六十三話 彼の言葉は物々しい。
実夏はぽつぽつと語り始めた。
まずは、自分が慶一に告白したことを。
これは理沙にとって既知の情報である。
悠も愛子も同様のようだった。とりあえず、前もってということなのだろう。
「……それでね、ずっと慶一さんから連絡がなくて」
項垂れながら実夏は言う。
最後の方は少し震えていた。
「なら、聞くしかないって」
そんな姿を見て、愛子が答える。
口ぶりからして、事前に似たようなアドバイスをしたのだろう。
中々一歩が踏み出せなかった自分を棚に上げて。
理沙は相変わらずの毒舌的な思考をしていたが、流石に口には出さなかった。
彼女は年頃の少女に関わらず、まだ恋をしたことがない。
だからこそそんなことが言えるのだと、ある種の自覚を持っているからである。
「でも、一度それでいいって言ったのにあたしから聞くのもどうかと思って……催促してるみたいで」
実夏にしては珍しく弱気で、どうにも煮え切らない様子。
恐らく、それだけ恋というものは人を変えるのだろう。
「もしかしたら告白の言葉が失礼だったんじゃないかなって思い始めたら止まらなくて……」
再び目を伏せる実夏。
なんとなく、理沙は悠の姿を見た。
彼女は真剣に考え込んでいる。
かつての想い人に対して、思うところはないのだろうか。
いや、想い人だったからこそ幸せになってほしいのかもしれない。
理沙としては、純粋な彼女へ羨望を覚える。
どうにも自分は打算的に物事を見てしまう面があるからだ。
それどころか、恋をする女の子が羨ましい。
どうしてあそこまで一つの物事に夢中になれるのだろう。
恋愛小説も他人の色恋沙汰を見守るのも嫌いではない。
しかし、どこか自分は傍観者でしかないのだという心持。
決して妬みではないが、ずきりとしたものをたまに感じてしまう。
「……理沙ちゃん?」
あまりにまじまじと見つめていたため、悠は怪訝に思ったようだった。
考え事を止め、対角線上に座っているのだが、身を乗り出して顔を確認する。
「いえ。少し考え事をしてしまって」
胸中の念を悟られるわけにもいかず、理沙は微笑みを返した。
すると、悠は
「そっか」
とだけ呟くと、大人しく椅子に戻った。
理沙はほっと息を吐き、実夏へと向き直る。
彼女は変わらずしょぼくれた顔のまま。
愛子が様々な対案を述べていくのだが、どれもしっくり来ていないようだった。
理沙は分析する。
恐らく、彼女はただただ不安なのだ。
以前であれば、実夏と慶一は近所同士でありいつでも顔を見ることが出来た。
しかし、今は遠く離れてしまっているし学校も違う。
そして待つと答えた手前、自分から会いに行くことも憚られる。
であれば、必要なのは口実だろう。
理沙は、頭の中で樹形図を張り巡らせ、チャートを創っていく。
方針さえ見えれば、さほど難しい問題ではない。
耳年増なだけの自分が思いつくのだから尚更だ。
理沙としては確固たる自信があった。
「では、こうしましょうか。悠さんにお願いがあるのですけど……」
そうして彼女は思い描いた筋書きを語り始めた。
◆
「あ、慶二」
窓から差し込む夕日に赤く染め上げられた図書室。
悠はぐったりとしながら顔を起こすと声をかけた。
放課後、図書室での待ち合わせもこれが最後のはず。
一抹の寂しさを感じなくはないが、それ以上に苦難の日々が終わるのだと喜びを感じる。
「待ったか?」
「ううん」
防犯の都合、今日から部活の時間は五時までとなった。
そのため慶二はいつもより早く現れたのだが、それでも悠としては待ち遠しくて仕方がない。
ただ魔力が欲しいからではない。
あるお願いをするためだ。
どう伝えようか迷っている悠が切り出すより早く
「今日のリレー練習、凄かったぞ」
慶二が嬉しそうな顔で報告してくる。
「凄かったって?」
「今までで一番のタイムだ。あの二人が仲直りしたのもあるけど、よくわからないがミミのモチベーションが高かったしな」
「そっか」
悠は思わず胸をなで下ろした。
不仲だった二人の蟠りが消えたことは勿論、実夏が元気を取り戻したのだと実感できたからだ。
悠は、昼食時の実夏の姿を想い返しす。
泣きそうな顔で心細さを前面に出す少女の姿。
以前、悠は同じような姿を自分の部屋で目撃している。
忘れたという夏休みの宿題を手伝った時のことである。
出来ることならあんな表情は二度と見たくない。
悠はそう決意し、頬をぱんと叩いて気合を入れた。
「……あのね。慶二、お願いがあるんだけど」
「どうした?」
「明日の、体育祭なんだけど慶一さんも連れてきてほしいんだ」
「……なんでだ?」
真顔で理由を問う慶二。
悠は言葉に詰まってしまった。
言っていいものだろうか。
きっと、実夏は同性の幼馴染だからこそ、話してくれたのだ。
その悩みを打ち明けるような真似はよろしくないことだと思えた。
それに、悠は強い疑問を感じていた。
先日あった慶一の友人は、むしろ彼が惚気ているとすら伝えていたのだ。
どこか歯車がかみ合っていないような気がする。
だが。
「もしかして兄貴とミミの間のことか?」
「え……」
「いや、この前、兄貴に訊いちまって。なら、向こうも悩んでるんじゃないかと思ったんだ」
図星だった。
慶二の説明によれば、慶一も実夏のことを憎からず想っているようである。
ただ、一歩先が踏み出せないだけ。
ならば、理沙の立案した作戦は効果的だと悠には思えた。
端的に言えばこうである。
体育祭という名分があれば、慶一も中学校に来られる。
そうなれば自然とばったり出くわすこともあるだろう。
それに、実夏は花形競技である組対抗リレーに出場する。
かつては慶一も三年連続で出場していたらしい。
実夏の活躍を見せつけられるというわけである。
「なるほどな」
慶二は、感心したようにしきりに頷く。
「なら、お願いしてもいいかな」
「道理でリレーのテンションが高かったわけだ。わかった。首に縄着けてでも連れて行く」
少し物々しい表現に苦笑いを浮かべつつも、悠は
「よろしくね」
と頭を下げた。