六十五話 再開するのが悩ましい。
悠たちの大縄を尻目に、慶二はため息をついた。
他でもない。喧しい一部の男子たちに対して。
大縄は飛び跳ねる競技である。
必然的に揺れるのだ。
中学生とはいえ、大きい女子はそれなりにいる。
例えば、慶二の友人の中にも実夏など。
一部の男子たちが盛り上がるのも必然と言えた。
その上、何の計らいか、わざわざ男女別にしてまで行われている。
「眼福だなぁ」
それを受けてか鹿山が呟いた。
この男、運営委員の役職にも関わらず一部の仲間入りしていた。
仕事をしなくてもよいのだろうか?
友人の端くれとして、慶二は不安になる。
「はぁ……」
「……騒がしいな」
再びの慶二のため息に、蝶野が呼応した。
「どうにもついていけん」
「……同感だ」
居心地の悪さに辟易しているのは慶二と同じようだった。
同意を示すかのように首肯する。
以前は口数少なだった蝶野も、最近は慶二相手によく語りかけるようになった。
流石に悠のように、無言で察する境地にはたどり着けないが。
もしかすると、数日前尾行を共にしたことで親近感が湧いたのかもしれない。
今でもたまに重低音に圧倒されそうになることはあるが、流石に回数をこなせば慣れてくる。
騒ぎ続ける一部の男子から目を離すと、慶二はグラウンドへと視線を向けた。
すでに誰かが引っかかったのか、B組の縄は停止済み。
それでも二位と、まあまあの結果か。
現在は残ったC組が記録にチャレンジしているだけのようだった。
◆
悠は疲労困憊のまま、応援席に座り込んだ。
もう一歩も動けないとぼやきたくなるような心持。
体力的な面もあるが、プレッシャーも大きかった。
集団での縄跳びとは一種のチキンレース。
体力が辛くなれば、わざと引っかかってしまおうかという甘美な誘惑が襲いくるのだ。
無論、悠にはそんな勇気はない。
誘惑に負けぬよう、必死で飛び続けた。
その結果がこれである。
おかげで好成績を収められたので十二分に報われたといえるが。
ちなみに、最終的に足を引っかけたのは一香だった。
意外なことだが、少しずつリズムに狂いが生じてしまったのだとか。
彼女はてへっと笑って誤魔化していた。
「生きてるか? 悠」
愛子が心配そうにのぞき見る。
「う、うん。なんとか」
心配をかけたくない悠は苦笑いで応えた。
続けて理沙と実夏も現れる。
「悠さん、体力落ちましたか? 女の子になった影響でしょうか」
「この間学校でも倒れたし……気を付けなさいよ?」
「ありがとう……気を付けてはいるんだけど」
実夏が濡れタオルを差し出すと、悠は礼を告げ受け取った。
そしてすぐさま顔へと当てる。
ひんやりとして気持ちいい。
悠は頬を緩める。
おかげで随分と楽になった。
「ところで、ミミちゃんは慶一さんにいいところ見せられそう?」
「……ま、まあ、なんとか」
なので話題を変えてみたのだが、実夏はなんとなくぎくしゃく。
「どうしたの?」
「実は、ミミさん、まだ慶一さんに会えてないんですよね。だから合間合間に探しに行こうって言ってるんですけど」
「……まだ種目が残ってるのにいけないわよ。ひ、昼休みになったら会いに行くから」
悠には、どうにも前途多難に思える。
しかし、なんとなく気持ちがわかる気がして
「きっと見ててくれるよ」
そう頷くしかなかった。
◆
それからある程度は悠にとって安息の時間だった。
玉入れはさほど体力を使わないし、騎馬戦などは一部の生徒が出場するのみ。
綱引きは――当人は頑張っているつもりでも、実際のところ殆ど戦力としては役立っていなかった。
そうして着々と午前中のプログラムを消化して昼休みまであと一種目となったときのこと。
「そろそろ、二人三脚ですよ」
理沙が悠を促した。
「……掛け声、一・二、一・二でよかったよね?」
「はい。……遅くても息はぴったりだって見せてやりましょう」
二人はペアである。
身長や足の速さなどを考慮し、話し合いの末決定された組み合わせ。
実のところ愛子と理沙との二択だったのだが、決めたころは愛子との仲がいいとは言えなかったので、必然的に理沙が相方となった。
とはいえ、今のように仲が良くても、走力に差がありすぎてアンバランスには違いないが。
「上手くいけば番狂わせもあるかもしれませんし」
理沙の言うとおり、二人三脚は障害物競争の中でも特に波乱を起こしやすい。
何せ、一度体制を崩しテンポに乱れが生じれば取り戻すのは難しいのだ。
理沙が一種の下剋上を夢見るのも無理はない。
とはいえ、功を焦って自分たちが転べば文字通り本末転倒。
「お手柔らかに」
悠は彼女の手を取ると、柔らかく微笑んだ。
◆
慶一は通学用の自転車に弁当を括り付けると、意を決して漕ぎ出した。
弟には「出来る限り早く来い」とお願い――実際は命令のような口ぶりだった――されてはいたのだが、足取りは重く、家を出たのは十時半を回ってからのこと。
別に、意中の少女に会いたくないわけではない。
しかし、どうにも気まずいものを感じる上、服装も決まらなかったのだ。
出来る限りの見栄を張りたい気持ちはある。
だが、これは体育祭。
弟の応援という大義名分で訪れるのである。
だとすれば、変に気合を入れるのもおかしい。
結局、慶一は悶々としたものを抱えながら、ラフな普段着で向かうことにした。
そうして、慶一が中学校へ辿り着いたのは時計の短針が十一を通り過ぎたころだった。




