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六十四話 連帯責任は辛く険しい。

 翌日の土曜日、体育祭が始まった。

 よりによって、その日の気温はとても高かった。

 時がまき戻ったのではないか。そう錯覚するほど真夏のように太陽が照りつける。


 悠は選抜競技に殆ど出場しない側の生徒である。

 それでも、全員強制参加の種目は十分に多い。

 というより、公平を期すため――運動音痴な生徒にとっては迷惑な話だが――選抜競技の方が圧倒的に少ない。


 百メートル走や大縄、玉入れなど……。一番最後は兎も角。

 同じく運動音痴の理沙と共にプログラムを眺めては大きく息をつくしかなかった。


「始まっちゃったね……」

「始まっちゃいましたね……」


 グラウンド端で二人は、苦虫を噛み潰したような顔でお互いを見る。

 実はこのやり取り、理沙が転校して以降、小学校の運動会からの恒例である。


「悠さんはいいですよね。私ほど体力ないわけじゃないですし」

「……そうでもないよ。最初の百メートル走、理沙ちゃんに勝てるかな」


 だが、二人が同じ土俵で戦うのは初めてのこと。

 それが原因ではないのだが、悠はアンニュイな感情を含みながら答えた。


 魔力不足ゆえの体調不良。

 恐らく、今年だけのことだろう。

 彼女としてはそう願いたい。


「……どうかしたんですか? 顔色が悪いですけど」

「ううん、大丈夫だから」


 悠の交友関係の中で、自身の生まれを知っているのは慶二と実夏だけ。

 更に、今魔力の減量をしていることがわかっているのは慶二ただ一人である。


 そんな友人にすら、本当の理由を告げてはいない。

 もしかすると、これからの人生をずっと偽らなければならないのだろうか。

 そう考えるとなんとも背筋にぞっとしたものが走るのだが、悠は出来る限り頭の中から排除するよう努めた。


「頑張ろうね」

「はい。悠さんも熱射病には気を付けてください」

「うん、ちゃんと水分取らなきゃね」


 とりあえず今は友人と笑いあえる時間を大切にしたい。

 願望を込めつつ、悠たちは自分たちの組の応援席へと向かった。





 開会式も恙なく行われ、競技の開始が宣言された。

 悠たちが最初に参加するのは百メートル走。二年生、一年生、三年生の順で行われる。


 この競技は組ごとのポイントが加算されない種類。

 そのため気楽なのだが、保護者と全校生徒の面前でビリというのはどうにも恥ずかしい。


 悠と一緒に走るグループは、先ほどの会話通り理沙が一緒だった。

 グループは出席番号で決められるため偶然である。

 この二人ならばいい勝負になる。


 例えビリだとしても二人一緒なら少しはマシなのだ。

 とどのつまり恐ろしく低レベルな好カードだった。


 しかし、悠には体調不良というハンデがある。

 結局、軍配は理沙に上がったのだった。


「つ、疲れたあ……」

「お疲れ」


 最初の種目だというのにフラフラになって応援席に戻ってきた悠を、席から少し離れた場所で慶二が出迎えた。

 彼はこの状況を予期してか、水筒を手渡してくる。

 グラウンドへの入退場は男女別だったため、男子は先に戻っていたのだ。


 無言のまま、悠はコップに注ぎ飲み干す。


「……ありがとう」

「いや、予想してたからな」


 ぷはぁと息を漏らして悠は礼を言う。

 唯一の事情を知る親友の心遣いに、悠は頭の上がらない思い。


「慶二は今年も一番だったね」

「まあな。流石に鍛えてる」


 慶二は持ち前の健脚を活かし、大差をつけてゴールインしていた。

 同じグループに、本職である陸上部の生徒がいるのにも拘わらずだ。

 彼らを差し置いてリレー代表に選ばれるだけのことはある。


 さて、体育祭の応援席とは、ただ普段使っている椅子をグラウンドに出しただけの簡易なものである。

 男女別に出席番号順と決められているのだが、女子の方は早々に席順が崩壊し、仲のいいグループで固まっていた。


「なんだか、慣れないね」

「……ああ」


 女子ほどではないが、男子も自然と友人同士で固まって座るようになっていた。

 そんな様子を横目にしながら悠が呟くと、慶二も同意する。


 去年――小学校の頃は、悠も慶二も同じように隣り合って観戦したりしていた。

 しかし、今年は悠にその場所はない。


 応援席では男子が密集している。

 どうにも、今の悠にとって異性(・・)の集まったそこは気後れするものだった。 


 体育の授業で慶二と別々なのはもう慣れた。

 しかし、体育祭では初めてのこと。

 一年に一度だけの行事なので当たり前なのだが、悠としては違和感を覚える。


「悠ーっ、次のプログラム始まるわよー!」

「ほら、ミミが呼んでるぞ」

「うん……。じゃ、また後でね」


 そうして、何処か名残惜しいものを感じながらも、悠は女子の応援席へと戻っていった。





 それから少しして、悠たちは大縄跳びに参加していた。

 男女別、クラスごとに回数を競い合う。

 これは得点対象の種目である。


 応援席から見つめる三年生の視線が熱を帯びているように感じて、悠は少し慄いた。

 三年生にとっては中学生活最後の体育祭なのだ。

 気が入るのはわかるが、下級生からすればいい迷惑である。


 そもそも、大縄跳びとは誰か一人の失敗が全員へと影響するシビアな種目。

 ただでさえ悠としては気の滅入るものなのに、プレッシャーをかけるのは止めて欲しい。

 失敗した瞬間戦犯が明らかになってしまうのだから。


「悠さん」


 じっと見つめる理沙。

 彼女も同じ気持ちのようだった。

 このあたり、通じ合う仲間がいるというのはありがたい。


「頑張ろう」


 いやもう本当に。

 上級生からの視線を受け、二人は辛く苦しい戦いに挑む。

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