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七十一話 目を合わせるのがうそ恥ずかしい。

 ある程度掻い摘んでだが、慶二は語り終えた。

 そう長い時間ではない。

 だが、悠のベッドを中心としたカーテンは閉じられたまま。

 時折、窓から入り込んだ風がそれを揺らすのみ。


 保健室と運動場では、ある程度喧噪が隔離されているためか、悠にはとてもゆっくり時間が流れたように感じられた。


「俺が歌を好きになれたのはお前のおかげなんだよ」

「……そうだったんだ」


 悠は夢にも思わなかった。

 一応あのとき様子がおかしいのには気づいていた。しかし、それが原因だったとは。


「もし、あのとき俺を元気づけてくれたのが呪歌だったとしたら、それで俺は救われたんだよ。呪歌って言ったって、悠が気に病むほど悪いことばかりじゃないと思う」


 そこで慶二は一拍間を置いた。


「たとえば、今なら誰かに頑張れって思いを伝えられるかもしれない」

「でも、本当かどうかわからないよ? 上手くできなかったら……」


 彼の言葉はありがたい。

 悠の萎れた心に、水を与えてくれるかのよう。


 しかし、不安を拭い去ることは出来なかった。

 胸騒ぎは止まることはない。


 ただただ、怖いのだ。

 何の根拠もない恐怖。だからこそ、確固たる根拠がなければ否定することは出来ない。


 慶二もそれを察しているのか、続ける。


「悠はさっき、実夏や愛子に『頑張ってほしい』って言ったよな?」

「……うん」

「俺は、そうやって心から人を応援できるのが悠のいいところだと考えてる」


 彼は、悠の手を握り見つめて来た。

 何処か熱を帯びた眼差し。


「だから、俺は悠が好きなのかもしれない」


 彼は瞳を逸らさない。


 ――どきり。

 いかにも、そんな擬音だった。そのまま心臓が早鐘を打ち始める。


 かーっと頭に血が上りそうになり、悠は落ち着こうと胸に手を当て深呼吸。

 すーっ、はーっ。


 ……どういう意味だろう。

 だって、慶二は自分と親友を辞めたいわけじゃないと誓ったはず。


 悠は自問自答。

 考えられるのは……。


「……親友として、だよね?」

「え? あ、ああ……」


 気まずそうに慶二は黙り込む。

 それ以外の意図はないはず。だが、悠は何故だか目の前の親友を直視できない。

 視線を床へと落としつつ


「……ありがと」


 とか細い声で告げるのが精一杯だった。





 いつの間にやら、胸騒ぎは消えていた。

 それ以上の衝撃(・・)の前に打ち消されたのかもしれない。今はただ、高鳴りだけがあった。


 落ち着かなきゃ。

 改めて悠は自分にそう言い聞かせる。


 が、それよりも早く、ぐぅーと可愛らしく悠のお腹が鳴き声を上げた。

 続けて慶二も同様。

 ただし、悠のものより雄々しく響くものだったが。


「あ、あはは。お腹すいたね」

「そういや、結局食べてないからな……」


 すでに昼休みは三分の一しかない。

 今からそれぞれの家族を捜し、弁当を受け取るのは大変だろう――。


 と悠が考えたその時。


「慶二君の発想はいいと思うけど、小さいころは力に目覚めてないから呪歌じゃなかったわね」

「……え?」


 カーテンの外から聞きなれた声がする。

 間違えるはずがない。

 それは悠の母、美楽のものだった。


「お母さん!?」

「……聞いてたんですか?」


 慌てて飛び起きる悠と、不満げに問いかける慶二。

 彼女はカーテンを開けると、悪びれた様子もなくベッドに腰を下ろす。

 そして叱りつけるように一言。


「慶二君、保健室って言っても密室じゃないんだから、気を付けなさい」

「……肝に命じます」


 慶二は頭を下げる。

 彼は美楽の言わんとしていることを理解したようで、渋面を作った。


 悠は、夢魔の能力についてだと解釈した。

 言われてみれば、どこに他人の耳があるのかわからないのだから不用心に違いない。

 しかし、不安を慶二にぶちまけたのは悠自身。

 だというのに彼が攻められるのは忍びないと考え、話題を変えようと疑問をぶつける。


「それで、お母さんはどうしてここに?」

「先生に呼ばれたのよ。悠が気を失ったからって」

「なるほど……」


 美楽は、血相を変えた木戸に呼ばれたのだという。

 生徒が怪我を負ったとなれば、責任問題だ。体育祭には付き物とはいえ、教師が血眼になるのも無理もないと言えた。

 そして、先ほどまで、飛び出してきた子供の母から懇切丁寧な謝罪を受けていたのだとか。

 結果、到着が遅れたというわけだ。


「申し訳ないと考えるのはわかるけど、親としてはそんなことより自分の子供の方に行きたいのが当然よね」


 口を尖らせながら美楽は漏らす。 

 子を想う物言いとはいえ、悠は苦笑いを浮かべるしかない。


「それで、呪歌じゃないってどういうこと?」

「聞いた通りの意味よ。悠が血に目覚めたのは夏休みになってから。昔、そう言ったでしょ?」

「……じゃあ、俺の考えは的外れだったってことですか」


 どうやら慶二はショックを受けているらしい。

 情報の足りない中、妙案と考えていたからこそ、否定された衝撃も大きいのかもしれない。


 悠と慶二の目が合って――また、悠はぷいと下の方を向いてしまいそうになる。

 どうにも先ほどから気恥ずかしくて仕方ないのだ。


「言ったでしょ? 発想はいいって。念じれば、慶二君が言うようなことも無理じゃないのよ。……ほとんど影響力はないと思うけど」


 ――かつての慶二が感じたように、自分は出来るだろうか?


 悠の中で、今応援したい相手としてパッと思い浮かんだのは慶一と実夏。

 二人のために、何かしてあげたいという想いは強い。


「……でも、上手くできなかったら?」


 しかし、もし本来の効果が発動してしまえば……。

 これは分の悪い賭けとしか悠には考えられない。


「安心なさい。もしうまくできなくても、多分今の悠なら大丈夫だから。慶二君には頑張ってもらわないといけないけど」

「……?」


 二人は訝しみ、視線を送る。

 だが当の美楽に気にした様子はない。


「それって、どういう……」

「さ、もう時間ないわよ。家に帰ったら話してあげるから」


 悠の疑問は、被せるかのような美楽の声に遮られた。

 彼女が差し出したのは黒塗りの重箱。時間がないと察し、わざわざ持ってきてくれたらしい。


「先生に聞いたら保健室のテーブルでお弁当を食べてもいいって。良かったらだけど、慶二君も一緒にね?」

「いいんですか?」

「悠は少食だし、これじゃ余るわよ。おすそ分けの分もあるんだから」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 慶二は、兄へと連絡を送ることだけは忘れなかった。


「うげ……」


 なんて言葉が漏れるほどの着信履歴を見た後でだが。

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