六十八話 彼の言葉が疑わしい。
「だから、呪歌を発動させちゃいけないと思って……」
悠の説明を聞いた慶二は次第に顔を顰め始めた。
そして、強い眼差しのまま、悠を見つめる。
「ごめん……」
今度こそ嫌われてしまった。
悠はそう考え目を伏せる。
慶二は無言のまま、悠を見つめる。
いや、最早睨んでいるというべきかもしれない。
――話さなければよかった。
そんな後悔の念が、悠の胸中に渦巻いていた。
ちらりと慶二の顔色を窺うのだが、彼は腕組みをして渋面を崩すことはない。
「……悠。俺は怒ってる」
「うん、当たり前だよね……」
自分を落ち着かせようとするかのように、慶二は淡々とした口調で答えた。
悠は萎縮してしまう。
だって、自分は人の心を操れてしまうのだ。
慶二や実夏のように強い魔力を持ち合わせていなければ――つまり、二人以外の殆どの人間をである。
実際に試したわけではないが、悠の中では先ほどと同様にネガティブな確信が結実していた。
自分に影響がないのだとしても、誰だって傍にいるのは嫌に決まっている。
悠は目を伏せ唇を噛みしめるしかない。
「いやわかってない。俺が怒ってるのは呪歌のことじゃない。お前の話を聞いてやれなかったことだ」
「え……」
しかし、慶二の言葉は虚をつくものだった。
思わず、悠は慶二を見上げてしまう。
「初めて魔力を減らすって聞いたときに疑問に思ったんだよ。だけど、言い出せなかった」
目の前の少年は悔やんでいた。
沈痛な面持ちで言葉を紡いでいく。
「悠が苦しんでるなら無理にでも聞き出すべきだった。……今は、そう思う。本当にすまん」
言い切って慶二は深々と頭を下げた。
本気の、謝罪。
「どうして……謝るの?」
――何も悪くないのに。
責められるべきは自分なのに。
悠はそう思えてならなかった。
幼馴染で親友なんて言っておきながら、胸の内を明かすことが出来なかったのは不信の表れではないだろうか。
例えそのつもりがなかったとしても、そう取られるのは当然だ。
自分は慶二からの信頼を裏切ってしまったのかもしれない。
そんな後ろめたさがあった。
だというのに、親友は自分が悪いと言い出したのである。
「……言わなかった僕が悪いのに?」
「まぁ、な。それもそうだ。悠も悪い」
「え……」
とここでまさかの手のひら返し。
決して否定するわけではないが、あまりに唐突すぎて悠は困惑した。
口をぽかーんと開けて、慶二の顔を見つめることとなる。
「だから、悪いと思うなら辛いことを相談してくれ。……勿論、本当に嫌なことなら兎も角。何も相談されないのが一番辛い」
「……いいの?」
慶二は親指を立ててサムズアップ。
安堵からか、悠は破顔し――また目尻から涙があふれ出してしまった。
◆
「……でもどうしよう」
ようやく落ち着いた悠は真顔になる。
親友に秘密を受け入れてもらえたのは嬉しい。
それは間違いない。
だが、当座の解決には何もなっていない。
結局なところ、悠が呪歌を使ってしまうかもしれないという危険性は変わりないのである。
「そうだな……欠席するってのは……駄目なんだろうな」
「……それも仕方ないかなとは思うけど。でも、最後の手段だと思う」
冷静になれば、危険を避けるにはそれが一番。
不幸中の幸いというべきか、脳震盪という口実も出来てしまった。
しかし、悠にとって決してベストの選択肢ではない。
組のメンバーに迷惑をかけてしまうのはもちろんのこと。
一月の間、グループとして頑張ってきたのがこんな終わり方では彼女自身も報われない。
「っていうか、今さらだけど……『女の子の恋心』とやらは理解できるのか?」
どことなく視線を合わせずに慶二が問う。
呪歌の条件の一つである。
感情を乗せなければ発動しないというのが前提なのだ。
「……なんとなく?」
「そ、そうなのか」
小首を傾げながら悠は答える。
その姿はどこか小動物を思わせた。
何故かどもる慶二を無視して、悠は続ける。
「愛子ちゃんのおかげかも」
軽めの恋愛小説を嗜んだこともあったが、それ以上に愛子に告白されたことは大きかった。
悠自身の問題もあり、愛子の望む形の答えを返すことは出来なかったが、どことなく共感を覚えてしまったのも事実。
激情の中にあるどこか慈しむようなそれを、まさしく身を以て痛感したのである。
「それに、ミミちゃんも。慶一さんと上手くいくといいんだけど」
そういえば、彼女は慶一に会えたのだろうか。
悠の思考は少しだけ横に逸れてしまった。
慶二はそれを見て考え込むようなそぶりを見せる。
そして逡巡して、口を開く。
「悠は、猪田の告白を聞いてどう思ったんだ?」
思いもよらない質問である。
意図がわからないものの、悠は真剣に考え込み、答えを出す。
「……自分が相手なのに変だとは思うけど『頑張ってほしい』かな。ミミちゃんも同じ」
「そうか……」
「でも、それと何か関係があるの?」
――そういえば、愛子に告白されたことは慶二に伝えていないはず。
どうして彼は知っているのだろうか?
悠は微かな疑問を覚えたものの、今は横に置いておく。
「――悠の歌って、聞いてると元気が出るんだよな」
「どうしたの? そういえば、一香ちゃんにも似たようなこと言われたけど」
あまりにも藪から棒なので流石に悠も怪訝な顔をする。
この状況に、何か関係があるのだろうか。
「もしかして、それも呪歌の一種なんじゃないか?」
慶二は、だとすれば辻褄が合うとばかりに言い出した。
悠は慶二の言葉に驚きを隠せなかった。
彼は、自分が以前から呪歌を発動させていた可能性があるというのだ。
「それは……」
……悠としては受け入れがたいことである。
否定しようとして、口を噤む。
あくまで可能性の話。
それに、彼は決して悠を攻め立てるために言っているわけではないのだと理解できたからだ。目は口ほどに物を言う。
今回の慶二はまさにそれだった。
真摯に悠を見つめ続けている。
「そうかもしれないけど」
「……俺の昔話を聞いてくれるか?」
「え……。うん」
一瞬悠は戸惑ったものの、すぐに肯定を示す。
それを受けて、慶二は語り始める。
「じゃあ話すが――俺は昔は歌が大嫌いだったんだよ」