六十一話 男だらけでむさ苦しい。
昼休みである。
慶二、鹿山、蝶野。
彼らは教室の片隅に机を寄せ合っていた。
「……なんで俺はお前らと一緒に飯食ってるんだろうな」
慶二が思わず呟いてみれば
「不満でもあるのかよ? 俺だって、姐さんとランチタイムとしゃれ込みたかったってのに」
不服さを露わにした鹿山の声が返って来る。
鹿山は大食漢の気はないのか、ブルーの弁当箱を片手にゆっくりと味わっている。
一応、それでも男子中学生には十分なサイズなのだが、この場においては見劣りしていた。
一方、蝶野は黙々と積み上げられた惣菜パンを頬張り続けていた。
この体格の良さは食事量から作られたのかと、慶二は自分を棚に上げて感心してしまう。
その日は、最近の慶二にしては珍しくむさ苦しい食事風景であった。
何せ男オンリーである。
それも一年B組で一、二を争う体格の良さの男子が二人。
どうにも華がない。
慶二はこの場にいない親友のことを思い出しながら、残りの白米をかっ込んだ。
◆
応援合戦最後のリハーサルが終わり、慶二が教室で寛いでいると、悠たち女子組が教室に戻ってきた。
さて昼食だ。
そんな思いを込めて、慶二は彼女の席へと向かった。
今朝は若干慌ただしく、悠から弁当を受け取っていないのである。
「あ、慶二」
「おう、悠」
用件はわかっているのか、彼女はすぐに弁当箱を手渡した。
半ば阿吽の呼吸だった。
ずしりとした重みと共に、「何処で食べる?」――そう慶二が口を開こうとした瞬間
「ごめん、慶二。今日は一緒にご飯食べられないんだ」
塞き止めたのはまさかのお断りの言葉だった。
「慶二さん、すみません。今日はちょっと……」
「……悪いわね」
他の二人も同様。
結果として、慶二は一人で昼食を取ることになってしまった。
……休日の部活で一人で食事を取ることには慣れている。
一人での昼食が恥ずかしいほど自分は女々しい人間ではない。
強がりを心の中でぼやきつつも、一抹の寂しさを感じる。
そして、とぼとぼと慶二が自分の席に戻ろうとしたところ、すでにそこは占領されていた。
一香と、彼女と仲の良い女子グループである。
まるで、今朝悠に貸してあげたんだからと言わんばかり。
普段なら慶二は別の教室で食事を取るので所有権を主張することは出来なかった。
慶二はどうにも行き場がなくなってしまった。
仕方がないのでこのまま外で食べるか。
そう考えていたところ
「慶二。一緒に喰わねえか?」
鹿山銀。
彼からの助け舟が送られたのだった。
◆
そうして、男三人は主のいない悠と理沙の机を拝借し、自分たちの陣地を作り上げた。
元より親交のある彼らである。
昼食を共にすることに抵抗はない。
「ところで、なんでお前らは? 猪田はどうしたんだ?」
しかし疑問を覚える部分があるのも確か。
昼食を食べ終えた慶二は、割と容赦なくそれをぶつけていく。
「あー。それな」
答えたのは鹿山だった。
頬をポリポリと掻きながら、順を追って説明していく。
――が、関係ない話も入り混じっていたので慶二は右から左へ聞き流す。
要約すれば、彼らも愛子に昼食を断られたのだという。
「姐さんが悠や三谷と仲直りできたのは嬉しいんだけど、ちょっと寂しいよなあ」
「……まあな」
鹿山の言葉に、蝶野がぼそりと反応する。
三谷とは実夏のことである。
彼ら二人は実夏と関わることが少ないので愛称では呼ばない。
中学校に上がるにつれ、自然と苗字呼びとなった。
「ん? あいつら、猪田と飯食ってるのか?」
鹿山たちは何やら事情を知っている様子。
慶二としては想いもよらない出来事だった。
確かに昨日二人が仲直りする経緯を断片的に見たばかりだが、まさかいきなりそこまで仲が復旧するとは。
「知らねぇのか? なんか、相談事があるんだとか」
「……女子会だな」
逆に鹿山は意外そうに驚き、蝶野に至っては耳慣れない単語を発している。
女子会――テレビでしか聞いたことのないそれに、悠が仲間入りしたのだと思うとなんとも複雑な気分。
――それにしても。
「女子会って何するんだ?」
「……わからん」
期待はしていなかったが、言い出しっぺの蝶野は首を横にするだけ。
詳しそうな鹿山も――考え込んでしまった。
とりあえず口を開くが
「まあ、相談事を話し合うんじゃね?」
愛子の説明そのまんまである。
互いに首を捻るばかり。
「そもそも、その相談事自体がわからないんだよな。俺たちがいちゃだめなのか」
「当たり前だろ、慶二。男がいちゃ話しづらいこともあるっての」
「例えば?」
「……コイバナとか?」
またそれか。
鹿山の返事に慶二は若干辟易しそうになる。
この男、以前も似たような話をしたばかりだというのに。
――と考えて、慶二は一つの可能性に思い当たった。
悠も、女子と共にコイバナとやらに参加するのだろうか。
……誰を相手に?
もやもやしたものが湧き出てきて、自然と口をへの字に曲げる。
「なら猥談とか」
「アホか」
慶二の心境を知らず――彼としても知られたくはないが――あまりよろしくない発想をする鹿山を、小突くようにして黙らせる。
だいたい、ここは食事時の教室である。周囲に女子もいる。
TPOを弁えるべきだろうといった意味でのツッコミ。
とはいえ、慶二はそう言った話題に免疫がないのもある。
男子中学生としては純な方なのだ。
開けっぴろげに話せる人間ではない。
男の子だった悠とも、決して話題に出すことはしなかった。
……これから鹿山たちとの付き合いが増えれば、ある程度慣れなければならないのか。
そう考え、慶二は少し不安になった。