけ後ろにいた水島が顔を引きつらせるのが悠には見えてしまった。


 ……いつもは優しげな先輩だけど、藤真先輩といるときはちょっと怖い。


「だけど、これは体調面の問題だから。何かあった場合、貴女たちに責任が取れる? それは無理な話だわ」


 そんな背後の一幕は知らぬまま、木戸は理路整然と反論した。


「私も少し前までは学生だったから気持ちは痛いほどわかる。でも、感情論でどうにかなる問題じゃないの」

「それは……」


 藤真はうっと言葉に詰まる。

 どうやら無策のまま話に口を挟んだらしい。


「……なら、運動させなければいいんですよね?」


 しかし、水島は異なる反応を見せる。

 むしろ言質を得たとばかりに、眼鏡をキラリ。


「悠ちゃんのダンスを全部なしにしてしまいましょう」





 負担のかかるような運動は絶対にしない。


 絶対にその条件は守る。

 そう提示すると、水島は瞬く間に木戸と交渉を終わらせてしまった。


「とりあえず掛け合ってみるって言ってくれたわ」


 どうやら、木戸一人では判断の難しい案件となったようだ。

 とりあえず、もう一度協議をしてみるとのこと。

 前向きに掛け合ってみるとの力強い言葉と共にである。


 藤真は他のメンバーに変更を伝える為、席を外している。


「……ありがとうございます、水島先輩」

「ううん、私も悠ちゃんと一緒にやりたかったから。それに、一番大変なのは悠ちゃんだし」

「はい。まさか、気絶するとは思いませんでした」


 心配をかけてしまったかと、悠は頭を下げる。

 だが、水島はそれは違うとばかりに首を横にした。


「え?」


 どういうことだろう。

 悠の頭に疑問符が湧く。


「大変っていうのはそういう意味じゃなくてね。普通に入場して一人だけ踊らないままじゃ浮くでしょ?」

「は、はい」


 水島の言葉はもっともだ。

 悠は、列の中で待ちぼうけで棒立ちの自分を想像して――明らかに調和を乱すことになるだろうと思い至る。


「だから、それを軽減するため、悠ちゃんは円の中心にいてもらうことになったから」

「え? え?」

「歌うタイミングまでしゃがんでいて、そのときが来たらバーンッと立ち上がる感じかしら。よろしくね、悠ちゃん」


 ……それは、有無を言わせぬ圧力だった。





「悠、どうだったの?」


 応援席に戻ってきた悠を実夏は出迎えた。

 愛子や理沙はまだ応援席にいない。

 彼女たちも実夏同様、悠の付き添いで昼休みを潰したため食事を取るのが遅れたのだ。

 それでもゆっくりとしたペースだが、もしかしたら家族との会話が弾んでいるのかもしれない。


「そっか……あんまり気にしてなかったけど色々あるのね」


 悠の説明を聞き終えると実夏が言う。 


「……おかげで、ダンスはしない代わりに一番中心で歌うことになっちゃった」

「それは……ご愁傷様?」

「うん……。でも、水島先輩が頑張ってくれたおかげだし」


 悠の複雑な表情に、実夏は苦笑いを浮かべるしかない。

 注目されるのは緊張するが、参加できるだけありがたい。彼女はそんなことを考えているのだろうと実夏は推測する。


「ミミちゃんは、慶一さんと会えた?」

「……まあね」


 実夏は曖昧に言葉を濁すものの、実のところ、つい先ほどまで食事を共にしていた。

 だが、それを真正面から話すのはどうにも恥ずかしい。

 幼馴染で親友。なんでも話せる間柄とはいえ、それでも照れは感じるものなのだ。


「……何か、あった?」


 悠にしては鋭いところをついてきた。

 いや、悠ですら感づくほど今の彼女は挙動不審なのかもしれない。

 だから話題を転換しようと必死で務める。


「そっちこそ。なんか午前中より顔色もよくなってる気がするんだけど」

「え……そ、そうかな。か、変わらないと思うけど……!」


 あたふたする少女が二人に増える。

 一体保健室で慶二と二人きりの間に何があったというのか。


 ――でも、悠になら。


 お昼ご飯のとき、思い切って踏み込んだ熱がまだ残っている。

 実夏はそれをおすそ分けとばかりに、悠にだけ耳打ちをする。


「慶一さんに『リレーで優勝したら返事を聞かせてください』って告白したの」


 彼女は、一世一代の勝負に出たばかりなのだ。

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